やりたいこと頑張りなさい

三年前のある日、両親が離婚した。

俺と妹は、母さんについて行くことになった。

両親が別れることを知らされた夜のことを、今でもよく覚えている。

母さんは、俺と妹を前に座らせて、できるだけ静かに事情を話そうとした。

けれど途中で言葉が続かなくなって、何度も唇を噛んでいた。

妹はまだ幼くて、状況がうまく飲み込めないようだった。

俺は、自分がしっかりしなくては、とその夜に思った。

引っ越したのは、駅から離れた古いアパートの一室だった。

壁が薄くて、隣の物音がよく聞こえる部屋だった。

三人で布団を並べて寝た最初の夜、母さんは背を向けて、小さく泣いていた。

俺は気づかないふりをして、天井のしみを数えていた。

母さんはずっと専業主婦だったから、まともに働いた経験がほとんどなかった。

それでも生活のために、いくつものパートを始めた。

けれど、どこも一ヶ月と続かない。

覚えることが多すぎて、若い人たちのようには動けないのだと、母さんはこぼしていた。

家計は、目に見えて苦しくなっていった。

母さんは、スーパーのレジから、弁当工場のラインまで、いろんな仕事を試した。

どの仕事も、若い人のスピードについていけず、長くは続かなかった。

「ごめんね、母さん、不器用で」

ある晩、母さんはそう言って、頭を下げた。

親に頭を下げられるのが、俺はいちばんつらかった。

謝らなくていいよ、と言うのが精いっぱいだった。

当時、俺は高校生だった。

バイト代を全部入れても、三人で暮らしていくにはとても足りなかった。

妹はまだ中学生で、これからお金がかかる。

妹は妹なりに、家のことを手伝うようになった。

夕飯を作って待っていてくれる日もあった。

焦げた卵焼きを、俺は「うまい」と言って食べた。

妹は、勉強だけは決して手を抜かなかった。

「お兄ちゃんが働いてくれてるから、私は頑張れる」

そう言われたとき、俺は中退したことを、初めて少しだけ誇らしく思えた。

俺は高校を中退して、解体現場の仕事に就いた。

高校を辞めると決めた日、担任の先生は、最後まで反対してくれた。

「お前には、まだ別の道があるはずだ」と。

その言葉はありがたかったが、俺には選んでいる余裕がなかった。

教科書を後輩に譲り、制服をクリーニングに出して、俺は学校を去った。

校門を出るとき、一度だけ振り返った。

未練がなかったと言えば、嘘になる。

それでも、家族を守ることのほうが、俺には大事だった。

朝は五時に起き、まだ暗いうちに現場へ向かう。

重いハンマーを振るい、コンクリートを砕き、埃まみれになって働いた。

手のひらには、すぐに固い豆ができた。

それでも、給料日に母さんへ封筒を渡すと、少しだけ気持ちが軽くなった。

解体現場の仕事は、想像していたよりずっと過酷だった。

夏は灼けるような暑さの中で、冬は凍えながら、鉄とコンクリートを相手にする。

昼休み、先輩たちが日陰で弁当を広げる中、俺は壁にもたれて目を閉じた。

高校の教室にいたはずの俺が、今はここにいる。

そのことを、不思議に思う余裕すら、最初の頃はなかった。

一度、足場の資材で指を強く挟んで、爪が剥がれたことがある。

それでも俺は、次の日も現場に立った。

休めば、その分、家に入れる金が減ってしまうからだ。

先輩のひとりが、そんな俺を見て、よく缶コーヒーをおごってくれた。

「若いのに、えらいな」

そのひと言が、思いがけず、胸に沁みた。

家にあるものを、俺は次々と売った。

集めていた漫画も、ゲームも、ためらわずに売り払った。

少しでも家計の足しになればと思った。

漫画を売りに行った古本屋で、俺は段ボール箱を手放すのをためらった。

何度も読み返した背表紙が、箱の中で少しだけ眩しく見えた。

店員が値段を告げると、俺は「お願いします」とだけ言った。

