天使になった少女

私が看護学生だった頃の話です。
ある休日、友達と遊びに行った帰り道で、突然、目の前で交通事故が起こりました。
ひとりの小さな女の子が車に撥ねられ、道路に倒れていたのです。
私はまだ勉強中の身でしたが、とにかく救急車が来るまでの間、必死で応急処置を行いました。
友達にも手伝ってもらい、なんとか命を繋ごうとしました。
救急車が到着すると、その子が一人だったため、私たちも一緒に車内に乗り込みました。
しかし、病院へ向かう途中で女の子は意識を失い、そのまま息を引き取りました。
後に分かったのは、内臓破裂と出血多量という重い状態だったということです。
私はその出来事に強いショックを受け、看護師になる自信を完全に失いました。
それでも、あの日一緒にいた友達や、看護学校の仲間、そして講師の先生方からの励ましが、再び私の背中を押してくれました。
やがて私は、無事に学校を卒業し、看護師としての資格を手に入れました。
※
看護師一年目、私が配属されたのは外科病棟でした。
慣れない専門用語、次々と起きる患者さんの死。
さらに追い打ちをかけるように、先輩看護師や医師からの厳しい言葉やいじめに心が疲弊していきました。
ある夜勤明けの朝、精神的に追い詰められた私は、誰もいない病院の屋上で一人、景色を眺めていました。
振り返り、ふと金網に背を預けると、そこに見覚えのある顔がありました。
それは、あの事故で亡くなった女の子でした。
事故の時は服や顔が血だらけでしたが、救急車の中で私が顔を拭ったので、その面影ははっきり覚えていました。
確か、「みほちゃん」と名前を教えてもらったことも…。
「みほちゃん…?」
私が思わず名前を呼ぶと、女の子は優しく微笑み、すぐに消えてしまいました。
それからというもの、みほちゃんは病院のあらゆる場所に姿を現すようになりました。
病棟の廊下、ナースステーションの前、病室、職員用食堂の窓際…。
いつでも同じように微笑み、私が辛い時や患者さんの治療で心が折れそうな時に限って、励ますように現れるのです。
不思議とその微笑みに勇気づけられ、私はどんな苦難も乗り越えることができました。
※
それから数年が経ち、私は主任という立場を任されるようになりました。
主任として初めて出勤する朝、私は早めに更衣室へ入りました。
すると私のロッカーの前に、再びみほちゃんが立っていました。
私がそっと近づくと、みほちゃんはにっこりと笑い、初めて私に言葉をかけてきました。
「みほを助けてくれて、ありがとう。
あの時ね、お姉ちゃんの声、最後まで聞こえていたよ。
『大丈夫だよ』『あともうちょっとで病院だからね』って、
ずっと言ってくれてたよね…。」
その言葉を聞いた途端、私は溢れる涙を止めることができませんでした。
「あ、もう時間だよ?
苦しんでる人が、お姉ちゃんを待っているよ。
ずっと心配だったからそばにいたけど、
もう、みほも行かなきゃね。
お姉ちゃん…ううん、看護師さん。
ありがとう。そして、おめでとう。」
みほちゃんは穏やかに微笑んだまま、ふわりと消えていきました。
それ以来、彼女の姿を見かけることはありませんでした。
※
私は現在、小児科病棟で師長として勤務しています。
今でも、患者さんの笑顔を見るたび、みほちゃんの温かな微笑みを思い出します。
彼女が私に教えてくれたこと。
それは、患者さんと向き合う時、何より大切なのは優しさと真心だということです。
天使になった少女・みほちゃんとの出会いを、私は一生忘れません。