りんごの花が咲くころになると、私はいつも父のことを考えます。
父の顔を、私は知りません。
写真の一枚も、見たことがないのです。
父が事故で亡くなったのは、私がまだ二歳のときでした。
物心がついたときには、家に父の気配はどこにもありませんでした。
仏壇に位牌はあっても、遺影だけがなぜかありませんでした。
ただ、母の働く背中だけが、いつも私の前にありました。
その背中が何を抱えていたのかを、私は長いあいだ知らずにいました。
知ったのは、りんごの花が満開の、ある春のことです。
※
私が生まれたのは、りんご畑の広がる北国の盆地の町です。
春には畑一面に白い花が咲き、秋には赤い実が枝もたわわに実ります。
朝には雪をかぶった山なみが、盆地をぐるりと囲んで見えました。
祖父母は、その畑で細々とりんごを作って暮らしていました。
父は、その畑を継ぐはずの人だったそうです。
小さいころ、私は何度も母に尋ねました。
「お父さんの名前、なんていうの」
「お父さんの写真、見せて」
「お父さんって、めがねかけてた」
母は、そのたびに黙って首を横に振るだけでした。
困ったように微笑んで、それ以上は何も言わないのです。
あるとき、しつこく食い下がった私に、母は珍しく声を荒らげました。
「もう、聞かないで」
そう言った母の目が、赤く潤んでいたのを覚えています。
やがて私は、父のことを聞いてはいけないのだと思うようになりました。
聞けば母が悲しむ。子ども心にも、それだけは分かっていたからです。
※
父がいない分、母は朝早くから夜遅くまで働いていました。
町の食品工場に勤め、休みの日には家で内職までしていました。
台所のちゃぶ台には、いつも部品の入った箱が積まれていました。
ひどいときには、一週間も母の顔をまともに見ないことがありました。
夜遅く、母が疲れて畳の上で眠ってしまうことがありました。
私はそっと、押し入れから毛布を出してかけました。
母の寝息は、いつも少しだけ苦しそうでした。
だから私の面倒を見てくれたのは、たいてい祖父母でした。
誕生日も、クリスマスも、いつも祖父母と一緒でした。
祖母は、鉛筆の持ち方から、きゅうりの切り方まで、なんでも教えてくれました。
「包丁はね、押すんじゃなくて、引くんだよ」
まな板の上で、きゅうりが小気味よい音を立てて薄く切れていきました。
「上手、上手。あんたは筋がいいねえ」
祖母にそう褒められるのが、私はうれしくてたまりませんでした。
祖父は、りんごの木の下で剪定鋏の使い方を教えてくれました。
「枝はな、切るところを見極めるのが大事なんだ」
「よけいなものを落とすと、残った実に力がいくんだよ」
祖父の手は、りんごの樹皮のようにごつごつしていました。
私はその手が好きでした。
祖父母のことは、心から大好きでした。
それでも、日が暮れて畑に一人になると、私はいつも同じことを思うのです。
※
父がいたら。
父がいたら、母はこんなに働かなくてよかった。
父がいたら、母ともっと話せたかもしれない。
父がいたら、父がいたら、父がいたら。
そんな思いが、りんごの実のように胸に重く実っていきました。
忘れられない日があります。
小学二年の、父の日の前の図工の時間でした。
先生が、お父さんの似顔絵を描きましょう、と言いました。
教室の子たちは、いっせいにクレヨンを走らせました。
私は、真っ白な画用紙を、ただ見つめていました。
描く顔を、私は知らなかったのです。
先生が私の机の前で、少しのあいだ言葉に詰まりました。
「……好きな人でいいよ」
私は、りんごの木の下に立つ祖父の顔を描きました。
帰り道、その絵を鞄の奥に押し込みました。
母には、見せませんでした。
秋の運動会も、私は少し苦手でした。
昼になると、みんな家族の広げた弁当のまわりに集まります。
母は仕事で、その年も来られませんでした。
私は祖母の作ってくれたおにぎりを、木陰で一人食べました。
梅干しの酸っぱさと、少ししょっぱい海苔の味。
祖母のおにぎりは、世界一おいしいと思っていました。
それでも、隣で笑う親子連れを、私は見ないようにしていました。
父がいたら、あの輪の中にいられたのだろうか。
そんなことを、繰り返し考えていました。
※
小学校のころ、私は友達によく母の自慢をしました。
「うちの母さん、かっこよくて、頭がよくて、仕事もすごくできるんだ」
胸を張って、そう言うのです。
でも、本当はそんな自慢など、どうでもよかったのです。
ただ、母とゆっくり話がしてみたかった。
日曜の朝に、一緒に卵焼きを焼くような、そんな時間がほしかった。
授業参観の日、母はいつも来られませんでした。
教室のうしろに並ぶお母さんたちの中に、母の姿を探して、見つからなくて。
それでも私は、家に帰ると「来なくてよかったよ」と強がるのです。
母は「ごめんね」と小さく言って、また内職の箱に向かいました。
その背中に、私はいつも言いたい言葉をのみ込みました。
母の寝顔を、私はただ見ているだけでした。
