朝の六時半に、私は誰も打たない台の電源を入れます。
三番台。壁際の、いちばん陽の当たらない台です。
球出し機のスイッチを入れ、回転の数字を確かめ、送り出される球をひとつ、手のひらで受け止める。
それから小さく「良し」とつぶやきます。
誰も打たないのに、そんなことをして何になるのか。
女房にも、生きているうちに何度もそう言われました。その女房も、もう三年前に逝きました。
それでも私は、毎朝この台の前に立ちます。
シャッターを半分だけ上げた薄暗い店で、球のはねる音だけを聞きながら。
あの子が、いつ戻って来てもいいように。
※
確か、名前を蓮といいました。
駅裏の商店街の外れで、私は五十年近く、小さな卓球場をやっています。
父から継いだ店で、床の板は飴色にすり減り、蛍光灯は二本に一本が切れかけている。
昔は近所の子どもらが夕方まで押しかけて、順番待ちの喧嘩まで起きたものです。
けれど今は、昼間に年寄りが二、三人、思い出したように来るだけの、静かな店になりました。
その子が初めて来たのは、二年前の春でした。
制服のまま、大きな鞄を抱えて、入口の硝子戸のところで長いこと立っていた。
入ろうか、やめようか。そんなふうに、つま先で敷居をなぞっていました。
「一人でも、やれますか」
やっと出てきた声が、それでした。
「壁打ちでよけりゃ、いくらでもやりな。ラケットは貸すぞ」
そう答えると、その子は首を横に振りました。
壁ではなく、奥の球出し機のある三番台を、まっすぐに指さしたのです。
「あれ、貸してください。お金は、ちゃんと払います」
財布から、しわの寄った千円札を一枚、律儀に差し出してくる。
その手の甲が、季節はずれに白かったことを、私は今でも覚えています。
それからでした。あの子が毎日、この店に通うようになったのは。
※
放課後になると、あの子は鞄を三番台の隅にどさりと置いて、黙々とスマッシュを打ち込みました。
球出し機がぽん、ぽん、と一定の間隔で球を吐き、それをあの子が、体ごとぶつけるようにして打ち返す。
松脂とゴムと、汗の匂い。夏になると、その匂いが店じゅうに満ちました。
扇風機の首振りの音、遠くの踏切の警報、私が新聞をめくる音。
そこへ、球の弾ける乾いた音が規則正しく重なって、それがこの店の、二年間の音でした。
あの子には、妙な癖がありました。
球出し機の速さのダイヤルを、いつも、いちばん端まで回すのです。
素人の高校生には、とても返せない速さでした。
現に、十球のうち八球は空を切り、残りの二球も、あらぬ方向へ飛んでいく。
それでもあの子は、速さを一段も下げようとしませんでした。
「そんなに急がんでも、球は逃げやせんぞ」
見かねて私が言うと、あの子は肩で息をしながら、汗もぬぐわずに答えました。
「これくらい返せないと、意味がないんです」
意味、という言葉が、高校生の口から出るには、やけに大人びて聞こえました。
「だいたい、その速さは大会でも出んぞ。もっと基本をな」
「大会には、出ません」
「出んのか。じゃあ何のために打っとる」
あの子は、少し困ったように笑って、それには答えませんでした。
ただ、また球出し機のスイッチを入れ直して、同じ速さに向かっていくのです。
床を転げ、膝を擦りむき、それでも立ち上がって、次の球を待つ。
私はいつしか、新聞を読むふりをしながら、あの子の背中ばかりを見るようになっていました。
※
あの子は、あまり自分の話をしませんでした。
それでも、散らばった球を二人で拾い集めるとき、ぽつりぽつりと漏らすことがありました。
父親が、卓球の選手だったこと。
若いころ国体まで行った人で、この店にも、昔よく通っていたらしいこと。
「じゃあお前、あの背の高い青井さんとこの息子か」
私が思い出して言うと、あの子は、少しだけ嬉しそうにうなずきました。
「知ってるんですか、父のこと」
「知っとるも何も、あいつのスマッシュはこの商店街の名物だったぞ。壁が鳴ったもんだ」
あの子の目が、そのとき、初めて子どもらしく輝いたのを覚えています。
「父さんのスマッシュ、本当にすごかったんです。僕、子どものとき、一度も返せなかった」
「そりゃあ、子どもに返せる球じゃなかろうよ」
「でも、いつか返すって、約束したんです。父さんと、二人で」
その父親は、あの子が中学へ上がる前に、病で亡くなったと聞きました。
約束は、返す相手をなくしたまま、宙に浮いていたのです。
あの子が球出し機のダイヤルを端まで回すのは、そのためでした。
もう打ってくれる人のいない、父親のいちばん速い球を。
血の通わない機械にだけは、まだ、吐かせることができたからです。
「父さんの球はね、たぶん、これくらい速かったんです」
ダイヤルの端を指でなぞりながら、あの子はそう言いました。
「だから、これが返せたら、父さんに、追いついたことになる気がして」
私は、返す言葉を持ちませんでした。
ただ、拾った球を籠にひとつ、また落としてやることしか、できませんでした。
※
