
壊す前に一枚だけ撮る
壊す前に、俺は必ず一枚だけ撮る。
誰に頼まれたわけでもない。
重機を入れる朝、まだ職人が誰も来ていない時間に、正面へ回ってシャッターを切るだけだ。
桐生の町には、のこぎり屋根の工場がまだいくつも残っている。
屋根の北側だけが硝子になっていて、一日じゅう光の色が変わらない。
だから機屋はそこで糸の色を見たのだと、親方が教えてくれた。
その硝子を、俺たちは鉄の爪で割る。
割った瞬間、七十年ぶんの埃が、朝日の中でいっせいに舞い上がる。
あの一瞬だけは、何度撮っても、うまく写らない。
※
両親が別れた夜
三年前のある日、両親が離婚した。
俺と妹は、母さんについて行くことになった。
両親が別れることを知らされた夜のことを、今でもよく覚えている。
母さんは、俺と妹を卓袱台の前に座らせて、できるだけ静かに事情を話そうとした。
けれど途中で言葉が続かなくなって、何度も唇を噛んでいた。
妹はまだ幼くて、状況がうまく飲み込めないようだった。
俺は、自分がしっかりしなくては、とその夜に思った。
引っ越したのは、桐生川の土手からすぐの、古いアパートの一室だった。
壁が薄くて、隣の物音がよく聞こえる部屋だった。
三人で布団を並べて寝た最初の夜、母さんは背を向けて、小さく泣いていた。
俺は気づかないふりをして、天井のしみを数えていた。
しみは、七つあった。
数え終わっても、朝はまだ遠かった。
※
続かなかった仕事
母さんはずっと専業主婦だったから、まともに働いた経験がほとんどなかった。
それでも生活のために、いくつものパートを始めた。
けれど、どこも一ヶ月と続かない。
覚えることが多すぎて、若い人たちのようには動けないのだと、母さんはこぼしていた。
家計は、目に見えて苦しくなっていった。
スーパーのレジ、弁当工場のライン、旅館の下働き。
どの仕事も、長くは続かなかった。
「ごめんね、母さん、不器用で」
ある晩、母さんはそう言って、頭を下げた。
親に頭を下げられるのが、俺はいちばんつらかった。
謝らなくていいよ、と言うのが精いっぱいだった。
そのころ、俺は母さんの妙な癖に気づいていた。
母さんは、家を出るとき、必ず玄関で一度、サンダルの底を新聞紙で拭いてから履いた。
玄関先で、しゃがんで、底を二度、三度。
汚れたまま上がると畳が汚れるから、と母さんは言った。
俺は、几帳面な人だな、としか思わなかった。
※
高校をやめた日
当時、俺は高校生だった。
バイト代を全部入れても、三人で暮らしていくにはとても足りなかった。
妹はまだ中学生で、これからお金がかかる。
俺は高校を中退して、解体屋に入った。
高校を辞めると決めた日、担任の先生は、最後まで反対してくれた。
「お前には、まだ別の道があるはずだ」と。
その言葉はありがたかったが、俺には選んでいる余裕がなかった。
教科書を後輩に譲り、制服をクリーニングに出して、俺は学校を去った。
校門を出るとき、一度だけ振り返った。
未練がなかったと言えば、嘘になる。
それでも、家族を守ることのほうが、俺には大事だった。
妹は妹なりに、家のことを手伝うようになった。
夕飯を作って待っていてくれる日もあった。
焦げた卵焼きを、俺は「うまい」と言って食べた。
「お兄ちゃんが働いてくれてるから、私は頑張れる」
そう言われたとき、俺は中退したことを、初めて少しだけ誇らしく思えた。
※
桐生の解体現場
朝は五時に起き、まだ暗いうちに現場へ向かう。
重いハンマーを振るい、コンクリートを砕き、埃まみれになって働いた。
手のひらには、すぐに固い豆ができた。
解体屋の仕事は、想像していたよりずっと過酷だった。
夏は灼けるような暑さの中で、冬は凍えながら、鉄とコンクリートを相手にする。
昼休み、先輩たちが日陰で弁当を広げる中、俺は壁にもたれて目を閉じた。
高校の教室にいたはずの俺が、今はここにいる。
そのことを不思議に思う余裕すら、最初の頃はなかった。