※
そんな暮らしに、ある年、区切りがつきました。
母の再婚の話が持ち上がったのです。
相手は、母の勤め先で世話になっていた人だと聞きました。
小学校の卒業と同時に、私たちは県外の町へ引っ越すことになりました。
新しい父と、母と、三人での暮らしが始まるのです。
正直に言えば、私は祖父母の家に残りたいと思いました。
友達と別れるのもつらい。
けれど、それ以上に、祖父母や、りんごの畑と離れるのが嫌でした。
別れの日、祖母は私の手を握って言いました。
「つらくなったら、いつでも帰っておいで」
祖父は何も言わず、剪定鋏をひとつ、私の鞄に入れてくれました。
「お前の手にも、そろそろ馴染むころだ」
畑のりんごの木が、窓の外を流れて遠ざかっていきました。
母の涙を見て、私は結局、うなずくしかありませんでした。
※
新しい町は、りんご畑のかわりにビルが並んでいました。
空が、盆地の町よりもずっと狭く見えました。
新しい父は、決して悪い人ではありませんでした。
ただ、どう接していいのか分からない、という感じの人でした。
私も、その人をどう呼べばいいのか分かりませんでした。
「おかえり」と言われても、うまく「ただいま」が言えないのです。
引っ越して間もないころ、その人が私を野球に誘ったことがありました。
河川敷で、二人でぎこちなくボールを投げ合いました。
会話は続かず、ボールの音だけが響いていました。
「……疲れたか」
「ううん」
それきり、私たちはしばらく黙って歩いて帰りました。
歩み寄ろうとしてくれているのは、分かっていました。
それでも、どこかにいつも、透明な壁があったのです。
新しい町へ移ってからも、私はときどき、夜中に目を覚ましました。
隣の部屋から、かすかな物音が聞こえる気がしたのです。
母が、眠れぬまま台所に立っている音でした。
やかんの湯が沸くまでの、あの静かな時間。
今なら、あれが何の時間だったのか分かります。
母は、その静けさの中で、そっと父に会っていたのでしょう。
※
やがて、母のお腹に赤ちゃんがいることが分かりました。
妹が生まれると、家の中は少しずつにぎやかになりました。
新しい父は、妹をそれはかわいがりました。
私にも気を遣ってくれているのは、分かっていました。
けれど、その気遣いが、かえって私を居心地悪くさせるのです。
妹が三つになったころ、無邪気にこう聞いてきました。
「お兄ちゃんのお父さんは、どこにいるの」
私は、うまく答えられませんでした。
「……遠くだよ」
そう言うのが、精いっぱいでした。
つらいことがあっても、打ち明けられる相手がいないのです。
私は自分の部屋で、鞄の底の剪定鋏を、よく取り出して眺めました。
祖父の手の感触と、りんごの花の匂いを、思い出すために。
※
中学二年の春休み、私は久しぶりに祖父母の家を訪ねました。
りんごの花が、ちょうど満開でした。
甘く青い香りが、畑いっぱいに満ちていました。
その夜、私は思いきって、ずっと聞けずにいたことを口にしました。
「おじいちゃん。お父さんのお墓って、どこにあるの」
祖父は、しばらく黙っていました。
それから、湯呑みを置いて、静かに立ち上がりました。
「行くか。近くだ」
翌朝、祖父は私を、畑のはずれの小さな墓地へ連れて行きました。
朝もやが、まだ低く畑に残っていました。
父の墓は、そこにありました。
驚いたのは、その墓がとてもきれいだったことです。
苔ひとつなく、真新しい花が供えられていました。
水鉢の水も、澄んでいました。
線香の灰さえ、まだ新しく見えました。
「おじいちゃんが、掃除してるの」
祖父は、ゆっくりと首を横に振りました。
※
「これはな、母さんだ」
私は、耳を疑いました。
母は、県外の町にいるはずでした。
仕事も忙しく、めったに帰ってこられないはずでした。
「あの子はな、命日の前になると、夜のうちに車を走らせて帰ってくる」
「墓を掃除して、花を替えて、朝には仕事に戻っていくんだ」
「もう、何年もだ。誰にも言わずに、な」
祖父の声が、りんごの花の下で震えていました。
その日の午後、祖母が古い納屋から、木の箱をひとつ持ってきました。
蓋を開けると、中には一枚の写真がありました。
若い男の人が、りんごの木の下で笑っていました。
胸に、赤ん坊の私を抱いていました。
日に焼けた顔で、少し照れくさそうに笑っていました。
それが、私が初めて見た、父の顔でした。
自分の目のかたちが、その人によく似ていました。
箱の底には、色あせた手紙の束と、使い込まれた剪定鋏がありました。
祖父が私にくれたものと、そっくりの鋏でした。
墓石の側面には、父の名前が刻まれていました。
私はそれを、指先でそっとなぞりました。
冷たい石の感触の奥に、たしかな体温があるように思えました。
「はじめまして、お父さん」
声に出してそう言うと、朝もやの中で、りんごの花がふわりと揺れました。
風が、返事のかわりのように、頬をなでていきました。
※
