生んでくれてありがとう

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 |

親子(フリー写真)

母が死んで今日で一年が経つ。

高齢出産だったこともあり、俺の同年代の友達の親と比べると明らかに歳を取っていた。

「何でもっと若い頃に生んでくれなかったの!?」

と責めたこともあった。

思春期になると、とにかく心配性な母がうざいのと、親父には恐くて何も言えなかったものだから、何でもかんでも母に当たっていた。

沢山文句を言って寝ようと自分の部屋に入った時、母のすすり泣く声が聞こえた。

その時は自分の不甲斐なさに気付き、俺も泣いた。

お母さんが死ぬ時がいつか来るのだと解っていた。

でも気付いてからは遅いんだよね。そんな俺も今年で23歳になる。

20歳を迎えたくらいから親孝行したいなと思い始めた。

高齢出産だった母に、孫の顔を見せてあげたいなと思っていた。

それで先月、彼女の生理が来ないものだから病院へ行ったら、子供が出来ていたよ。お母さん。

無事に生まれてくれたら良いな。

俺を生んでくれてありがとう。高齢出産だったから辛かったろう。

孫の顔を見せてあげたかったな。抱かせてあげたかったな。

でも、もうお母さんの笑顔は見られないんだよね。あの笑い声ももう聞けないんだよね。

俺、少しは一人前の大人になったよ。学歴も無いし給料安いけど、ついに家庭を持つよ。

こんな幸せなことってなかなか無いよね。

俺の子供には、お母さんからもらった優しさを少しでも分けてあげたい。

休みの日は子供といっぱい遊ぶ。俺が小さい頃のお母さんよりは動けると思うよ。何たって俺、まだ若いからね。

お母さんが死ぬ前日に俺に言った言葉。

「今日はお風呂に入ってもう寝なさい」

あの時、寝なきゃ良かったな。今でも思うよ。一晩中話しとけば良かったよ。

何で死んじゃうんだよ。お母さん。もっといっぱい甘えとけば良かった。

もっといっぱい話したかった。旅行に連れて行ってあげたかった。

それで美味しい物をいっぱい食べさせてあげたかった。

次の日、冷たくなった体を抱き締めても、声を掛けても何も返って来なかったよ。

お母さん、天国から俺のこと見える?

俺のことはもう心配しなくて良いからね。

子供の名前、何にしようかな。お母さんだったらどうする?

明日、仕事休みだから彼女とお墓参りに行くよ。

最後に、生きている時に言いたかったけど言えなかった言葉。

「お母さん、生んでくれてありがとう」

関連記事

月明かり(フリー写真)

お月さんの下で

昨日、彼女の家の犬が死んだ。 彼女の家は昔、彼女の兄貴が高校生という若さで自殺してから、両親も彼女もうつ病になって酷い状態だったらしい。 そんな時に引き取って来た犬だったそ…

バイオリン(フリー写真)

世界一の良い娘

昨夜、嫁とケンカした。 切っ掛けは些細なことで、小学2年生の娘がバイオリンを習いたいと言い出したことだ。 嫁「本人がやりたいなんて言い出すのは珍しいから、習わせてあげたい」…

カレー

静かなテーブルの上で

ファミレスで仕事をしていたときのことです。 隣のテーブルに、三人連れの親子が座りました。 若作りした茶髪のお母さん、中学一年生くらいの男の子、そして小学校低学年と思われる…

夫婦の後ろ姿(フリー写真)

一番大切なもの

ここ数ヶ月、色々な意味で忙しかった。 25歳で自営を始めて10年と少し営んで来た店を畳んだ。 利益が出ず、嫁の収入が主な生活費になっていて、いつ辞めるかのタイミングを見てい…

花

未読のメッセージ

青春の嵐が吹き荒れる中学三年生の春、突然の母の病気の診断を受け入れることができませんでした。 試験と部活動に明け暮れる日々に追われ、未来への不安と金銭的な心配に頭がいっぱいでし…

沖縄のビーチ(フリー写真)

母の唯一のワガママ

「沖縄に行かない?」 いきなり母が電話で聞いて来た。 当時は大学三年生で、就活で大変な時期だったため、 「忙しいから駄目」 と言ったのだが、母はなかなか諦めない…

結婚式(フリー写真)

娘の結婚式だった

先週、娘の結婚式だった。 私も娘も素直な性格ではないので、ろくに会話を交わすこともなく結婚前夜が過ぎた。 結婚式当日は、娘を直視できなかった。 バージンロードでは体…

山からの眺め(フリー写真)

命があるということ

普通に生きて来ただけなのに、いつの間にか取り返しのつかないガンになっていた。 先月の26日に、あと三ヶ月くらいしか生きられないと言われた。 今は無理を言って退院し、色々な人…

梅干し(フリー写真)

憧れた世界

飲んだくれの親父のせいで貧乏育ち。だから小さい頃は遠足の弁当が嫌いだった。 麦の混ざったご飯に梅干しと佃煮。 恥ずかしいから、 「見て~!俺オッサン弁当!父ちゃんが『…

どんぐり(フリー写真)

どんぐり

毎年お盆に帰省すると、近くの川で『送り火』があります。 いつもは淡い光の列がゆっくり川下に流れて行くのを眺めるだけなのだけど、その年は灯篭に『さちこ』と書いて川に浮かべました。 …