一度きりの恋

公開日: ちょっと切ない話 | 恋愛

着物姿の女性

俺が惚れた子の話をします。

俺はもう、40歳手前の独身男です。

もう5年近く、彼女もいません。

そんな俺が、去年の5月ごろに友人に誘われ、なんとなくゴルフを始めました。

最初は「ゴルフなんてつまらないだろう」と思っていましたが、意外と面白かった。

少しずつハマっていった俺は、よく練習場へ通うようになりました。

そこで、ある一人の女性と出会ったんです。

彼女は、見惚れるほど美人で、品のある女性でした。

俺から見て、26歳くらいだったでしょうか。

初めて見た瞬間、「なんて綺麗な人だ」と思いました。

若くしてゴルフをしている…おそらく、どこかのお嬢さんか、裕福な家庭の人だろうと、勝手に思っていました。

それ以来、ゴルフよりも彼女に会いたくて練習場へ通うようになっていました。

でも、臆病な俺は、ただ彼女を見るだけで声もかけられませんでした。

それから一ヶ月が経ったある日。

意を決して、「こんばんは」と声をかけました。

彼女は驚いた表情を浮かべながらも、「こんばんは」と笑顔で返してくれました。

その笑顔に、俺は一気に惹かれていきました。

それからは、会うたびに少しずつ言葉を交わすようになりました。

風が強く、雨の降る夜。

いつもは混み合う練習場に、彼女が一人で来ていました。

俺は思い切って、彼女に携帯番号とアドレスを聞きました。

彼女は少し照れながらも、笑って教えてくれました。

その夜、嬉しさで眠れなかったことを、今でも覚えています。

それからは、毎日のように彼女にメールを送りました。

そして日曜日、彼女と初めてのドライブに出かけました。

隣に座る彼女の顔を見ることもできないほど、俺は緊張していました。

でも、彼女と話す時間が、とにかく嬉しかった。

過去の恋愛や、趣味のことなど、彼女はいろんな話をしてくれました。

ただ一つ、家族のことだけは、頑なに話そうとしませんでした。

やがて、彼女への気持ちは本物になっていきました。

俺は彼女に告白しました。

彼女は、涙を浮かべながら「ありがとう」と言ってくれて、付き合うことになりました。

そこから一年と二ヶ月、たくさんの場所へ行きました。

たくさんの思い出を作りました。

けれど、彼女は最後まで、自宅を教えてくれませんでした。

そして家族の話題になると、いつも黙ってしまいました。

そのことが原因で、喧嘩になったこともあります。

そして、ある日。

彼女から「別れてほしい」と連絡が来ました。

理由は何も言わず、一方的な別れの言葉だけでした。

話し合おうと食い下がりましたが、彼女の意思は固かった。

俺は、ただ呆然と身を引きました。

その後の毎日は、地獄のようでした。

彼女を思い出しては泣き、酒を飲んでは泣き崩れ、眠れない夜を過ごしました。

そんなある日。

友人の家に遊びに行った帰り道。

近くには、昔から有名な極道一家の家があることは知っていました。

その家の前の交差点で、俺はうっかり一時停止を無視してしまい、車と接触事故を起こしてしまいました。

相手の車は…まさかの、その極道一家の車でした。

運転手が出て来た瞬間、俺は命が終わったと思いました。

土下座して謝っていると、後部座席から女性の声がしました。

「兄ちゃん、どこ見てんのや」

顔を上げると、そこにいたのは、彼女でした。

髪を上げ、着物姿で座っていた彼女。

その瞬間、俺は気を失い、病院に運ばれました。

目が覚めた病室。

そこにいたのは、いつもの彼女でした。

俺の頭は混乱していて、何がなんだか分からなかった。

二人きりになり、彼女はぽつりと語り始めました。

「うち、来春に結婚すんねや。本当は結婚したくないんや」

彼女は、極道一家の四代目の娘だったのです。

そして、父親が決めた男と、形式だけの結婚をすることになっていた。

俺を巻き込んでしまえば、俺に危害が及ぶ。

それを恐れて、俺との関係を終わらせた。

彼女は泣きながら、俺に言いました。

「あんたは、幸せになってや。

うちは、死ぬまであんたを忘れへんから。

もしあんたが良かったら……来世は、結婚してな」

彼女は、それだけ言って病室を出て行きました。

俺は、その場で泣きました。

もう、止められませんでした。

彼女のことが、本当に本当に大好きでした。

一生、忘れません。

今もどこかで、彼女が笑っていてくれることを願っています。

来世でまた、もう一度。

彼女と、結婚したいと思っています。

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