あの子は、季節が変わっても通い続けました。
夏の終わりには、扇風機の前で二人、氷を齧りながら休んだこともありました。
「おじさんの店、涼しくて好きです」
「ぼろくて涼しいだけの店だよ」
「ぼろいのが、いいんです。父さんがいた頃のままな気がして」
そんな言葉を、あの子は照れもせずに口にする子でした。
※
生きていたころ、女房もあの子を、よく気にかけていました。
打ち込みの合間に、ぬるくした麦茶を、そっと台の端に置いてやるのです。
「あの子、また少し痩せたんじゃないの」
店じまいのあと、女房はよく、私にそう言いました。
「育ち盛りなんて、痩せたり太ったりするもんだ」
「そうかしらね。あの手、白すぎやしない」
私は、その言葉を、まともに取り合いませんでした。
女房のほうが、よほど、あの子をきちんと見ていたのです。
その女房も、あの子より先に、静かに逝ってしまいました。
だから今、私がこの台を守っているのは、女房のぶんでもあるのかもしれません。
あの子に麦茶を出してやれる者は、もう、私しか残っていないのですから。
※
雨の日は、商店街のアーケードを打つ雨音が、店の中まで響きました。
客の来ない午後、あの子は打つのをやめて、球を数えながら私の話を聞きたがりました。
「父さんは、どんなふうにここで打ってたんですか」
「そうさなあ。あいつは、負けると悔しくて、閉店まで帰らん子だった」
「父さんが、負ける……?」
「子どものころの話さ。誰だって、はじめは負けるんだ」
あの子は、その話を、宝物のように何度も聞きたがりました。
自分の知らない、若い父親の姿を、この古い店の空気の中に探していたのでしょう。
「じゃあ、僕がここで打ってるの、父さんも見てるかな」
「見とるさ。あの壁のあたりから、腕を組んでな」
あの子は、誰もいない壁のほうを、ふっと振り返りました。
それから、少し照れたように笑って、また球出し機のスイッチを入れたのです。
その横顔を、私は、なぜだか今も、いちばん鮮やかに思い出します。
秋が深くなると、あの子の頬が、少しずつ細くなっていくのが分かりました。
打ち込みの途中で、台に手をついて、じっと動かなくなることも増えました。
「無理すんな。今日はもう上がりにしろ」
「あと、十球だけ。十球だけ、いいですか」
その十球を、あの子はいつも、歯を食いしばって打っていました。
私は、疲れが溜まっているのだろうと、そればかり思っていたのです。
若い子が、部活も掛け持ちで無理をしているのだろうと。
あの白い手の甲の意味を、私は、とうとう最後まで、考えてやりませんでした。
※
※
一度だけ、あの子が、あの速い球を返したことがありました。
冬のはじめの、風の強い夕方でした。
何百球目だったか、もう分かりません。
ぽん、と出た球に、あの子の体が、いつもより一瞬早く反応した。
ラケットの真ん中で、ぱしり、と乾いた音が鳴って、球が、まっすぐに機械へ返っていったのです。
あの子は、しばらく、自分の手を見つめて動きませんでした。
それから、私のほうを振り返って、
「おじさん、今の、見てました……?」
声が、震えていました。
「見とったとも。まっすぐだった。父さんの球、返したじゃないか」
あの子は、笑おうとして、うまく笑えずに、その場にしゃがみ込みました。
泣いているのだと、すぐに分かりました。
「一球だけじゃ、まだ、追いついたことにならないですよね」
「馬鹿を言え。一球返せりゃ、二球目も返せる。もう追いついとる」
あの子は、うなずいて、涙を拭って、また球出し機のスイッチに手を伸ばしました。
あのとき、もう十分だと、私が止めてやればよかったのでしょうか。
それとも、あの一球を返せた夕方が、あの子にとっての、いちばんの贈り物だったのでしょうか。
今も、答えは出ません。
ただ、あの震える声だけが、風の音といっしょに、耳の底に残っています。
それは、去年の秋の終わりのことでした。
あの子が、ぱたりと来なくなったのです。
はじめは、受験でも近いのだろうと思っていました。
一週間、二週間。三番台の球出し機は、あの子が最後に回したままの速さで、じっと黙っていました。
ぽん、と出しても、返す人のいない球が、台の上を空しく転がっていくだけでした。
一ヶ月が過ぎたころ、店に、一人の女性が訪ねて来ました。
あの子によく似た、細い顎の人でした。
手に、便箋を一枚だけ、大事そうに持っていました。
「息子が、こちらで大変お世話になりまして」
その、過去形の言い方で、私はすべてを察してしまいました。
膝の裏から、すっと力が抜けていくのが分かりました。
白血病だと、その人は言いました。
夏の来る前には、もう、はっきりと分かっていたのだと。
「あの子、ここへ通うのだけは、最後まで、やめませんでした」
「本当は、もう体がつらかったはずなのに。何度、家で休みなさいと言っても」
母親は、そこで一度、言葉を詰まらせました。
「ここでだけは、あの子、笑って帰ってきたんです」
私は、何も言えませんでした。
