この手紙を、いつか君が読むことを願って、僕は書いています。君が大人になって、もし自分の価値を見失う日が来たら、そっと開いてほしいのです。
君がこの世界に生まれてくるまでの話を、父さんはどうしても、自分の言葉で残しておきたくなりました。きれいに書けるかは分かりませんが、嘘だけは書かないと約束します。
君がママのお腹にいると分かったあの日、ママは台所で、声を立てずに泣いていました。検査薬を握りしめたまま、肩を震わせて。
父さんは「おお、そうか」と、わざと落ち着いた声を出そうとしました。けれど、口を開いた途端に、自分のほうが先に泣いてしまったのです。
君は生まれる前から、ただママのお腹にいてくれるだけで、僕たち二人を、こんなにも幸せにしてくれました。
※
正直に書きます。僕たちが君を授かるまでには、長い時間がかかりました。
何年ものあいだ、僕たちは何度も期待しては、そのたびに静かに肩を落としました。毎月のように訪れる小さな失望に、ママは少しずつ自分を責めるようになっていきました。
「私のせいかもしれない」。ある夜、ママはぽつりとそう言いました。僕は何と答えればいいのか分からず、ただ、その背中をさすることしかできませんでした。
病院に通い、検査を受け、いくつもの方法を試しました。希望と落胆を繰り返すうちに、いつしか僕たちは、口数が少なくなっていました。
それでも僕は、ママを責めたことは一度もありません。子供がいてもいなくても、僕にとって大切なのはママだ。そう思っていたのは、本当です。
だからこそ、君がお腹に宿ったと知ったとき、僕たちの喜びは、言葉にできないほど大きかったのです。
あの頃、友人たちには次々と子供が生まれていました。お祝いに駆けつけるたびに、僕たちは心から笑い、そして帰り道の車の中では、二人とも黙り込んでしまうのでした。
ある日、検査の帰りに立ち寄った公園で、ママが言いました。「ねえ、私たち、このままでも幸せだよね」。その言葉が、強がりなのか本心なのか、僕には分かりませんでした。だから僕は、「うん、幸せだよ」とだけ答えました。
通っていた病院の先生は、いつも穏やかな人でした。「焦らなくていいですよ。体も心も、ちゃんと準備をしているところですから」。その言葉に、僕たちは何度も救われました。
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それからのママは、まるで人が変わったようでした。
お酒もカフェインも、生ものも、すべて自分から断ちました。あの、外に出るのが大好きだったママが、人混みを避け、激しい運動も控えるようになったのです。
つわりが少し落ち着くと、今度はママの食の好みが、ころころと変わりました。あんなに苦手だった酸っぱいものを、急に食べたがったり、夜中に「どうしても食べたい」と言い出したり。
僕は深夜のコンビニへ、何度も走りました。袋を抱えて帰ると、ママは申し訳なさそうに、それでも嬉しそうに笑うのです。「ごめんね、ありがとう」。その笑顔が見たくて、僕はちっとも苦になりませんでした。
君のために小さな服を買い、家じゅうを念入りに掃除し、家具を動かして、君の眠る場所を作りました。少し無理をして、車まで買い替えたのを覚えています。すべてが、君を中心に回り始めました。
トイレに行っても手を洗わないようないい加減な僕が、毎日うがいと手洗いを欠かさなくなりました。ママに風邪をうつしては大変だ、と本気で思ったからです。我ながら、信じられない変わりようでした。
君の名前を決めるのにも、僕たちは何冊もの本を広げ、夜遅くまで話し合いました。「この字は、優しい子に育つようにって意味があるんだって」。ママは候補をノートに書き出しては、声に出して読み上げていました。
初めて君がお腹を蹴った夜のことも、忘れられません。ママが「あっ」と小さく声をあげて、僕の手を取り、自分のお腹に当てました。とん、と、確かに小さな命が、内側から世界をノックしていました。
それからは毎晩、僕はママのお腹に顔を近づけて、君に話しかけるのが日課になりました。「今日はね、父さん、仕事でこんなことがあったよ」と、まるで君がもう、すぐそばで聞いているかのように。
君は、僕の声に反応して、ときどきお腹を蹴り返してくれました。ママは「パパの声、わかるんだね」と笑いました。その何でもない夜のひとときが、僕にとっては何よりの宝物でした。
「いま、蹴ったよね。ねえ、蹴ったよね」。ママは涙ぐみながら、何度もそう確かめました。僕は手のひらに伝わったその感触を、今でもはっきりと覚えています。
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最初の三ヶ月は、不安で胸がつぶれそうでした。
僕は恥ずかしながら、初期の流産がそれほど多いものだと、それまで知りませんでした。検査のたびに、ママからの報告のメールを、震える指で開いたものです。