帰り道、財布の中の数枚の札が、やけに薄く感じられた。

それでも、これで少しは楽になる、と自分に言い聞かせた。

そして、いちばん大事にしていたものにも、手をかけようとした。

俺のカメラだ。

カメラを好きになったのは、小学生の頃だった。

父さんが使い古した、古い一眼レフを譲り受けたのが始まりだった。

ファインダーをのぞくと、いつもの景色が、まるで別の世界みたいに見えた。

夕焼け、雨上がりの水たまり、妹の笑った顔。

何でもないものが、その四角い枠の中で、急に特別なものになった。

俺にとって写真は、息継ぎのようなものだった。

そのカメラと、何本かのレンズを、俺は売ろうとした。

離婚で家がばらばらになって、もう写真どころじゃない、と思っていた。

こんな贅沢なもの、今の俺たちには似合わない、とも。

机の上に並べたカメラを見て、母さんはすぐに気づいた。

そして、いつになく強い声で言った。

「それだけは、売っちゃだめ」

俺は驚いて、母さんの顔を見た。

「あんたが自分で見つけた、好きなことなんだから」

「カメラだけは、絶対に続けなさい」

母さんは、ほかのものには何も言わなかったのに、これだけは譲らなかった。

あんまりしつこく言うので、俺は結局、いちばん古いカメラを一台だけ残した。

レンズは、最初からついていた安物のキットレンズが一本きりだ。

それ以来、ずっとそのレンズだけで撮っている。

しばらくして、現場の先輩に声をかけられた。

「お前、カメラやるんだって? 今度、現場の集合写真撮ってくれよ」

それをきっかけに、俺はまた少しずつ、カメラを持ち歩くようになった。

現場仲間に集合写真を頼まれたとき、俺は少しだけ緊張した。

全員が並んだ瞬間、シャッターを切ると、無骨な男たちが照れたように笑った。

その写真を渡すと、先輩は「お前、ええ腕しとるな」と言ってくれた。

誰かのために撮った一枚を、喜んでもらえる。

それが、こんなに嬉しいことだとは、知らなかった。

休みの日には、自転車で町をまわって、シャッターを切った。

安いキットレンズでも、撮れる写真はちゃんとあった。

暗い場所や、遠くのものは、どうしてもうまく写らない。

それでも、ファインダーをのぞいている間だけは、現場の疲れも、家の不安も、すっと遠のいた。

写真は、やっぱり俺の息継ぎだった。

ある日、カメラ屋の中古コーナーで、一本の単焦点レンズを見つけた。

暗い場所でも、人の表情を、やわらかく写せるレンズだった。

値札を見て、俺はそっと棚に戻した。

今の俺には、とても手の届く値段じゃない。

いつか、と思いながら、その日も俺はキットレンズで帰った。

カメラ屋に通うのが、いつのまにか俺の楽しみになっていた。

買えるあてもないのに、あの単焦点レンズを、ガラス越しに何度も眺めた。

店員に「試してみますか」と言われても、俺は首を横に振った。

一度手にしてしまったら、欲しくてたまらなくなる気がしたからだ。

このレンズがあれば、暗い場所の妹の笑顔も、きれいに残せるのに。

そう思いながら、俺はいつもキットレンズで町を撮って帰った。

レンズのことは、家では一言も話さなかった。

話は変わるが、今年の俺の誕生日のことだ。

その日、仕事から帰ると、母さんがそわそわしていた。

テーブルの上に、小さな包みが置いてあった。

「いつも、無理して頑張ってくれてるから」

母さんは、照れたように笑いながら、それを差し出した。

開けてみて、俺は息を呑んだ。

中に入っていたのは、あの単焦点レンズだった。

あの日、カメラ屋の棚に戻した、まさにそのレンズ。

「店員さんに、いろいろ聞いてね」

「あんたが撮りたいものには、これがいいって、教えてもらったの」

母さんは、カメラのことなんて、何も知らないはずだった。

