父が居たら

りんごの花が咲くころになると、私はいつも父のことを考えます。

父の顔を、私は知りません。

写真の一枚も、見たことがないのです。

父が事故で亡くなったのは、私がまだ二歳のときでした。

物心がついたときには、家に父の気配はどこにもありませんでした。

仏壇に位牌はあっても、遺影だけがなぜかありませんでした。

ただ、母の働く背中だけが、いつも私の前にありました。

その背中が何を抱えていたのかを、私は長いあいだ知らずにいました。

知ったのは、りんごの花が満開の、ある春のことです。

私が生まれたのは、りんご畑の広がる北国の盆地の町です。

春には畑一面に白い花が咲き、秋には赤い実が枝もたわわに実ります。

朝には雪をかぶった山なみが、盆地をぐるりと囲んで見えました。

祖父母は、その畑で細々とりんごを作って暮らしていました。

父は、その畑を継ぐはずの人だったそうです。

小さいころ、私は何度も母に尋ねました。

「お父さんの名前、なんていうの」

「お父さんの写真、見せて」

「お父さんって、めがねかけてた」

母は、そのたびに黙って首を横に振るだけでした。

困ったように微笑んで、それ以上は何も言わないのです。

あるとき、しつこく食い下がった私に、母は珍しく声を荒らげました。

「もう、聞かないで」

そう言った母の目が、赤く潤んでいたのを覚えています。

やがて私は、父のことを聞いてはいけないのだと思うようになりました。

聞けば母が悲しむ。子ども心にも、それだけは分かっていたからです。

父がいない分、母は朝早くから夜遅くまで働いていました。

町の食品工場に勤め、休みの日には家で内職までしていました。

台所のちゃぶ台には、いつも部品の入った箱が積まれていました。

ひどいときには、一週間も母の顔をまともに見ないことがありました。

夜遅く、母が疲れて畳の上で眠ってしまうことがありました。

私はそっと、押し入れから毛布を出してかけました。

母の寝息は、いつも少しだけ苦しそうでした。

だから私の面倒を見てくれたのは、たいてい祖父母でした。

誕生日も、クリスマスも、いつも祖父母と一緒でした。

祖母は、鉛筆の持ち方から、きゅうりの切り方まで、なんでも教えてくれました。

「包丁はね、押すんじゃなくて、引くんだよ」

まな板の上で、きゅうりが小気味よい音を立てて薄く切れていきました。

「上手、上手。あんたは筋がいいねえ」

祖母にそう褒められるのが、私はうれしくてたまりませんでした。

祖父は、りんごの木の下で剪定鋏の使い方を教えてくれました。

「枝はな、切るところを見極めるのが大事なんだ」

「よけいなものを落とすと、残った実に力がいくんだよ」

祖父の手は、りんごの樹皮のようにごつごつしていました。

私はその手が好きでした。

祖父母のことは、心から大好きでした。

それでも、日が暮れて畑に一人になると、私はいつも同じことを思うのです。

父がいたら。

父がいたら、母はこんなに働かなくてよかった。

父がいたら、母ともっと話せたかもしれない。

父がいたら、父がいたら、父がいたら。

そんな思いが、りんごの実のように胸に重く実っていきました。

忘れられない日があります。

小学二年の、父の日の前の図工の時間でした。

先生が、お父さんの似顔絵を描きましょう、と言いました。

教室の子たちは、いっせいにクレヨンを走らせました。

私は、真っ白な画用紙を、ただ見つめていました。

描く顔を、私は知らなかったのです。

先生が私の机の前で、少しのあいだ言葉に詰まりました。

「……好きな人でいいよ」

私は、りんごの木の下に立つ祖父の顔を描きました。

帰り道、その絵を鞄の奥に押し込みました。

母には、見せませんでした。

秋の運動会も、私は少し苦手でした。

昼になると、みんな家族の広げた弁当のまわりに集まります。

母は仕事で、その年も来られませんでした。

私は祖母の作ってくれたおにぎりを、木陰で一人食べました。

梅干しの酸っぱさと、少ししょっぱい海苔の味。

祖母のおにぎりは、世界一おいしいと思っていました。

それでも、隣で笑う親子連れを、私は見ないようにしていました。

父がいたら、あの輪の中にいられたのだろうか。

そんなことを、繰り返し考えていました。

小学校のころ、私は友達によく母の自慢をしました。

「うちの母さん、かっこよくて、頭がよくて、仕事もすごくできるんだ」

胸を張って、そう言うのです。

でも、本当はそんな自慢など、どうでもよかったのです。

ただ、母とゆっくり話がしてみたかった。

日曜の朝に、一緒に卵焼きを焼くような、そんな時間がほしかった。

授業参観の日、母はいつも来られませんでした。

教室のうしろに並ぶお母さんたちの中に、母の姿を探して、見つからなくて。

それでも私は、家に帰ると「来なくてよかったよ」と強がるのです。

母は「ごめんね」と小さく言って、また内職の箱に向かいました。

その背中に、私はいつも言いたい言葉をのみ込みました。

母の寝顔を、私はただ見ているだけでした。

