最期に選んだ場所

物心ついた頃から、ずっと一緒にいた猫が病気になった。
毎日名前を呼ぶと、必ず腕の中に飛び込んできていたあの子が、もう元気に動くことすらできなくなっていた。
獣医さんからも、「もう長くはないでしょう」と告げられた。
※
悲しみに押しつぶされそうになりながら、私は決意した。
――今は悲しむよりも、この子のそばにいて、最後の時を一緒に過ごそう。
そう心に決めた、ほんの少し後のことだった。
その子が、家から忽然と姿を消してしまったのだ。
家中を必死に探したけれど、どこにもいない。
※
父が静かに言った。
「猫はな、自分の死に場所を探しに旅に出るっていうからね。きっとあの子も、自分に合った場所を見つけに行ったんだよ」
慰めるように、穏やかな声でそう言ったけれど、私はどうしても受け入れられなかった。
あの子の名前を呼びながら、私は町中を探し回った。
あちこちにある、あの子との思い出が胸に溢れて、涙が止まらなかった。
転んで、ひざを擦りむいても構わず、私はただただ名前を呼び続けた。
※
日が暮れ始めた頃、母に「一度帰ろう」と言われ、渋々家に戻った。
その時だった。
庭の向こうから、泥だらけで、私よりももっとボロボロになった姿で、あの子が歩いてきた。
ふらふらで、今にも倒れそうな足取りだったけれど、その目はまっすぐ私を見ていた。
涙で曇った視界を何度もこすりながら見つめた先には、紛れもなく、うちの猫の姿があった。
枯れた声で名前を呼ぶと、その子はよろよろとしながらも、最後の力を振り絞って、私の腕の中へ飛び込んできた。
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どれくらい、そうしていただろう。
私の腕の中で、あの子は眠るように静かに息を引き取った。
※
「この子はきっと、我が家で暮らせて幸せだったんだろうな」
父がぽつりと呟いた言葉に、私は胸がいっぱいになった。
悲しさで張り裂けそうな心の中に、ほんの少しだけ、あたたかい光が灯った。
――そうだね。
だって、この子は、最期の場所に私の腕の中を選んでくれたのだから。