一度、足場の資材で指を強く挟んで、爪が剥がれたことがある。
それでも俺は、次の日も現場に立った。
休めば、その分、家に入れる金が減ってしまうからだ。
先輩のひとりが、そんな俺を見て、よく缶コーヒーをおごってくれた。
「若いのに、えらいな」
そのひと言が、思いがけず、胸に沁みた。
俺たちが壊していたのは、たいてい、機屋の工場だった。
桐生は織物の町で、昔は町じゅうに機の音がしていたのだという。
その音が、俺が生まれるずっと前に、少しずつ消えていった。
残った建物を、俺たちが順番に壊している。
そういう仕事だった。
※
売れるものは全部売った
家にあるものを、俺は次々と売った。
集めていた漫画も、ゲームも、ためらわずに売り払った。
漫画を売りに行った古本屋で、俺は段ボール箱を手放すのをためらった。
何度も読み返した背表紙が、箱の中で少しだけ眩しく見えた。
店員が値段を告げると、俺は「お願いします」とだけ言った。
帰り道、財布の中の数枚の札が、やけに薄く感じられた。
それでも、これで少しは楽になる、と自分に言い聞かせた。
そして、いちばん大事にしていたものにも、手をかけようとした。
俺のカメラだ。
※
父が置いていった一眼レフ
カメラを好きになったのは、小学生の頃だった。
父さんが使い古した、古い一眼レフを譲り受けたのが始まりだった。
ファインダーをのぞくと、いつもの景色が、まるで別の世界みたいに見えた。
夕焼け、雨上がりの水たまり、妹の笑った顔。
何でもないものが、その四角い枠の中で、急に特別なものになった。
俺にとって写真は、息継ぎのようなものだった。
もらってすぐの頃、俺は裏蓋の内側に、自分の名前を油性ペンで書いた。
「まさや」と、ひらがなで、下手くそに。
父さんに見つかって、ずいぶん叱られたのを覚えている。
母さんだけが、あのとき笑っていた。
※
それだけは売っちゃだめ
そのカメラと、何本かのレンズを、俺は売ろうとした。
離婚で家がばらばらになって、もう写真どころじゃない、と思っていた。
こんな贅沢なもの、今の俺たちには似合わない、とも。
机の上に並べたカメラを見て、母さんはすぐに気づいた。
そして、いつになく強い声で言った。
「それだけは、売っちゃだめ」
俺は驚いて、母さんの顔を見た。
ふだんの母さんは、何を売っても何も言わない人だった。
父さんが残していった時計も、婚礼のときの簞笥も、黙って手放した人だ。
「あんたが自分で見つけた、好きなことなんだから」
「カメラだけは、絶対に続けなさい」
あんまりしつこく言うので、俺は結局、いちばん古い本体を一台だけ残した。
レンズは、最初からついていた安物のキットレンズが一本きりだ。
それ以来、ずっとそのレンズだけで撮っている。
※
ガラス越しの単焦点レンズ
しばらくして、現場の先輩に声をかけられた。
「お前、カメラやるんだって。今度、現場の集合写真撮ってくれよ」
それをきっかけに、俺はまた少しずつ、カメラを持ち歩くようになった。
全員が並んだ瞬間にシャッターを切ると、無骨な男たちが照れたように笑った。
その写真を渡すと、先輩は「お前、ええ腕しとるな」と言ってくれた。
誰かのために撮った一枚を、喜んでもらえる。
それが、こんなに嬉しいことだとは、知らなかった。
休みの日には、自転車で町をまわって、シャッターを切った。
安いキットレンズでも、撮れる写真はちゃんとあった。
暗い場所や、遠くのものは、どうしてもうまく写らない。
それでも、ファインダーをのぞいている間だけは、現場の疲れも、家の不安も、すっと遠のいた。
本町の通りに、岡部写真機店という古い店があった。
硝子戸に、色の褪せたフィルムの広告がそのまま貼ってある店だ。
ある日、その中古コーナーで、一本の単焦点レンズを見つけた。
暗い場所でも、人の表情を、やわらかく写せるレンズだった。
値札を見て、俺はそっと棚に戻した。
今の俺には、とても手の届く値段じゃない。
それからも、買えるあてもないのに、俺は何度もその店に通った。
