お母さんありがとう

昨日の明け方、午前四時を少し過ぎた頃、母が逝った。

風邪ひとつ引いたことのない、丈夫な人だった。それなのに、最後はあっけなかった。

俺が保育園に上がる頃には、もう、父はいなかった。

商売に失敗して、借金だけを残して、どこかへ消えたのだと、後になって聞いた。

残されたのは、母と、俺と、二つ下の妹の、三人だけだった。

葬儀のあと、誰もいなくなった家は、ひどく静かだった。

母が毎朝、包丁でまな板を叩いていた、あの音が、もう聞こえない。

その静けさが、母がもういないという事実を、何より強く、突きつけてきた。

俺は、台所にぽつんと立って、しばらく動けなかった。

流しの脇に、母の湯呑みが、ぽつんと置いてあった。

飲みかけのお茶が、もう冷たくなって、底に薄く残っていた。

その湯呑みを手に取ると、急に、こらえていたものが、あふれ出した。

俺は、四十近い大人だというのに、子どものように、声をあげて泣いた。

母は、朝の四時に起きて、俺たち兄妹の弁当を作った。

五時には家を出て、町の市場で、夕方まで魚をさばいた。

いったん帰って、急いで晩飯を作り、それを俺たちに食べさせると、また出ていった。

夜は、駅前のビルの、清掃の仕事だった。帰ってくるのは、いつも日付が変わる頃だ。

休みは、月に二、三回あれば、いいほうだった。

そうやって、母は、俺と妹を育てた。

夜中に、ふと目を覚ますと、母が、裸電球の下で、針仕事をしていることがあった。

俺たちの、破れた靴下やズボンを、一枚ずつ、丁寧に繕っているのだ。

昼間あんなに働いて、こんな時間まで、まだ起きている。

声をかけようとして、やめた。母の横顔が、あまりに静かで、近寄りがたかったから。

朝になると、俺の靴下は、いつのまにか、きれいに直っていた。

新しいものは、めったに買えなかった。でも、俺たちは、ぼろを着せられたことは、一度もなかった。

母の手は、いつも荒れていた。あかぎれだらけで、冬になると、血が滲んでいた。

その手で、それでも母は、毎晩、寝る前に俺たちの頭を撫でた。

魚の匂いと、洗剤の匂いの混じった手だった。今でも、その匂いを思い出せる。

小学校の運動会の日のことを、よく覚えている。

母は、朝の仕事を終えて、息を切らして、校庭に駆けつけてくれた。

作業着の上に、慌ててはおったエプロンの紐が、風に揺れていた。

俺が徒競走で三位になったとき、母は、誰よりも大きな声で、俺の名前を呼んだ。

「悠ー! よく頑張ったー!」

その声が恥ずかしくて、でも、本当は、飛び上がるほど、嬉しかった。

昼休みになると、母は「お弁当、二人で食べな」と言って、また仕事へ戻っていった。

重箱には、俺と妹のぶんしか、おかずが入っていなかった。

母のぶんは、どこにもなかった。

そのことに気づいたのは、ずっと後になってからだった。

夕飯のとき、母はよく「母さんは、さっき味見でお腹いっぱいなの」と言った。

俺と妹に、たくさん食べさせるための、優しい嘘だったのだと、今なら分かる。

育ち盛りの俺たちは、その言葉を、疑いもせず信じて、平らげていた。

母の茶碗には、いつも、申し訳程度のご飯と、漬物だけが、盛られていた。

それでも母は、俺たちが食べる姿を見るのが、いちばんの幸せだと、よく言っていた。

その言葉が、本心だったことを、今の俺は、痛いほど分かる。

母は、痩せていく一方だったのに。

中学に上がる頃、俺は、その嘘に、ようやく気づいた。

そして、こっそり新聞配達のアルバイトを始めた。少しでも、母を楽にしたかったのだ。

母にばれたとき、烈火のごとく、叱られた。

「子どもは、勉強だけしてればいいの。あんたが働く必要なんて、ないんだから」

そう言いながら、母は、また泣いていた。

俺が稼いだ、最初の給料で、母に、薄手のマフラーを買った。

