自分らしく生きる言葉

虹(フリー写真)

自分らしく生きる言葉を、半紙に一枚、書いてください。

柏木先生が秋の課題に出したのは、それだけだった。

土曜の午後、住宅街の古い一軒家の座敷に、子どもたちの墨の匂いが満ちていた。

私は、その書道教室の助手をしている。

平日は、駅前のビルで派遣の事務をしている。

どちらの場所でも、私は同じ顔で笑っていた。

困っていても、「大丈夫です」と答える。

疲れていても、「平気です」と答える。

小さい頃からの、癖のようなものだった。

だから課題が出た時、私は半紙を前にして、筆を持つ手が動かなくなった。

自分らしく生きる言葉など、私は一度も考えたことがなかったのだ。

墨の匂いの座敷

柏木先生は、七十を過ぎた小柄な女性だ。

背筋がまっすぐで、筆を持つと、座敷の空気が一段、静かになる。

生徒は十二人。

小学生が八人で、残りは中学生と、近所の年配の方々だった。

縁側の障子は、秋の光を吸って、うっすらと黄色く染まっている。

硯の水は、毎週土曜の朝、私が汲みに行く。

その水が、少しずつ黒くなっていく過程が、私は好きだった。

黒くなるほど、水は静かに見えた。

いちばん端の席に、小学五年のソウタが座っていた。

無口な男の子だ。

筆の置き方まで、先生の真似をしている子だった。

挨拶は小さな声で、墨のすり方は驚くほど丁寧だった。

その日、ソウタが半紙に書いたのは、二文字だった。

「平気」

一枚目も、二枚目も、五枚目も、同じ二文字だった。

十枚書いても、二十枚書いても、変わらなかった。

先生は、後ろから覗き込んで、何も言わずに頷いた。

私は、少し気になった。

自分らしく生きる言葉に、「平気」を選ぶ子がいるのかと思ったのだ。

「ソウタくん、ほかの言葉は、考えなかった?」

私がそっと訊くと、彼は筆を止めずに答えた。

「これがいい」

「僕、平気だから」

その言い方が、あまりに淡々としていて、私は胸の奥を指で押されたような気がした。

夕方、迎えが来た。

玄関に立ったのは、ソウタの母親だった。

夜勤明けなのだろう、目の下に薄く影があった。

「すみません、遅くなってしまって」

「いえ、大丈夫です」

「ほんとにすみません、いつもお世話になって」

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

私と母親は、玄関で何度も頭を下げ合った。

すみません、と、大丈夫です。

卓球の球のように、その二つの言葉が行き来した。

背中を向けたソウタが、靴を履きながら、ちらりとこちらを見た。

その目は、私たち二人のやりとりを、静かに数えているように見えた。

自分らしく生きる一枚

次の土曜も、その次の土曜も、ソウタは「平気」を書き続けた。

書くたびに、紙は少しずつ減っていった。

先生は、自分の席で墨をすりながら、時々、私に言った。

「書き損じは、捨てる前に必ず裏を見なさい」

「その子の字は、表にだけあるとは限らないの」

私は、それを習慣の小言だと思って聞き流していた。

その頃の私にも、人に言えないことが重なっていた。

母が、先月から入院していた。

軽い手術のはずが、思ったより長引いたのだ。

週末は病院へ寄ってから、教室に来ていた。

でも、そのことは誰にも言わなかった。

職場でも、「ちょっと用事があって」と言うだけだった。

同じ課の先輩が、帰り際に書類の山を置いていっても、私は笑って受け取った。

「ありがとう」も、「助けて」も、「無理です」も、喉の手前で止まってしまう。

言ってしまえば、何かが崩れる気がしていた。

病院の売店で買った小さなおにぎりを、帰りの電車で、味もわからずに食べた夜もあった。

崩れた私を、誰も受け止めてくれないのではないか、と。

ある土曜、片づけの時間に、先生が私の隣に座った。

「あなた、課題は書いたの」

「まだです」

「何を書いたらいいか、わからなくて」

先生は、小さく笑った。

「あなたが毎週、子どもたちに言っている言葉があるでしょう」

「何ですか」

「大丈夫、よ」

私は、返す言葉がなかった。

「ソウタくんと、同じ色の字を書くのね、あなたは」

その一言は、静かに、深くまで届いた。

私は笑って誤魔化そうとして、うまくいかなかった。

反故紙の裏の鉛筆

発表会の一週間前の土曜、教室の大掃除をした。

私は、押し入れから、書き損じの半紙の山を下ろした。

子どもたちが一年間に書いた反故紙が、紐でくくられて積まれていた。

ほとんどが、墨の匂いと、乾いた紙の音を残しているだけだった。

先生の言葉を思い出して、私は一枚ずつ、裏返してみた。

ソウタの紙は、すぐにわかった。

どれも、「平気」の二文字で埋まっている。

けれど、裏返した紙の隅に、鉛筆の小さな字が並んでいた。

薄い、薄い字だった。

目を凝らして、ようやく読めた。