硝子越しに、同じ棚の、同じ場所を眺めて帰る。
店主の岡部さんは白髪の痩せた老人で、店の奥で猫を膝に乗せて新聞を読んでいた。
一度だけ「試してみますか」と言われたが、俺は首を横に振った。
一度手にしてしまったら、欲しくてたまらなくなる気がしたからだ。
このレンズがあれば、暗い場所の妹の笑顔も、きれいに残せるのに。
レンズのことは、家では一言も話さなかった。
一度も、だ。
※
誕生日の小さな包み
話は変わるが、今年の俺の誕生日のことだ。
その日、仕事から帰ると、母さんがそわそわしていた。
卓袱台の上に、小さな包みが置いてあった。
「いつも、無理して頑張ってくれてるから」
母さんは、照れたように笑いながら、それを差し出した。
開けてみて、俺は息を呑んだ。
中に入っていたのは、あの単焦点レンズだった。
あの日、岡部写真機店の棚に戻した、まさにそのレンズ。
「店員さんに、いろいろ聞いてね」
「あんたが撮りたいものには、これがいいって、教えてもらったの」
母さんは、カメラのことなんて、何も知らないはずだった。
その母さんが、慣れない言葉を必死に覚えて、店主に尋ねたのだ。
少しずつ貯めていた、パート代で。
あとで気づいたが、母さんはこの数ヶ月、自分のものを一つも買っていなかった。
擦り切れたサンダルを、テープで補修して履き続けていた。
何やってんだよ、ばか。
家計が苦しいのに。
そんな金があるなら、自分の靴でも買えばいいのに。
やつれた顔で、それでも精いっぱい笑いながら、母さんは言った。
「誕生日おめでとう」
「まだ若いんだから、自分のやりたいこと、頑張りなさい」
その日は、妹がめずらしく早く帰っていた。
卓袱台には、スーパーで買った小さなホールケーキが置いてあった。
妹が、こっそり自分のお小遣いで買ってきたものだった。
「お兄ちゃんには内緒だよって、母さんに口止めされてたの」
妹は得意げにそう言って、笑った。
恥ずかしながら、俺は泣いてしまった。
体の水分が全部出てしまうくらい、泣いた。
親の前で大泣きしたのは、中学の卒業式以来だった。
母さんは、何も言わずに、俺の背中をぽんぽんと叩いた。
その手は、あかぎれだらけだった。
※
岡部写真機店の帳面
店へ礼を言いに行ったのは、それから半月ほど経った、雨の日曜だった。
硝子戸を開けると、岡部さんは奥から出てきて、俺の顔を見るなり、少し笑った。
「ああ。あんたか」
初めて名乗ったはずなのに、そう言われた。
岡部さんは、カウンターの下から、罫線の擦り切れた帳面を出してきた。
そこに、母さんの名前があった。
「分割 六回」と、鉛筆で書いてある。
俺の誕生日の、六ヶ月も前の日付だった。
「六回に分けて、毎月、持ってきなさったよ」
俺は、帳面の数字をしばらく見ていた。
一回ぶんの金額が、母さんの当時の日給と、ほとんど同じだった。
それから岡部さんは、もっと前の頁を、指でめくった。
そこにも、母さんの名前があった。
ただし、その欄には、線が引いて消してあった。
日付は、俺たちが引っ越してきた、あの年の冬だ。
「買い取りの相談で、いっぺん来なさった」
俺は、意味がわからなかった。
「カメラをね。持って来なさったよ。あの、古い一眼レフを」
※
裏蓋の内側の名前
膝の力が、すっと抜けた。
あの冬、母さんは、俺に黙って、あのカメラを売りに行っていたのだ。
電気が止まりかけて、米を買う金もなかった、あの月に。
「値段を出す前にね、裏蓋を開けたんだ」
岡部さんは、そう言って、自分の手のひらを軽く広げた。
「そうしたら、内側に、子どもの字で、名前が書いてあった」
まさや、と。
「これは、坊ちゃんのですね、って訊いたら、あの人、黙りなさった」
「そのまま、抱えて帰りなさったよ」
俺は、何も言えなかった。
母さんは、売ろうとして、売れなかった。
いや、正しくは、売らずに帰った。
そして家に帰ってきて、何ごともなかったような顔で、夕飯を作ったのだ。
その一ヶ月後だ。