母は、それを、本当に嬉しそうに、何年も、何年も、使い続けてくれた。

妹は、いつも母の後をついて回る、甘えん坊だった。

帰宅した母に「ぎゅっとして」と、毎日せがんでいた。

母は、どんなに疲れていても、その小さな体を、いつも、力いっぱい抱きしめた。

あの抱擁が、母自身を、どれだけ支えていたのかを、俺は今になって思う。

反抗期なんて、ほとんどなかった。

あんなに必死に働く母を見ていて、反抗なんて、できるはずがなかった。

いや……一度だけ、あった。

小学三年生の、誕生日の少し前のことだ。

俺は、新しい野球のグローブが欲しいと、母にねだった。

少年野球を始めたばかりで、友達はみんな、真新しいグローブを持っていた。

「俺だけ古いやつだと、馬鹿にされるんだ。みんなに笑われるんだよ」

本当は、誰も笑ってなんかいなかった。なぜ、あんな嘘をついたのだろう。

母は、しばらく黙ってから、小さな声で言った。

「ごめんね……ごめんね、悠」

そして、顔をくしゃくしゃにして、泣いた。

母が泣くところを見たのは、それが初めてだった。

俺も、なぜだか悲しくなって、つられて泣いた。

母を泣かせたのが、自分のわがままのせいだと、子どもながらに、分かっていた。

それでも、グローブが欲しいという気持ちを、消すことは、できなかった。

今思えば、あの夜の母は、いったいどんな思いで、俺の頭を撫でていたのだろう。

その夜は、母と妹と三人で、同じ布団にくるまって眠った。

誕生日の朝、枕元に、小さな包みが置いてあった。

開けると、中身は、グローブだった。

でも、それは、ずいぶん使い込まれた、傷だらけの中古品だった。

革は硬くなって、ところどころ、縫い目がほつれていた。

きっと、リサイクルの店で、いちばん安いものを選んだのだろう。

「新しいのじゃなきゃ嫌だ」と、言いそうになった。

でも、台所で、嬉しそうにこちらを見ている母の顔を見たら、どうしても、言えなかった。

「ありがとう、母さん。これ、すごくいいやつだ」

そう言うと、母は、心の底から、ほっとしたように笑った。

その日、俺はそのグローブを、一日中、はめていた。

硬い革を、何度も何度も、手で揉んだ。早く、自分の形になじむようにと。

次の練習の日、俺は、その中古のグローブを持っていった。

内心、誰かに何か言われやしないかと、少しだけ、びくびくしていた。

でも、誰も、グローブのことなんて、気にしていなかった。

友達の一人が、ただ一言、「お、新しいグローブ?」と聞いてきただけだった。

「うん。母さんが、買ってくれたんだ」

そう答えたとき、俺は、なぜだか、とても誇らしい気持ちになった。

あの嘘が、どれだけ母を傷つけたか。それを思うと、今でも、胸が締めつけられる。

それから、二十年が過ぎた。

母は、女手ひとつで、俺と妹を、大学まで出してくれた。

俺も妹も社会人になり、ようやく、少しは楽をさせてあげられると思っていた。

「もう仕事なんて辞めなよ。これからは、俺たちが母さんを養うから」

何度、そう言っただろう。

でも母は、決まって、こう返した。

「働いてないと、ボケちゃうからね」

そんな年でも、ないだろうに。

三人で温泉に行こうと、約束していた。

妹の結婚式を見るまでは、死ねないと、笑っていた。

それなのに。

なぜ、末期の癌になるまで、働き続けたんだ。

なぜ、何度言っても、病院に行ってくれなかったんだ。

母が倒れたのは、いつものように、清掃の仕事へ向かう途中だった。

駅の階段で、急に座り込んでしまったのだという。

知らせを受けて病院へ駆けつけると、母は、ベッドの上で、申し訳なさそうに笑っていた。

「ごめんね、忙しいのに、来させちゃって」

検査の結果を聞いたとき、俺は、その場に、崩れ落ちそうになった。