そんな暮らしに、ある年、区切りがつきました。

母の再婚の話が持ち上がったのです。

相手は、母の勤め先で世話になっていた人だと聞きました。

小学校の卒業と同時に、私たちは県外の町へ引っ越すことになりました。

新しい父と、母と、三人での暮らしが始まるのです。

正直に言えば、私は祖父母の家に残りたいと思いました。

友達と別れるのもつらい。

けれど、それ以上に、祖父母や、りんごの畑と離れるのが嫌でした。

別れの日、祖母は私の手を握って言いました。

「つらくなったら、いつでも帰っておいで」

祖父は何も言わず、剪定鋏をひとつ、私の鞄に入れてくれました。

「お前の手にも、そろそろ馴染むころだ」

畑のりんごの木が、窓の外を流れて遠ざかっていきました。

母の涙を見て、私は結局、うなずくしかありませんでした。

新しい町は、りんご畑のかわりにビルが並んでいました。

空が、盆地の町よりもずっと狭く見えました。

新しい父は、決して悪い人ではありませんでした。

ただ、どう接していいのか分からない、という感じの人でした。

私も、その人をどう呼べばいいのか分かりませんでした。

「おかえり」と言われても、うまく「ただいま」が言えないのです。

引っ越して間もないころ、その人が私を野球に誘ったことがありました。

河川敷で、二人でぎこちなくボールを投げ合いました。

会話は続かず、ボールの音だけが響いていました。

「……疲れたか」

「ううん」

それきり、私たちはしばらく黙って歩いて帰りました。

歩み寄ろうとしてくれているのは、分かっていました。

それでも、どこかにいつも、透明な壁があったのです。

新しい町へ移ってからも、私はときどき、夜中に目を覚ましました。

隣の部屋から、かすかな物音が聞こえる気がしたのです。

母が、眠れぬまま台所に立っている音でした。

やかんの湯が沸くまでの、あの静かな時間。

今なら、あれが何の時間だったのか分かります。

母は、その静けさの中で、そっと父に会っていたのでしょう。

やがて、母のお腹に赤ちゃんがいることが分かりました。

妹が生まれると、家の中は少しずつにぎやかになりました。

新しい父は、妹をそれはかわいがりました。

私にも気を遣ってくれているのは、分かっていました。

けれど、その気遣いが、かえって私を居心地悪くさせるのです。

妹が三つになったころ、無邪気にこう聞いてきました。

「お兄ちゃんのお父さんは、どこにいるの」

私は、うまく答えられませんでした。

「……遠くだよ」

そう言うのが、精いっぱいでした。

つらいことがあっても、打ち明けられる相手がいないのです。

私は自分の部屋で、鞄の底の剪定鋏を、よく取り出して眺めました。

祖父の手の感触と、りんごの花の匂いを、思い出すために。

中学二年の春休み、私は久しぶりに祖父母の家を訪ねました。

りんごの花が、ちょうど満開でした。

甘く青い香りが、畑いっぱいに満ちていました。

その夜、私は思いきって、ずっと聞けずにいたことを口にしました。

「おじいちゃん。お父さんのお墓って、どこにあるの」

祖父は、しばらく黙っていました。

それから、湯呑みを置いて、静かに立ち上がりました。

「行くか。近くだ」

翌朝、祖父は私を、畑のはずれの小さな墓地へ連れて行きました。

朝もやが、まだ低く畑に残っていました。

父の墓は、そこにありました。

驚いたのは、その墓がとてもきれいだったことです。

苔ひとつなく、真新しい花が供えられていました。

水鉢の水も、澄んでいました。

線香の灰さえ、まだ新しく見えました。

「おじいちゃんが、掃除してるの」

祖父は、ゆっくりと首を横に振りました。

「これはな、母さんだ」

私は、耳を疑いました。

母は、県外の町にいるはずでした。

仕事も忙しく、めったに帰ってこられないはずでした。

「あの子はな、命日の前になると、夜のうちに車を走らせて帰ってくる」

「墓を掃除して、花を替えて、朝には仕事に戻っていくんだ」

「もう、何年もだ。誰にも言わずに、な」

祖父の声が、りんごの花の下で震えていました。

その日の午後、祖母が古い納屋から、木の箱をひとつ持ってきました。

蓋を開けると、中には一枚の写真がありました。

若い男の人が、りんごの木の下で笑っていました。

胸に、赤ん坊の私を抱いていました。

日に焼けた顔で、少し照れくさそうに笑っていました。

それが、私が初めて見た、父の顔でした。

自分の目のかたちが、その人によく似ていました。

箱の底には、色あせた手紙の束と、使い込まれた剪定鋏がありました。

祖父が私にくれたものと、そっくりの鋏でした。

墓石の側面には、父の名前が刻まれていました。

私はそれを、指先でそっとなぞりました。

冷たい石の感触の奥に、たしかな体温があるように思えました。

「はじめまして、お父さん」

声に出してそう言うと、朝もやの中で、りんごの花がふわりと揺れました。

風が、返事のかわりのように、頬をなでていきました。

手紙は、父が母に宛てたものでした。

「畑を継いだら、家族三人で、いちばん甘いりんごを育てよう」