俺が同じカメラを机に並べて、売ると言い出したのは。
「それだけは、売っちゃだめ」
あの声の強さの理由が、三年遅れで、ようやくわかった。
売るなと言った母さんは、売りに行って、返された人だった。
※
新聞紙で拭かれたサンダル
岡部さんは、湯呑みにお茶を注ぎながら、こんなことも言った。
「あの人ね、うちの向かいのバス停に、よう立ってなさった」
「けど、バスには乗らんのよ。一本、二本、見送って、歩いて帰りなさる」
バス停は、この店の硝子戸の、ちょうど真向かいにある。
つまり母さんは、あそこに立って、この店の棚を見ていたのだ。
硝子越しに、同じ棚の前で立ち止まる、俺の背中も。
「息子さんが、いつも同じところを見とる、って言いなさったよ」
「どれですかって訊いたら、あの人、正確に指したよ。私より正確に」
店員に教えてもらった、というのは、母さんの嘘だった。
母さんは、俺より先に、そのレンズを見つけていた。
俺が通い始めるより、ずっと前から。
そして、バス代の百八十円を、六ヶ月ぶん、そこに積んだのだ。
アパートまでは、桐生川の土手を歩けば、四十分ほどで帰れる。
土手の道は、雨が降ると、赤茶けた土がぬかるむ。
バスに乗らない人の靴の底には、あの土手の赤い土がつく。
母さんが玄関でサンダルの底を拭いていたのは、几帳面だったからではない。
歩いて帰ったことを、俺たちに知られたくなかったからだ。
畳を汚さないためではなく、証拠を消すために、母さんは毎日しゃがんでいた。
※
母さんの横顔
あのレンズで、俺が最初に撮ったのは、母さんの横顔だった。
台所で、夕飯の支度をしている、何でもない横顔。
やわらかい光が、あかぎれの手を、やさしく包んでいた。
後日、俺はその一枚を、ちゃんとプリントしてもらった。
光沢のある紙に焼かれた母さんの横顔は、思っていたよりずっと穏やかだった。
あかぎれの手も、ぶれずに、はっきりと写っていた。
その手が、俺たち兄妹を、ここまで育ててきたのだ。
母さんは、その写真に気づくと、「やだ、こんなおばさん撮らないでよ」と照れた。
それでも、捨てろとは言わなかった。
今でもその一枚は、棚のいちばん見えるところに置いてある。
あの日以来、俺は母さんに、新しいサンダルを何度か勧めている。
そのたびに母さんは、「まだ履けるよ」と言って笑う。
本当に、頑固な人だ。
親が子を思う不器用さについては、強いお母さんという話にも、よく似たものを感じたことがある。
※
のこぎり屋根がなくなる町で
現場の仕事は、相変わらず厳しい。
手の豆は固くなり、肩にはいつも鈍い痛みがある。
それでも、休みの日にあのレンズを構えると、世界はまた特別に光って見える。
暗い路地も、雨にぬれた看板も、ファインダーの中では美しかった。
去年、俺は現場で撮りためた写真を、市の公民館の小さな展示に出した。
壊される前の、のこぎり屋根の工場ばかり、十二枚。
見に来た年配の男の人が、一枚の前で長いこと動かなかった。
「ここで、五十年、糸を触ってました」
そう言って、頭を下げられた。
壊す側の人間が、壊す前の姿を残している。
それを後ろめたく思っていた気持ちが、その日、少しだけ軽くなった。
母さんがくれたのは、レンズだけじゃない。
好きなものを手放さなくていい、という許しだった。
そしてその許しは、母さん自身が、一度は手放しかけて、持って帰ってきたものだった。
誰かの誇りが静かに実を結ぶ話としては、自慢の息子のような一編も、俺は好きだ。
暮らしは、今もけっして楽じゃない。
それでも、休みの日になると、俺はあのレンズを持って町へ出る。
ファインダーの向こうの世界は、相変わらず、特別に光って見える。
やりたいことを頑張りなさい。
母さんのあの言葉が、シャッターを切るたびに聞こえる。
次に壊す工場は、来月だ。
その朝も、俺はいちばんに現場へ行って、正面から一枚だけ撮るだろう。
そして帰り道は、バスに乗らずに、土手を歩いて帰ろうと思う。