癌は、もう、手の施しようがないところまで、進んでいた。

母は、ずっと前から、体の異変に気づいていたはずだった。

それでも、医者にかかるお金を惜しんで、俺たちに心配をかけまいと、黙っていたのだ。

「どうして、もっと早く言ってくれなかったんだよ」

俺がそう責めると、母は、ただ、困ったように笑うだけだった。

先生が、言っていた。

「あんなに我慢強い患者さんは、見たことがありません」

痛み止めも、ずっと我慢していたらしい。

看護師さんには、いつも「迷惑をかけて、ごめんなさいね」と、謝ってばかりだったそうだ。

最期まで、自分のことより、人のことばかり、気にしている人だった。

見舞いに行くたびに、母は、同じ病室の人たちの心配ばかりしていた。

「隣のおばあちゃん、今日は誰もお見舞いに来ないのよ。さみしいわよね」

自分が、いちばん辛いはずなのに。

俺が果物を持っていくと、母は決まって、それを看護師さんや、隣のベッドの人に、分けてしまった。

「母さんは、いいから。あんたたちが、食べなさい」

その口癖は、最期まで、変わらなかった。

病室で、母は、震える手で、何かを書いていた。

「紙を、買ってきてほしいの」と、母は言った。

何に使うのか、そのときは、分からなかった。

病室の窓から、夕陽が差し込んでいた。

母は、その光の中で、何度も手を休めながら、ゆっくりと、ペンを動かしていた。

「母さん、無理しないで。横になってなよ」

そう言っても、母は、首を横に振った。

「これだけは、書いておかないとね」

亡くなる前の晩、母は、か細い声で、俺に言った。

「悠。あんたは、ほんとに、いい子に育ってくれたね」

「母さんは、何も、悔いはないよ」

俺は、母の手を握った。あかぎれだらけの、あの小さな手は、もう、ずいぶん細くなっていた。

その手は、もう、力を入れることも、できなくなっていた。

それでも、俺の手を、かすかに、握り返してくれた。

魚をさばき、ビルを磨き、俺たちの服を繕い続けた手だった。

この手が、たった一人で、家族を、ここまで支えてきたのだ。

「まだ、何も親孝行できてないよ。これからじゃないか」

そう言うと、母は、ゆっくりと首を振って、微笑んだ。

「あんたたちが、元気でいてくれること。それが、いちばんの親孝行だよ」

その背中が、あまりに小さくて、俺は廊下に出て、声を殺して泣いた。

母が逝った後、枕元に、二通の手紙が残されていた。

一通は、俺に。もう一通は、妹に。

震える手で、一文字ずつ、書いたのだろう。字は、ところどころ、歪んでいた。

俺は、自分宛ての手紙を、開いた。

封筒には、母らしい、几帳面な字で、俺の名前が書かれていた。

開く手が、震えて、なかなか、便箋を取り出せなかった。

深く息を吸って、俺は、ようやく、それを広げた。

『悠へ。

小さい頃から、たくさんお手伝いをしてくれて、ありがとう。

あなたは、わがままを、ほとんど言わない子でした。

妹の面倒も、よく見てくれましたね。お兄ちゃんで、いてくれて、ありがとう。

あなたが生まれてきてくれて、母さんは、本当に、本当に、うれしかった。

あなたのお嫁さんと、孫の顔を、見たかったな。

それだけが、心残りです』

妹宛ての手紙も、震える指で、開いた。

『美咲へ。

女の子なのに、可愛い服を、たくさん買ってあげられなくて、ごめんね。

いつも家に帰ると「ぎゅっとして」と言ってくれたあなたに、母さんは、何度、救われたか分かりません。

あなたは、あなたを心から愛してくれる人を、見つけなさい。

そして、その人のために、生きなさい。

死は、誰にでも、必ず訪れるものです。だから、悲しまないで。

もし、あなたが辛いことがあったら、いつでも、枕元に立ちますよ。なんてね。

あなたたちの母親で、いられて、幸せでした。

生まれ変わっても、また、あなたたちの母親で、ありたい。