それでも、検査でもらえるエコー写真は、何よりの楽しみでした。豆粒のような君の姿に、僕は毎回、目を細めました。小さな心臓の音を聞かせてもらった日には、診察室を出てから、廊下でこっそり泣きました。
君の眠る部屋を整えるのは、僕の仕事でした。小さなベッドを組み立て、壁に動物の絵を貼り、カーテンを淡い色のものに替えました。まだ見ぬ君が、この部屋で安心して眠る姿を想像するだけで、胸がいっぱいになりました。
臨月が近づくと、僕たちは入院の準備を始めました。小さなかばんに、ママの着替えと、君のための肌着を詰めて、玄関に置いておきました。
「いつ来てもいいように」。そう言ってかばんを置いたものの、いざその日が近づくと、僕は落ち着かず、何度も中身を確認してしまいました。
つわりは、想像をはるかに超えて過酷でした。ママの腕や腿には、正常な皮膚が見えなくなるほどの湿疹が広がりました。
刺激の強い薬は使えません。痒くて眠れない夜が、何日も続きました。あまりに辛そうなママを見ていられず、僕は「大丈夫、絶対に良くなるよ」と、生まれて初めて、根拠のない嘘をつきました。
あの時、正直なところ、僕はこんな日々が半年以上も続くのかと、心が折れそうになりました。それでもママは、信じられないほどの強い意志で、つわりを乗り越えていったのです。
「この子に会えるなら、これくらい何でもない」。ママは青ざめた顔で、それでもそう言って、微笑んでみせました。母というものの強さを、僕はあの時、初めて知りました。
妊娠の半ばに、一度だけ、大きな不安に襲われた夜がありました。ママが「お腹が張って苦しい」と言い出し、僕たちは夜中の病院へ駆け込みました。
診察を待つ廊下で、僕はただ、ママの手を握り続けることしかできませんでした。「大丈夫、きっと大丈夫」。自分に言い聞かせるように、何度もそう繰り返しました。
幸い、君は無事でした。先生に「問題ありませんよ」と言われた瞬間、ママは安堵で泣き崩れ、僕もその場にしゃがみ込んでしまいました。あの夜ほど、命の心細さと、ありがたさを感じたことはありません。
おじいちゃんは、普段は無口で、感情をあまり表に出さない人でした。けれど、君が無事だと電話で伝えたとき、受話器の向こうで、声を詰まらせていました。「そうか……よかった、よかったなあ」と、何度も繰り返して。
おばあちゃんは、編み物が得意でした。君のために、小さな帽子と靴下と、ミトンを編んでくれました。「初めての孫だもの、はりきっちゃうわよ」と笑いながら、毎晩、毛糸と向き合っていたそうです。
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つらいことばかりではありませんでした。君がお腹にいてくれることで、僕たちの周りには、たくさんの笑顔が生まれました。
おじいちゃんもおばあちゃんも、顔を合わせるたびに、君の話ばかりしました。「体重はどうだ」「性別は分かったか」「名前はもう決めたのか」と。
君の体重が、ほんの一グラム増えただけで、僕たちは心の底から幸せでした。たった一グラムの命の重みに、これほど一喜一憂する日が来るとは、思ってもみませんでした。
おばあちゃんは、君のために小さな帽子を編んでくれました。ひいおばあちゃんは、毎朝、仏壇に手を合わせて、君の無事を祈ってくれていたそうです。
君はまだ生まれてもいないのに、もうこんなにも多くの人に、待たれ、愛されていました。それは、本当に得がたいことなのだと、今になって思います。
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そして、君が生まれた瞬間のことを、僕は一生忘れません。
分娩室に響いた、君の最初の産声。その声を聞いた瞬間、その場にいた全員が泣きました。僕も、ママも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、ひいおばあちゃんまでもが。
陣痛が始まったのは、明け方のことでした。ママの「来たかもしれない」という一言で、僕の心臓は一気に跳ね上がりました。
病院へ向かう車の中で、ママは痛みに耐えながらも、僕にこう言いました。「大丈夫だよ、落ち着いて運転して」。陣痛のさなかに、僕を気遣うママの言葉に、僕は涙をこらえるのに必死でした。
病院に着いてからも、ママは何時間も痛みと闘い続けました。手すりを握りしめ、汗だくになりながら、それでも一度も弱音を吐きませんでした。
「君を、この世界に連れてくる」。ただその一心で、ママは自分のすべてを使い果たそうとしていました。その姿を、僕は一生、忘れることはないでしょう。
長い時間がかかりました。僕は分娩室の外で、祈るような気持ちで、ただひたすら待ちました。ドアの向こうから聞こえるママの声に、何もできない自分の無力さを、嫌というほど噛みしめました。
嬉しくて、嬉しくて。君が無事に、この世界に生まれてきてくれたことが、ただ、ただ、嬉しくて。
これはあまり格好のつく話ではないのですが、正直に書きます。僕は君の出産のあいだ、あまりに大きなものがかかっていて、すっかり狼狽えていました。
