本当に価値がある存在

公開日: 子供 | 家族 | 心温まる話 | 長編

赤ちゃん(フリー写真)

君がママのお腹に居ると判った時、ママは涙ぐんでいた。

妊娠したと聞いて僕は、

「おーそうか」

なんて冷静に言おうとしたけど、すぐに涙が出たんだ。

決して口には出さなかったけど、なかなか子供を授からないことで、ママは自分を責めていた。

僕はそれには気が付かない振りをしてきたから、泣いたらダメだったんだけど、我慢出来なかったんだ。

君は生まれる前から、ただママのお腹に居ただけで、僕達二人を幸せにしてくれたんだよ。

それからのパパとママは、十月十日の毎日、ずっと君のことを考えていたんだ。

ママはお酒もカフェインも生ものも制限して生活していたし、激しい運動はもちろん、人混みなども避けて生活したんだ。

あのママが外出を控えるだなんて、信じられないだろう?

そして君の服を買ったり、家を清潔にしたり、家具を変えて君の場所を作って、無理して車まで買い換えて、全てが君を中心に動き始めたんだ。

トイレに行っても手を洗わないような僕が、毎日うがいと手洗いをしたのも、ママに風邪を染さないためだったんだよ。

最初の三ヶ月間はとても不安だった。

僕は誰にでも早期流産の割合が15%もあるなんて知らなかったんだ。

病院で検査があって、ママからの報告メールがある度、本当にビクビクしながら開封していた。

だけど検査の時にもらえるエコーの写真はとても楽しみだった。心臓の音なんかも聞かせてもらったよ。

つわりで体中に湿疹が出来たこともあった。

ママの腕や腿は正常な皮膚が見えなくなるほど酷い状態にまでなったけど、刺激の強い薬が使えないから痒くて眠れない夜もあった。

あまりに辛そうなママを見て、僕はママに

「大丈夫、絶対に良くなるよ」

と初めて根拠のない嘘を吐いたんだよ。

あの時、僕はこんな日が半年以上も続くなら無理だと思ったけど、君のママは信じられない意志の強さでつわりを乗り切ったんだ。

そんな辛いこともあったけど、君がお腹に居ることで、僕はもちろん、おじいちゃんやおばあちゃんたちもとても幸せだった。

僕らは顔を合わせる度に君の話をしたんだ。

君の体重がどうなったとか、性別は判ったのか、名前を決めたのかとかね。

君の体重が1グラム増えるだけで幸せだったんだ。信じられないだろう?

そして君の家族はみんな君が生まれることを一年近くも心の底から願っていた。

僕たちは君に会えるのを本当に楽しみにしていた。

ついに君が生まれた瞬間は、もちろんみんな泣いた。嬉しくて。嬉しくて。生まれて来たことが嬉しくて。

僕もママも、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんまでが泣いたんだ。

これはあまり伝えたくないけど、僕は君の出産中、あまりに懸かっているものが大き過ぎて狼狽えていた。

院長先生に

「パパしっかり」

と言われてやっと、か細く二回だけ

「がんばれ」

とママに言ったんだよ。

生んだのはママだ。ママは凄い。

こんなことを綴って結局何が言いたいかというと、要は君は何かを成したりしなくても、何か努力しなくても意味がある存在だってことだ。

君が生まれるだけで神に感謝し、涙を流した人を少なくとも僕は八人も知ってる。

そして実は、君が生まれることを通じて僕自身も生まれて初めて、自分は生きていて良いんだと感じることが出来た。

もし君が自信を失くしていたり、不安を感じることがあったら、このお話を思い出して欲しい。

君は生まれてきただけで、本当に価値がある存在なんだ。

本当に生まれて来てくれてありがとう。

関連記事

教室の風景(フリー写真)

変わらぬ優しい笑顔

酷い虐めだった。 胃潰瘍ができるほど、毎日毎日、恐怖が続いた。 今もそのトラウマが残っている。 僕がボクシングを始めた理由。それは、中学生の時の虐めだ。 相手…

ラーメン(フリー写真)

母ちゃんとラーメン

今日、俺は珍しく母ちゃんを外食に誘った。 行き先は、昔からよく行く馴染みのラーメン屋だった。 俺は味噌ラーメンの大盛り、母ちゃんは味噌ラーメンの並盛りを頼んだ。 「昔…

花嫁(フリー写真)

娘として育てた妹

先日、友人の娘の結婚式に出席した。 友人とは高校からの友達で、娘の事も知っている。 しかし、その子は実は友人が20歳の時に生まれた妹で、親の居ない家族として育てるよりも、…

親子の手(フリー写真)

自慢の息子

これを書いている私は今、38歳の会社員です。 私は30歳の時にうつ病を患いました。 父が自殺、その後、高校の同級生である友人が自殺。 仕事は忙しく、三ヶ月休みが無い…

柴犬(フリー写真)

犬が結んだ家族の絆

昔、うちでは一匹の犬を飼っていた。 名前はナオ。 ご近所の家で産まれた犬を、妹がみんなに相談もしないで貰って来たのだ。 当時うちの妹は中学生、俺は高校を卒業して働いて…

手紙を差し出す女の子(フリー写真)

パパと呼ばれた日

俺が30歳の時、一つ年下の嫁を貰った。 今の俺達には、娘が三人と息子が一人居る。 長女は19歳、次女は17歳、三女が12歳。 長男は10歳。 こう言うと、 …

母と子

母の強さ

母は、バツニです。 1人目の旦那さんで兄と私を産み、2人目の旦那さんで妹を産みました。 1人目の父はギャンブル依存症で、多額な借金を抱え家に帰って来ないほどパチンコをして…

病院のベッド(フリー写真)

貴重な家族写真

俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。 見た目は普通の写真なのだけど、実はその時父が難病を宣告され、それほど持たないだろうと言われ、入院前に今生最後の写真はせめて家族と…と撮っ…

キッチン(フリー写真)

最高に幸せなこと

私は小さな食堂でバイトをしています。 その食堂は夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計四人で働いています。 基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合…

父と子(フリー写真)

父が遺したもの

三年前に親父が亡くなったんだけど、殆ど遺産を整理し終えた後に、親父が大事にしていた金庫が出てきたんだよ。 うちは三人兄弟なんだけど、お袋も亡くなっていて、誰もその金庫の中身を知ら…