それが、母さんの、たった一つの願いです。

体に気をつけて。寒い日は、あたたかくしてね。

それから……それから……きりがないから、もう、やめておくね。

たくさん、たくさん、ありがとう』

母さん。

手紙は、俺の涙で滲んで、ぼろぼろになってしまったよ。

だから、新しい紙を買ってきてくれって、言ってたんだね。

二人に、ちゃんと読ませたかったんだね。

母さん。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

いくら言っても、足りないよ。

この二十年、何度、母さんに楽をさせてあげたいと思ってきただろう。

その願いを、ひとつも叶えられないまま、母さんは逝ってしまった。

せめて、これからは、母さんが遺してくれた優しさを、俺が、次の世代へ渡していくよ。

あれから、何年も経った。

妹は、優しい人と結婚して、母さんによく似た、女の子を産んだ。

俺にも、息子が生まれた。今、少年野球を始めたところだ。

この前、その子に、グローブをねだられた。

友達はみんな新しいのを持っているから、と。

俺は、新しいグローブを買ってやった。それから、もう一つ。

押し入れの奥から、あの傷だらけの中古のグローブを、引っぱり出した。

二十年以上、俺が大切に手入れしてきた、母さんがくれたグローブだ。

革は、もう、すっかり俺の手になじんで、艶を帯びている。

「これはな、父さんが、お前くらいの歳に、ばあちゃんに買ってもらったやつだ」

息子は、その古いグローブを、不思議そうに、両手で受け取った。

「ボロボロだね」と、正直な感想を言った。

俺は、笑って答えた。

「ボロボロなのは、父さんが、それだけ長いこと、大事に使ってきたからだよ」

「このグローブにはな、ばあちゃんの気持ちが、いっぱい詰まってるんだ」

息子は、よく分からないという顔をしながらも、そのグローブを、ぎゅっと胸に抱いた。

その夜、息子は、新しいグローブではなく、あの古いグローブを枕元に置いて、眠った。

寝顔を見ながら、俺は、母に、心の中で語りかけた。

母さん、見てるか。あんたの気持ちは、ちゃんと、孫にも伝わっていくよ。

あんたが俺にくれたものは、グローブなんかじゃ、なかったんだな。

どんなに貧しくても、人を思う気持ちだけは、惜しまない。その生き方そのものだったんだ。

そう言って、俺は、息子とキャッチボールを始めた。

母さん。あのグローブ、まだ、ちゃんと使ってるよ。

今度は、母さんの孫と、キャッチボールをしているよ。

いつか、そっちで会ったら、いちばんに、このことを話すからね。

あのとき「新しいのじゃなきゃ嫌だ」と言わなくて、本当に、よかった。

母さん。生まれてきてくれて、ありがとう。俺を、産んでくれて、ありがとう。

先日、母の命日に、家族みんなで墓参りに行った。

息子が、墓石の前で、ふいに俺に聞いた。

「ねえ、ひいばあちゃんって、どんな人だったの?」

俺は、少し考えてから、こう答えた。

「自分のことより、いつも、家族のことばかり考えてた人だよ」

「とっても、強くて、優しい人だった」

息子は、神妙な顔で、長いこと、手を合わせていた。

その小さな背中に、俺は、母の面影を、重ねていた。

きっと母は、こうして家族が増えていくことを、いちばん、喜んでくれているだろう。

線香の煙が、青い空へ、まっすぐに昇っていった。

風が吹いて、墓地の木々が、さらさらと鳴った。

母さんが、返事をしてくれたような気がして、俺は、空を見上げた。

あの日、母を泣かせた俺が、今、こうして、自分の子に、母の話をしている。

巡っていくものが、たしかに、あるのだと思う。

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