
ファミレスで、一人で食事をしていたときだった。
ふと、前のテーブルから聞こえてきた会話に耳がとまった。
そこにいたのは、スーツ姿の中年男性と、制服を着た女子高生。
男性は痩せ型で、どこか東幹久さんに似た、優しそうな雰囲気を纏っていた。
女子高生は、ぱっちりした黒い瞳が印象的な、素朴で可愛らしい子だった。
どうやら二人は親子のようだった。
※
「何でも頼め(笑)」
「○○は昔から□□好きだったもんな(笑)」
「んー(笑)」
「お母さん、元気か?(笑)」
「元気だから(笑)」
「ご飯、ちゃんと食べてるか?(笑)」
「食べてるから(笑)」
二人の会話は、どこかぎこちないながらも、楽しげなものだった。
ただ、男性のハイテンションさが、どこか不自然に思えた。
聞き取れない部分もあったが──
きっと、訳ありな親子なのだろうと直感した。
※
そんな明るいやり取りの中で、ふいに会話の流れが変わった。
「新しいお父さんは優しいか?(笑)」
男性が、無理に笑いを織り交ぜながら尋ねた。
女子高生は、ふわりと微笑んで答えた。
「うん(笑)。いい人」
男性は小さく頷いた。
「そっか」
その言葉に、少しだけ声が震えているように聞こえた。
そして──
女子高生が、ふっと、柔らかく続けた。
「でも私は絶対、お父さんが好きだから」
※
その瞬間だった。
男性は、目を見開き、言葉を失った。
「えっ?」
とだけ、絞り出すように呟いた。
それまで無理に明るく振る舞っていた彼が、ふいに崩れた。
こらえきれず、大粒の涙をこぼし、テーブルに顔を伏せた。
本当に、声をあげて号泣していた。
周囲の視線が集まっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
女子高生は、慌てることもなく、ただ静かに、優しく彼の背をさすっていた。
まるで、幼い子どもをあやすように。
※
少しして、店員さんが、おしぼりを持ってそっとテーブルに置いた。
その気遣いにすら、胸が締めつけられた。
※
たぶん、離婚して──
彼女には新しい「お父さん」ができたのだろう。
けれど、血のつながった本当の父を、心から想っている。
忘れない。
ずっと好きだと、はっきり伝えてくれた。
それが、彼にとってどれほど救いになったか。
どれほど心を震わせたか。
※
実際、自分の代わりが現れたとき、忘れられるのではないかという不安に、誰もが押しつぶされそうになるだろう。
それでも──
娘は、変わらず父を想っていた。
その小さな言葉が、どんな励ましよりも強く、彼の心を支えたに違いない。
ファミレスの一角で、静かに繰り広げられていた、かけがえのない再会。
それは、たまたま居合わせた私の胸にも、深く温かい灯をともしてくれた。