おにぎりをくれた女の子
公開日: 悲しい話
現在から20年以上も前、まだオンボロアパートで一人暮らしをしていた時の事だ。
安月給で金は無かったが、無いは無いなりに何とか食っては行けた。
隣の部屋には50代くらいのお父さんと、小学2年生の女の子が暮らしていた。
お父さんとは会えば挨拶する程度だった。
でも娘のY子ちゃんは、いつも仕事から帰って来ると共同スペースの洗濯場で洗濯をしていたので、会う機会も多くよく話をしていた。
※
いつだったか、夕方頃にアパートへ帰り、
「今日もお父さん遅いの?」
「うん」
などと会話をしていたら、俺の腹がグーと鳴った。
「あれ? お兄ちゃん、お腹空いてるの?」
「まあね」
「ちょっと待ってて」
と言うと部屋に入り、間もなくして形のいびつなおにぎりを持って来てくれた。
味も何も無いおにぎりだったけど、俺は
「ありがと」
と言って、たいらげた。
※
それから彼女と会わない日が続いた。
俺は『どうしたのかな?』と思う程度で、特に気にはしなかった。
※
ある日、仕事から帰るとアパートの前に救急車が停まっていた。
「何かあったんですか?」
と、その場に駆け付けていた大家さんに聞くと、
「無理心中だよ。
参ったよ、余所で死んでくれれば良いのに」
と吐き捨てるように言う。
やがて救急隊が担架を運んで来る。
顔まで掛けられた毛布が、既に亡くなっているのを物語る。
あれ? 担架に納まる身体が小さい。子供? まさか…。
※
後から判った事だが、お父さんは病気がちで仕事も出来ず、ガスも水道も止められていたらしい。
最後の電気が止められる時、事情を聞きに市役所の職員が大家さんと訪問し、事件が発覚したそうだ。
食べる物も無く、米どころか食品は何も無かったそうだ。
※
『あれ? お兄ちゃん、お腹空いてるの?』
その言葉が脳裏に浮かんで来る。
あの時、既に食べる物はもう無かったんじゃないのだろうか?
たまたまお腹を空かしていた俺を可哀想と思い、あの小さな手で一生懸命おにぎりを作ってくれたんじゃないだろうか?
自分の食べる分も無いのに…。
自然に涙が込み上げて来た。やるせなかった。
その後、間を置かずに引っ越したのだが、今でもあのアパートの近くを通ると思い出す。