届かなかったごめん

公開日: 恋愛 | 悲しい話

夜の車道

あの日、俺は彼女と、ほんの些細なことでケンカをしていた。

原因は覚えていないほどの小さなことだったけれど、お互いに意地を張り、言葉が冷たくなっていった。

険悪な空気のまま、彼女は無言で車に乗り込み、仕事へと向かった。

俺もなんとなくイラついたまま、友達と会いに出かけた。

酒の席で、俺は彼女の愚痴を一方的にまくし立てていた。

「まったく、何なんだよあいつは」――そんなことばかり言っていた。

彼女の仕事が終わる頃を見計らって、俺はメールを送った。

内容はあいかわらずくだらない。謝る気持ちはあったけれど、それを素直に伝える勇気もなく、ただあれこれ言い訳のような文を並べた。

しばらくすると、彼女からも返事が来た。

でも、また口げんかの延長のような内容だった。

そしてそのうち、彼女からの返信が途絶えた。

ケンカ中だったから、俺はそれを気にも留めなかった。

「もう寝たのか、それともまた拗ねてるのか」

そんな軽い気持ちでいた。

それから1時間ほど経った頃、彼女の携帯から着信があった。

俺は、わざと面倒くさそうに通話ボタンを押した。

「はい」

その瞬間、受話器の向こうから怒鳴り声が響いた。

女の人の声だった。

「あんたのせいだ!!」

「あんたが殺した!!」

何のことか分からず、声を失った。

すぐに電話は落ち着いた男の声に代わった。

「彼女さんは、先ほど車で電柱に正面から衝突し、亡くなりました」

「恐らく運転中にメールのやりとりをしていたことが、事故の原因かと思われます」

――そう、冷静に、そして容赦なく告げられた。

受話器を握ったまま、言葉も出ず、ただその場に崩れ落ちた。

気がつくと、携帯が再び振動していた。

1通、メールの受信。

差出人は彼女だった。

そこには、たった一行。

「何か意地張っちゃってごめんね」

それが、彼女から届いた最後のメッセージだった。

彼女のご両親は、俺の存在を一切受け入れてくれなかった。

事故の責任を問う言葉もなく、ただ深い憎しみだけがそこにあった。

葬儀にも出ることは許されなかった。

彼女に会うことも、謝ることも、もう二度とできない。

「俺の方こそ、ごめん」

たったその一言すら、届けることができなかった。

心の中で何度も繰り返しているのに、彼女の耳には、もう届かない。

いまでも、あのメールを時々見返してしまう。

彼女の言葉が画面の中で、静かにそこにある。

俺は、今でもずっと思っている。

本当は、ごめんって伝えたかった。

もう一度だけ、笑って「バカだな」って言ってほしかった。

そして、今も――ずっと一緒にいたかったんだ。

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