その母さんが、慣れない言葉を必死に覚えて、店員に尋ねたのだ。

少しずつ貯めていた、パート代で。

母さんは、レンズを渡しながら、ぽつぽつとその日のことを話した。

カメラ屋に入るだけでも、ずいぶん勇気がいったらしい。

若い店員に、何度も同じことを聞き返して、申し訳なかったと言っていた。

「うちの息子が、暗いところで人を撮りたいみたいなんですけど」

母さんは、そう切り出したのだそうだ。

店員は親身になって、いくつものレンズを並べて説明してくれたという。

その中から、母さんは、いちばん俺に合いそうな一本を選んだ。

カメラのことなど何も知らない人が、息子のために、必死で覚えた言葉だった。

あとで気づいたが、母さんはこの数ヶ月、自分のものを一つも買っていなかった。

擦り切れたサンダルを、テープで補修して履き続けていた。

そうして少しずつ貯めた金を、全部、俺のレンズに変えたのだ。

何やってんだよ、ばか。

家計が苦しいのに。

そんな金があるなら、自分の服でも買えばいいのに。

やつれた顔で、それでも精いっぱい笑いながら、母さんは言った。

「誕生日おめでとう」

「まだ若いんだから、自分のやりたいこと、頑張りなさい」

その日は、妹がめずらしく早く帰っていた。

テーブルには、スーパーで買った小さなホールケーキが置いてあった。

妹が、こっそり自分のお小遣いで買ってきたものだった。

あとで知ったのだが、妹は母さんの計画を、ずっと前から知っていたらしい。

「お兄ちゃんには内緒だよって、母さんに口止めされてたの」

妹は得意げにそう言って、笑った。

二人して、俺を驚かせるために、何週間も黙っていたのだ。

恥ずかしながら、俺は泣いてしまった。

体の水分が、全部出てしまうくらい、泣いた。

親の前で大泣きしたのは、中学の卒業式以来だった。

母さんは、何も言わずに、俺の背中をぽんぽんと叩いた。

その手は、パートで荒れて、あかぎれだらけだった。

あのレンズで、俺が最初に撮ったのは、母さんの横顔だった。

台所で、夕飯の支度をしている、何でもない横顔。

やわらかい光が、あかぎれの手を、やさしく包んでいた。

後日、俺はその一枚を、ちゃんとプリントしてもらった。

光沢のある紙に焼かれた母さんの横顔は、思っていたよりずっと穏やかだった。

あかぎれの手も、ぶれずに、はっきりと写っていた。

その手が、俺たち兄妹を、ここまで育ててきたのだ。

母さんは、その写真に気づくと、「やだ、こんなおばさん撮らないでよ」と照れた。

それでも、捨てろとは言わなかった。

今でもその一枚は、棚のいちばん見えるところに置いてある。

現場の仕事は、相変わらず厳しい。

手の豆は固くなり、肩にはいつも鈍い痛みがある。

それでも、休みの日にあのレンズを構えると、世界はまた特別に光って見える。

暗い路地も、雨にぬれた看板も、ファインダーの中では美しかった。

母さんがくれたのは、レンズだけじゃない。

好きなものを手放さなくていい、という許しだった。

あの日、売らずに残したカメラが、今の俺をかろうじてつないでいる。

いつか、写真でちゃんと食べていけるようになりたい。

そして、母さんに新しいサンダルを、一足だけでも買ってやりたい。

俺は、その写真を安物の額に入れて、アパートの棚に飾った。

暮らしは、今もけっして楽じゃない。

それでも、休みの日になると、俺はあのレンズを持って町へ出る。

ファインダーの向こうの世界は、相変わらず、特別に光って見える。

やりたいことを頑張りなさい──母さんのあの言葉が、シャッターを切るたびに聞こえる。

いつか、母さんを楽にしてやれるくらい、いい写真を撮れる人間になりたい。

それが今の、俺のいちばんの夢だ。

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