手紙は、父が母に宛てたものでした。
「畑を継いだら、家族三人で、いちばん甘いりんごを育てよう」
「あいつが大きくなったら、俺が剪定を教えてやるんだ」
どの手紙にも、そんな他愛のない未来が書かれていました。
その未来は、来ませんでした。
祖母が、私の背中にそっと手を置いて言いました。
「お母さんはね、あんたに父さんのことを聞かれるのが、いちばんつらかったんだよ」
「話そうとすると、涙が止まらなくなってしまってね」
「遺影を飾れなかったのも、毎日見たら、立っていられなくなるからさ」
「あの子は、忘れたんじゃない。忘れられなかったんだよ」
私は、その場に立っていられませんでした。
父のことを聞けなかったのは、私だけではなかったのです。
母もまた、父のことを語れないまま、一人で抱えていたのです。
あの黙って首を振る仕草の裏に、どれほどの涙があったのか。
「もう、聞かないで」と言ったときの、あの赤い目の意味を。
私は、何も分かっていませんでした。
りんごの花びらが、風に一枚、また一枚と落ちていきました。
手紙の一通には、私の名前の候補が並べて書いてありました。
どれも、優しい響きの名前でした。
結局つけられたのは、その中の一つでした。
私の名前は、父がつけてくれたものだったのです。
母は、その名を呼ぶたびに、父を呼んでいたのかもしれません。
※
引っ越してきた町へ帰る前の晩、祖母が私に写真を一枚くれました。
父が私を抱いている、あの写真です。
「持っておいき。お母さんには、あんたから見せてあげなさい」
私は、それを胸ポケットにしまいました。
家に帰った日の夜、私は台所で母を待ちました。
遅くに帰ってきた母は、疲れた顔で、それでも「ただいま」と言いました。
私は、ずっと言えなかった言葉のかわりに、あの写真を差し出しました。
母の手が、鞄を持ったまま止まりました。
「おじいちゃんに、お墓のこと、聞いたよ」
「毎年、帰ってたんだね」
母は写真を見つめたまま、しばらく何も言いませんでした。
やがて、その目から、大粒の涙がこぼれました。
「ごめんね」
「話してあげられなくて、ごめんね」
私は首を横に振りました。
今度は、私が黙って首を振る番でした。
母を悲しませたくなくて、聞けなかった。
母もまた、私を悲しませたくなくて、話せなかった。
私たちは、同じ場所で、同じようにこらえていたのです。
※
りんごの町から帰って、しばらくしたころのことです。
新しい父が、私の机の上の剪定鋏に気づきました。
「それは、大事なものか」
「うん。じいちゃんと、本当の父さんのだよ」
私は初めて、その人にそう打ち明けました。
その人は、少しのあいだ黙ってから、静かに言いました。
「大事にしなさい。……いい鋏だ」
透明な壁が、ほんの少しだけ、薄くなった気がしました。
越えられない壁だと思っていたのは、私のほうだったのかもしれません。
※
その夜、母は初めて、父の話をしてくれました。
父がどんなに畑を愛していたか。
どんなに私の生まれるのを待っていたか。
甘いりんごを作るのが、どれほど下手だったか。
母は、泣きながら、けれど少し笑いながら話しました。
私は、その一つひとつを、宝物のように聞きました。
台所の窓の外で、街の灯りが静かにまたたいていました。
あくる週末、私は祖父にもらった剪定鋏を持って、庭の小さな木の前に立ちました。
よけいな枝を落とせば、残った実に力がいく。
祖父の言葉を、そして父の手紙の一行を、私は思い出していました。
父がいたら、と、私はもう思いません。
父は、母の中に、祖父母の畑に、そしてこの手の鋏の中に、たしかにいたのです。
卵焼きの焦げた匂いを、私はこの先も忘れないでしょう。
あれは、父のいない食卓に、ようやく戻ってきた温かさでした。
いつか妹が大きくなったら、私は自分の父のことを話そうと思います。
遠くにいるのではなく、ちゃんと、ここにいたのだと。
りんごの花が好きで、家族を待っていた人がいたのだと。
そして、母がどれほど強く、その人を想い続けたかを。
言えなかった言葉を胸に抱えている人が、きっと世の中にはたくさんいます。
どうか、その言葉を、飲み込んだままにしないでください。
相手を思うあまりの沈黙が、誰かを長く一人にしてしまうこともあるのですから。
命日には、今度は私も、母と一緒にあの墓へ行くつもりです。
りんごの花が咲くころに。
父に、ようやく会いに行けます。
今度は、下を向かずに、まっすぐ花の下を歩いていくつもりです。
読んでくださって、ありがとうございました。
母は、写真の父を指でそっとなでました。
「不器用な人でね。プロポーズも、りんごの木の下だったの」
「甘いのを作るからって、酸っぱいのばっかり持ってくるのよ」
母の声は、涙で濡れながらも、どこかやわらかでした。
その夜、私は久しぶりに、母とちゃぶ台で向かい合いました。
卵焼きを、二人で焼きました。
ずっとほしかった、あの時間でした。
少し焦げた卵焼きが、なぜだか胸に沁みました。