あれだけ速い球を追いかけて、床を転げ回っていた、あの子が。
体がつらかっただなんて、私は一度も、気づいてやれなかったのです。
あと十球、と言って歯を食いしばっていた、あの背中を思い出しました。
あれは、若さゆえの無理などでは、なかったのです。
※
母親が置いていった便箋には、短い言葉が、鉛筆で並んでいました。
あの子が、長い入院に入る前の晩に、書いたものだそうです。
『卓球場のおじさんへ。球出し機のダイヤル、いちばん端のままにしておいてください。』
『父さんの球を返せるようになったら、まっさきに、おじさんに見てもらいたいから。』
それだけでした。
礼の言葉も、別れの言葉も、そこには、ひとつもありませんでした。
あの子は、別れるつもりなど、まるでなかったのです。
戻って来て、あの速い球を返して、私に見せるつもりでいた。
それが当たり前のことのように、ダイヤルはそのままに、とだけ書き遺していた。
私は、便箋を握ったまま、三番台の前に、くずおれるようにしゃがみ込みました。
胸の奥が、絞った雑巾のように痛んで、指の先が、冷たくなっていきました。
「戻って来いよ」
誰もいない台に向かって、私はそう言いました。
「まだ、ダイヤルは端のままだぞ」
「お前の返せなかった球、まだ、ここにあるんだぞ」
「今までありがとう、なんて手紙は、いらんのだ」
母親は、私の隣にしゃがんで、しばらく一緒に、その台を見ていました。
二人とも、ずいぶん長いこと、何も言いませんでした。
※
※
四十九日が過ぎたころ、私は、あの子の家に線香をあげに行きました。
母親が、小さな仏壇の前へ、私を通してくれました。
写真の中のあの子は、制服姿で、少しはにかんで笑っていました。
その隣に、もう一枚、古い写真が飾ってありました。
背の高い男の人と、まだ幼いあの子が、二人でラケットを持って写っている。
間違いなく、あの青井さんでした。この店の壁を鳴らした、あの人です。
「主人が、これだけは肌身離さず持っていまして」
母親が、色の褪せた一本のラケットを、私に差し出しました。
あの子が、入院の荷物にまで、それを入れていたのだそうです。
「病室でも、ずっと握っていました。返すんだ、返すんだって」
私は、そのラケットを、両手で受け取りました。
グリップの、汗の染み込んだ感触が、まだ、生きている人の手のように温かい気がしました。
「よく、がんばったな」
写真のあの子に向かって、私は、それだけを言うのが精いっぱいでした。
帰りぎわ、母親が、深く頭を下げて言いました。
「あの子の居場所を、最後まで、残してくださって」
私は、頭を上げてください、とも言えずに、ただ、商店街の暮れた道を歩いて帰りました。
あれから、半年が経ちました。
三番台の球出し機を、私は毎朝、点検します。
回転を確かめ、球の間隔を手のひらで受けて、「良し」とつぶやく。
誰も打たん台の球出し機を、私は毎朝、あの子に打たせるみたいに、調子を見ているのです。
近所の人は、そろそろあの台を片づけて、新しい客用にしたらどうかと言います。
インカムの悪い台はさっさと片づける、それが商売だろうと。
確かに、そのとおりです。私も昔は、そういう男でした。
けれど、あの台だけは、どうしても片づけられません。
あの子は、返しに来ると言ったのです。
父親のいちばん速い球を、返せるようになって、まっさきに私に見せると。
だから私は、ダイヤルをいちばん端に回したまま、待っています。
ぽん、と球が出る。誰も打たない球が、飴色の台の上を、静かに転がっていく。
その転がる音を聞くたびに、私は、あの子の、肩で息をする姿を思い出します。
「これくらい返せないと、意味がないんです」
あの日の、大人びた声を。
意味なら、とうにありました。
お前がこの台の前で汗を流した二年間に、意味がなかったはずが、ないだろう。
父さんに追いつくどころか、お前はもう、じゅうぶん立派に打っていたよ。
だから、そう急ぐな。球は逃げやしない。
いつでもいい。戻って来い。
あの子と過ごした二年は、私の五十年の店の中で、いちばん短くて、いちばん長い時間でした。
客が減り、畳むことばかり考えていたこの店に、あの子は毎日、走って入ってきた。
その足音を、私は、生涯忘れないでしょう。
球の弾ける音がしなくなった店は、こんなにも静かなものかと、今さらのように思います。
あの子のラケットは、今、三番台の壁に、そっと立てかけてあります。
母親が、これはこの店に置いてやってくださいと、届けてくれたものです。
朝、球出し機の調子を見たあと、私はそのグリップを、いちど握ってやります。
冷たくなったグリップが、私の手のぬくもりで、少しだけ温まる。
それだけのことが、この年寄りの、一日の始まりになりました。
球の音がまた鳴る日を、私はまだ、あきらめてはいません。
ぽん、と球が出る。私は今日も、三番台の前で、その音を聞いています。
父さんの球は、私が毎朝、ちゃんと温めて待っているから。