中学生の時の娘の友達

公開日: 友情 | 心温まる話

女子中学生(フリー写真)

今から8年前の話です。

現在21歳になった娘ですが、中学校時代の男友達が良い人過ぎて感動しました。

娘は自閉症などの障害を持っており、小学校の時は授業で当てられても話せなかったり教科書を読まなかったりと、クラスメイトにも迷惑をかけてばかりでした。

それでみんなから陰口をよく言われていたそうです。小中と養護教室にも通ってました。

いじめられていたので友達は本当の数人でした。

中学校に上がり、隣の小学校の子達とも同じ学年になりました。

不安で仕方なく、授業は小学校の時と変わらず、教科書を読まない、当てられても話さない、自己紹介で何も言わないなどでした。他の人に話しかけられても無視でした。

けれど一人の男の子は娘と仲良くしてくれました。席が隣で、最初話しかけられても全く気にせず、娘は勉強も非常に苦手でしたが教えてくれたり、話すことも多くなって行ったそうです。

でも、やはり男の子からも女子からも陰口を言われていました。

直接からかったりしてくる人もいて本当に不安でしたが、その男の子はいじめから守ってくれました。

一年生が終わる頃には、お互い異性で一番仲の良い友達だったそうです。

二年になって「クラス離れて何か言われたらすぐ俺に言えよ」この言葉は私も聞いていて忘れません。

その子は一年生の時は真面目な子だったのですが、二年生になると不良となり始め、学年での問題を起こすことが多かったそうです。娘と話すことも減りました。

三年生になり、娘はその男の子と同じクラスになりました。

娘はその男の子のおかげで段々とクラスの子と話せるようになり、友達も多くなりました。

そしてその男の子は二年生の終わりから真面目に戻って行き、高校の進路は少しレベルの高い高校と決まりましたが、娘は高校に行ける可能性はとても低いと言われました。

一年生の時のように、その男の子と仲の良い女子友達に勉強を教えてもらっていました。

そして進路相談の時に「偏差値30程度の高校からなら行ける可能性もあります。障がい者サポートの整っている高校を探してみて受験するのも一つの道です」と言われました。

そしてその間も友達は娘に寄り添ってくれ、苦難の末、高校に合格することが出来ました。

その男友達と仲の良い女子友達も見事志望校に受かりました。

時々ですが短い間、娘と遊んだりもしてくれました。

そして迎えた卒業式、予想外の事件が起きました。

卒業式が終わり男友達と写真を二人で撮っていると、男友達と娘が「陰キャ同士が写真撮ってるよ(笑)」などと馬鹿にされました。

すると、

「○○(娘の名前)は確かに最初話しづらかったけど、本当に3年間過ごしてると学年の女子一心は晴れて陽キャだからな。

お前らは見た目などは陽キャだが、心が陰キャだ」

と言い残して立ち去りました。

卒業式が終わり、

「さっきの言葉は気にすんな。

○○と過ごした3年間は何一つ後悔なんて無かったぞ。

中学校で最高の女子友達を持ったよ。

高校で離れるけど、いつでもLINEでも話して来いよ。

離れてても心は一つかもな」

と言って別れの言葉を告げました。

親である私まで涙しました。

娘は高校になると中学の時とは真逆で社交的な子になり、いじめられることもありませんでした。そして高校も無事卒業しました。

就職するかは分かりませんが、娘の部屋を片付けていると、中学校の時の男友達からの手紙がありました。

『○○へ

高校は楽しいか?

俺は中学生の時よりも友達が多くて、部活にも打ち込めて最高の高校生活やで。

またいじめられたり悪口言われてないか?

いつでも守ったんぞ、卒業式に言ったやん。

学校は離れてても心は一つかもな。

って、この言葉は忘れるなよ!

○○○より』

と綴ってありました。

娘思いで唯一仲良くしてくれたヤンキーの男友達でした。

ちなみにその男の子は、娘みたいな人を助けて幸せにしたい、勉強を教えたい、という思いで中学校の教師を目指しているそうです。

投稿者: 香澄さん

関連記事

マグカップ(フリー写真)

友情の形

友人が亡くなった。 入院の話は聞いていたが、会えばいつも元気一杯だったので、見舞いは控えていた。 棺に眠る友人を見ても、闘病で小さくなった亡骸に実感が湧かなかった。 …

家族の手(フリー写真)

いつかの日曜日

私が4歳の時、父と母は離婚した。 当時は祖父母と同居していたため、父が私を引き取った。 母は出て行く日に私を実家へ連れて行った。 家具や荷物が沢山置いてあって、叔母の…

花嫁(フリー写真)

血の繋がらない娘

土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。 出会った当時の俺は25歳、嫁は33歳、娘は13歳。 まあ、要するに嫁の連れ子だったんだけど。 娘も大きかったから、多少ギクシャクし…

廊下

涙の中の絆

僕は小さい頃、両親に捨てられ、孤独な日々を過ごしていた。 「施設の子」「いつも同じ服を着た乞食」という言葉が常に僕を追いかけた。 同級生と遊びたくても、その家の親に拒まれ…

通帳(フリー写真)

おめでとさん

今から十年前、まだ会社に入ったばかりの頃の話。 当時の給与は手取り18万円くらいで、家に3万円を入れていた。 親に5万にしろと言われ出て行った。 一人暮らしをすれば会…

ファミレス(フリー写真)

兄妹の情

ファミレスで仕事をしていると、隣のテーブルに親子が座ったんです。 妙に若作りしている茶髪のお母さんと、中学一年生くらいの兄、そして小学校低学年くらいの妹です。 最初はどこに…

クリスマスプレゼント(フリー写真)

サンタさんから頼まれた

※編注: このお話は、東日本大震災発生から5日後の3月16日に2ちゃんねるに書き込まれました。 ※ 当方、宮城県民。 朝からスーパーに並んでいたのだが、私の前に母親と泣きべそ…

手を繋ぐ恋人同士(フリー写真)

遠く離れても、絆は永遠に

ある町に、幼馴染の男女が暮らしていた。 彼らは幼い頃からずっと一緒に過ごし、お互いのことを大切に思っていた。 しかしある日、男性が突然遠い町へ引っ越すことになった。 …

数式(フリー素材)

天才数学者の意志

人は彼のことを「神童」とも「天才」とも「未来を嘱望された若手数学者」とも形容する。 ただ一貫しているのは、彼の頭脳力と、それに劣らない人格に対する尊敬と敬愛だろう。 20…

蒸気機関車(フリー写真)

まるで紙吹雪のように

戦後間もない頃、日本人の女子学生であるA子さんがアメリカのニューヨークに留学しました。 戦争直後、日本が負けたばかりの頃のことです。人種差別や虐めにも遭いました。 A子さ…