「あいつが大きくなったら、俺が剪定を教えてやるんだ」

どの手紙にも、そんな他愛のない未来が書かれていました。

その未来は、来ませんでした。

祖母が、私の背中にそっと手を置いて言いました。

「お母さんはね、あんたに父さんのことを聞かれるのが、いちばんつらかったんだよ」

「話そうとすると、涙が止まらなくなってしまってね」

「遺影を飾れなかったのも、毎日見たら、立っていられなくなるからさ」

「あの子は、忘れたんじゃない。忘れられなかったんだよ」

私は、その場に立っていられませんでした。

父のことを聞けなかったのは、私だけではなかったのです。

母もまた、父のことを語れないまま、一人で抱えていたのです。

あの黙って首を振る仕草の裏に、どれほどの涙があったのか。

「もう、聞かないで」と言ったときの、あの赤い目の意味を。

私は、何も分かっていませんでした。

りんごの花びらが、風に一枚、また一枚と落ちていきました。

手紙の一通には、私の名前の候補が並べて書いてありました。

どれも、優しい響きの名前でした。

結局つけられたのは、その中の一つでした。

私の名前は、父がつけてくれたものだったのです。

母は、その名を呼ぶたびに、父を呼んでいたのかもしれません。

引っ越してきた町へ帰る前の晩、祖母が私に写真を一枚くれました。

父が私を抱いている、あの写真です。

「持っておいき。お母さんには、あんたから見せてあげなさい」

私は、それを胸ポケットにしまいました。

家に帰った日の夜、私は台所で母を待ちました。

遅くに帰ってきた母は、疲れた顔で、それでも「ただいま」と言いました。

私は、ずっと言えなかった言葉のかわりに、あの写真を差し出しました。

母の手が、鞄を持ったまま止まりました。

「おじいちゃんに、お墓のこと、聞いたよ」

「毎年、帰ってたんだね」

母は写真を見つめたまま、しばらく何も言いませんでした。

やがて、その目から、大粒の涙がこぼれました。

「ごめんね」

「話してあげられなくて、ごめんね」

私は首を横に振りました。

今度は、私が黙って首を振る番でした。

母を悲しませたくなくて、聞けなかった。

母もまた、私を悲しませたくなくて、話せなかった。

私たちは、同じ場所で、同じようにこらえていたのです。

りんごの町から帰って、しばらくしたころのことです。

新しい父が、私の机の上の剪定鋏に気づきました。

「それは、大事なものか」

「うん。じいちゃんと、本当の父さんのだよ」

私は初めて、その人にそう打ち明けました。

その人は、少しのあいだ黙ってから、静かに言いました。

「大事にしなさい。……いい鋏だ」

透明な壁が、ほんの少しだけ、薄くなった気がしました。

越えられない壁だと思っていたのは、私のほうだったのかもしれません。

その夜、母は初めて、父の話をしてくれました。

父がどんなに畑を愛していたか。

どんなに私の生まれるのを待っていたか。

甘いりんごを作るのが、どれほど下手だったか。

母は、泣きながら、けれど少し笑いながら話しました。

私は、その一つひとつを、宝物のように聞きました。

台所の窓の外で、街の灯りが静かにまたたいていました。

あくる週末、私は祖父にもらった剪定鋏を持って、庭の小さな木の前に立ちました。

よけいな枝を落とせば、残った実に力がいく。

祖父の言葉を、そして父の手紙の一行を、私は思い出していました。

父がいたら、と、私はもう思いません。

父は、母の中に、祖父母の畑に、そしてこの手の鋏の中に、たしかにいたのです。

卵焼きの焦げた匂いを、私はこの先も忘れないでしょう。

あれは、父のいない食卓に、ようやく戻ってきた温かさでした。

いつか妹が大きくなったら、私は自分の父のことを話そうと思います。

遠くにいるのではなく、ちゃんと、ここにいたのだと。

りんごの花が好きで、家族を待っていた人がいたのだと。

そして、母がどれほど強く、その人を想い続けたかを。

言えなかった言葉を胸に抱えている人が、きっと世の中にはたくさんいます。

どうか、その言葉を、飲み込んだままにしないでください。

相手を思うあまりの沈黙が、誰かを長く一人にしてしまうこともあるのですから。

命日には、今度は私も、母と一緒にあの墓へ行くつもりです。

りんごの花が咲くころに。

父に、ようやく会いに行けます。

今度は、下を向かずに、まっすぐ花の下を歩いていくつもりです。

読んでくださって、ありがとうございました。

母は、写真の父を指でそっとなでました。

「不器用な人でね。プロポーズも、りんごの木の下だったの」

「甘いのを作るからって、酸っぱいのばっかり持ってくるのよ」

母の声は、涙で濡れながらも、どこかやわらかでした。

その夜、私は久しぶりに、母とちゃぶ台で向かい合いました。

卵焼きを、二人で焼きました。

ずっとほしかった、あの時間でした。

少し焦げた卵焼きが、なぜだか胸に沁みました。

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