院長先生に「お父さん、しっかり」と声をかけられて、ようやく我に返り、か細い声で二回だけ「がんばれ」と、ママに言うのが精一杯でした。
君を生んだのは、ママです。命がけで、君をこの世界に連れてきてくれたのは、ママなのです。ママは、本当にすごい人です。
君が生まれてから、ママはさらに強く、優しくなりました。寝不足でふらふらになりながらも、君を抱くときだけは、いつも穏やかに微笑んでいました。
夜泣きの続く夜、二人で交代しながら君をあやしたことも、今では懐かしい思い出です。眠くて仕方がないのに、君の小さな寝顔を見ると、不思議と疲れが吹き飛びました。
※
こんなことを長々と綴って、結局、父さんが君に伝えたいことは、たったひとつです。
君は、何かを成し遂げなくても、何かを努力しなくても、ただそこにいるだけで、意味のある存在だということ。
君が生まれてくると知っただけで、神さまに感謝し、涙を流した人を、父さんは少なくとも八人、知っています。君は、生まれる前から、それほど多くの人を幸せにしていたのです。
君が初めて家に来た夜のことも、書いておきます。小さな君を抱いて玄関をくぐったとき、僕たちは急に怖くなりました。この小さな命を、本当に自分たちが守れるのだろうか、と。
その夜、僕たちはほとんど眠れませんでした。君の寝息が止まっていないか、何度も顔を近づけては確かめました。少しでも泣けば飛び起き、少しでも静かなら不安になる。親というのは、こんなにも心配性になるものかと、僕は驚きました。
それでも、君の小さな手が、僕の指をきゅっと握り返してくれたとき、その不安は、すっと溶けていきました。この手を守るために生きていこう。僕は、心からそう思いました。
そして、これは打ち明け話ですが、君が生まれてくれたことで、父さん自身も、生まれて初めて「自分は生きていていいのだ」と、心から思えるようになりました。
実を言うと、父さんは長いあいだ、自分のことが好きになれませんでした。何の取り柄もない、平凡な人間だと、ずっと思っていたのです。
誰かの役に立てなければ、価値などないのだと、心のどこかで信じていました。だから、いつも何かを成し遂げようと、必死で背伸びをしていたように思います。
けれど、君を抱いたとき、その考えは音を立てて崩れました。君は、何もできません。寝て、泣いて、ミルクを飲むだけです。それでも、君がそこにいるだけで、世界はこんなにも満ちている。
ならば、僕自身も、ただここに生きているだけで、きっと意味があるのだ。君は、言葉ひとつ話さないうちから、父さんにそのことを教えてくれました。
だから、もし君がいつか自信を失ったり、自分には価値がないと感じることがあったら、どうか、この話を思い出してください。
君は、何者かになる必要はありません。何かができるから、価値があるのではありません。君は、生まれてきてくれた、ただそれだけで、本当に、本当に価値のある存在なのです。
君が泣くだけで、笑うだけで、眠るだけで、僕たちの世界は、毎日まぶしいくらいに輝いていました。それは、今も少しも変わりません。
あのとき撮りためたエコー写真は、今も大切にアルバムにしまってあります。豆粒のようだった君が、少しずつ人の形になっていく様子を、僕たちは何度も見返しました。
そのアルバムの最後のページには、生まれたばかりの君を抱く、僕とママの写真が貼ってあります。三人とも、くしゃくしゃの泣き笑いの顔をしています。あれが、僕たちの家族の始まりでした。
いつか君が、自分の大切な人にも、同じことを伝えられる人になってくれたら、父さんはそれ以上に嬉しいことはありません。
君がこの手紙を読む頃、父さんはどんな人になっているでしょうか。きっと、今よりもずっと年を取って、口うるさくなっているかもしれません。
それでも、君を思う気持ちだけは、この手紙を書いている今と、何ひとつ変わっていないはずです。それだけは、約束できます。
君がいつか、誰かを好きになり、家族を持つ日が来るかもしれません。そのとき、もし君に子供が授かったら、君はきっと、僕たちが感じたのと同じ気持ちを味わうはずです。
命がこんなにも尊く、こんなにも危うく、そしてこんなにもまぶしいものだということを。言葉では伝えきれないその実感を、君自身の手で、いつか確かめてほしいと願っています。
そしてどうか、自分を大切にしてください。君の命は、たくさんの祈りと、たくさんの涙の上に、ようやく芽吹いたものです。君が君を粗末にすることは、君を愛したすべての人を悲しませることなのだと、覚えておいてください。
父さんは、君が思うよりもずっと、君を誇りに思っています。何ができてもできなくても、関係ありません。君が、君であること。それだけで、僕たちは十分すぎるほど幸せなのです。
いつか君がこの手紙を閉じたあと、ふと顔を上げて、隣にいる誰かを大切にしたくなったなら。父さんがこれを書いた意味は、きっと、それで果たされるのだと思います。
君に出会えて、父さんは幸せ者です。生まれてきてくれて、本当に、本当にありがとう。