「おいしい」って笑った日

公開日: ちょっと切ない話 | 兄弟姉妹

ショートケーキ

俺の妹さ、俺が17の時に死んだんだよ。
今からもう、8年前のことになる。

まだ6歳だった。

末っ子でさ、家は男兄弟ばっかだったから、兄貴も弟も、そりゃあ猫かわいがりしてたよ。

元々病弱で、体も小さくて。
それでも、めちゃくちゃ可愛かった。

ちょっとしたことでも、すぐ泣くんだよ。

「兄ちゃん、兄ちゃん」って、いつも俺の後をちょこちょこついてくる。

街のケーキ屋のショートケーキが大好きでさ。
一週間に一回ぐらい、バイト代で買ってやってた。

「おいしいー」って笑って食うその顔が、たまらなく可愛かった。
ほんとに、すっげぇ可愛かったんだ。

あの日、妹が発作で倒れたって連絡が来た。

俺、学校からバイク飛ばして、中学校にいた弟を拾って、そのまま病院に行った。

妹は、色んな機械につながれて、ベッドで寝てた。

おかんとばあちゃんが泣きながら、「もうだめだぁ…」って。

「シノを連れてかんといて!お願いや…」って、妹が生まれてすぐ亡くなったじいちゃんに向かって拝んでる。

じいちゃんは、死ぬ間際まで
「シノを抱っこしたいなぁ」って、何度も言ってた。

その願いも叶わずに、じいちゃんは先に逝ったんだ。

俺が病室に駆け込んで、「シノ! シノ!!」って呼んだら、妹の意識が戻った。

か細い声でこう言ったんだ。

「にーやん、あんねー、シノ、ショートケーキ食べたいん」

「いっぱい買って来てやるから死ぬな! 寝るな! 起きてんだぞ!」

そう言って、俺はケーキ屋に走った。
ショーケースにあるだけのショートケーキを、全部買ってきた。

病室のドアを開けたら、妹が笑ってた。

「買ってきたぞ! シノ、食って元気出せ!」

一口、小さくちぎって食わせたんだ。

「おいしいー……ありがと、にいや」

そう言って、笑って……目を閉じて、
それっきりだった。

すぐに、ピーーーーーーーーって音が鳴って。

医者が電気ショックとかやってたけど、
もう、だめだった。

あの「おいしいー」の笑顔が、俺の中でずっと残ってる。
あれが、妹が見せた最後の笑顔だった。

俺が買ってきたショートケーキで、
妹は、笑って逝ったんだ。

どうしようもなく、泣いたよ。
でも、ちょっとだけ、救われた気もしたんだ。

シノ、ありがとうな。
にいや、あの日の笑顔、絶対忘れねえからな。

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