「へいきじゃない日も、ある」

一枚だけではなかった。

二枚目の裏にも、三枚目の裏にも、同じ字が、同じ薄さで書かれていた。

十枚目の裏には、少しだけ大きな字で、こう続いていた。

「おかあさんには、いわない」

私は、そこで動けなくなった。

座敷の畳が、急に遠くなった。

ソウタは、表に「平気」と墨で書き、裏に「平気じゃない」と鉛筆で書いていた。

表は、人に見せるための字だった。

裏は、自分にだけ読ませるための字だった。

気づくと、私の頬を涙が伝っていた。

「あら」

いつの間にか、先生が背中のすぐ後ろに立っていた。

私は、紙を抱えたまま、顔を上げられなかった。

「すみません、先生。私、大丈夫ですから」

その言葉を口にした瞬間、自分でおかしくなって、笑ってしまった。

笑いながら、涙が止まらなかった。

「大丈夫じゃないのね」

先生は、私の肩に手を置いた。

「はい」

やっと、それだけ言えた。

「母が入院していて」

「職場でも、全部、ひとりで抱えていて」

「誰にも、言えなくて」

先生は、何も言わずに、最後まで聞いてくれた。

聞き終えてから、静かに言った。

「強いふりが上手な人はね、泣ける場所を探している人でもあるのよ」

「迷惑は、かけてもらえるうちが花なの」

「ここは、泣いていい場所にしてあげる」

私は、座敷の畳に手をついて、子どものように泣いた。

墨の匂いが、背中を包んでいた。

障子の外では、雨樋を落ちる水の音が、一定の拍子で続いていた。

虹が出た発表会

発表会の日は、朝から雨だった。

公民館の大広間に、子どもたちの作品が、ずらりと並んだ。

私の半紙は、前の晩に先生と並んで書いた。

こう書いた。

「ありがとうを、先に言う」

「助けてと、言ってみる」

二行の、少し不揃いな字だった。

それでも、これまで書いたどの字よりも、私の字だった。

そのすぐ隣に、ソウタの作品が掛かっていた。

大きな半紙に、墨で、はっきりと。

「平気じゃない日も、ある」

その一行は、鉛筆の薄い字より、ずっと濃く、まっすぐに立っていた。

会場に、ソウタの母親が入ってきた。

夜勤明けの足取りのまま、傘をたたむ手が少し乱れていた。

彼女は、掲げられた半紙の前で、立ち止まった。

読み終えて、肩が小さく動いた。

「ごめんね」

絞り出すような声だった。

「ごめんね、お母さん、いつも遅くて」

ソウタが、母親の袖を引いた。

「ごめんは、いらない」

「ありがとうが、いい」

母親は、しばらく黙っていた。

それから、息子の頭に手をのせて、言った。

「ありがとう、ソウタ」

「うん」

ソウタは、少し笑った。

私は、少し離れた場所で、それを見ていた。

胸の奥に、あたたかいものが、じんわりと広がった。

母親が、私に気づいて、深く頭を下げた。

「すみま」

言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。

それから、少しだけ笑って、言い直した。

「ありがとうございます、先生」

「こちらこそ、ありがとうございます」

私は、そう答えた。

卓球の球のようだった言葉が、その日は、別の形で行き来した。

式が終わる頃、雨は上がっていた。

公民館の窓の向こうに、虹が出ていた。

子どもたちが、窓に張りついて、歓声を上げた。

ソウタは、母親と並んで、黙って虹を見ていた。

その背中は、教室の端に座っていた頃より、少しだけ、小さく見えた。

小さく見えたのは、肩の力が抜けたからだと、私は思った。

帰り道、私は病院へ寄った。

母のベッドの脇で、初めて自分から言った。

「お母さん、私ね、ずっと平気なふりをしてた」

母は、目を丸くして、それから笑った。

「知ってたわよ、そんなこと」

私は、また泣いた。

今度は、笑いながらの涙だった。

母の手の甲には、点滴の針の跡が、うっすらと青く残っていた。

それから、少しずつ変わった。

職場の先輩に、「今日は手伝えません」と言えた。

先輩は、拍子抜けしたような顔をして、「そう」とだけ言った。

世界は、崩れなかった。

自分らしく生きるということは、強くなることではなかった。

弱い日を、弱い日と呼べることなのだと、私は思う。

ソウタは、今も土曜に、教室に来ている。

最近は、「平気」以外の字も、書くようになった。

不器用に曲がった字を見るたび、私は小さく、胸の内で「ありがとう」と言う。

言えなかった言葉を、誰かに渡せるようになるまでの時間を描いた話としては、母が片手で作り続けた弁当の話と、4歳の約束も、あわせて読んでいただけたら嬉しく思います。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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