サンタから預かったDS

公開日: 心温まる話 | 震災に関する話

震災の日

私は、宮城県に住んでいる。

その日も朝から、寒空の下、スーパーの前に長い列ができていた。

並んでいた私の前には、母親と、泣きべそをかいた小さな男の子がいた。

男の子は、手の中に壊れたニンテンドーDSを抱えていた。

画面にはひびが入り、ボタンの隙間からは小さな部品が飛び出している。

それでも、男の子は諦めきれない様子で、ボタンを何度も押していた。

けれど、DSはもう動かない。

男の子は、それを確かめるたびに、ひときわ深いため息をついていた。

母親との会話が、自然と耳に入ってきた。

どうやらそのDSは、去年のクリスマスに「サンタさん」からもらったものだったらしい。

子どもは、壊れたゲーム機のことよりも、サンタさんが怒っていないかを心配していた。

「ごめんなさいって、伝えたら、サンタさん、もう来てくれないかな……」

その言葉に、胸が締めつけられた。

列に並んでいた人たちも、沈黙したまま目を伏せていた。

そのときだった。

列の少し後ろにいた、ひとりの中学生くらいの男の子が、静かに前へ歩み出てきた。

男の子は、その泣いていた子の前に立ち、何も言わず、自分のニンテンドーDSを差し出した。

「サンタさんから、頼まれたんだ」

そう言って、壊れたDSと、自分のDSを交換したのだ。

小さな男の子は、しばらく呆然としたあと、ぱっと笑顔になった。

その手には、今動く、新しいDSが握られていた。

母親は、涙を浮かべながら、何度も頭を下げていた。

周囲にいた人たちは、ただ静かにそのやり取りを見つめていた。

あまりにも出来すぎた話のようだが、これは本当の出来事だ。

あの日、電気も水もなかった。

寒さに凍えながら、食料も不十分で、不安ばかりが押し寄せていた。

それでも、あの一瞬だけは、心に灯りがともった気がした。

余談だが、その光景を目にしていた何人かのおばちゃんたちが、列の中学生にそっと食料を分けていた。

パンや缶詰、数少ない保存食を、手渡していた。

私も、彼から力をもらった。

だから今、これを読んでくれているあなたにも、その気持ちを少しでも届けたい。

あの日の宮城で起きた、ささやかだけれど確かな、優しさの奇跡を。

がんばろうね。私たちは、つながっているから。

関連記事

手を組む女性(フリー写真)

恋人からの手紙

昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。 そしたらなんか通夜が終わって、病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛ての手紙が入ってたんです。 で、よく…

サイコロ

おばあちゃんの願い

子どもの頃、家庭の事情でおばあちゃんの家に預けられた俺。見知らぬ土地に来て間もないこともあり、友達はおらず、孤独を感じていた。 その寂しさを紛らわせるため、ノートに自分で考えた…

空(フリー写真)

見守ってくれた兄

我が家の仏壇には、他より一回り小さな位牌があった。 両親に聞いた話では、生まれる前に流産してしまった俺の兄のものだという。 両親はその子に名前(A)を付け、事ある毎に …

コスモス

愛と犠牲

数年前、私が中学2年生のときに、私たち兄弟の両親は交通事故で亡くなりました。私たちは三兄弟で、私は真ん中の子、4歳上の兄と5歳下の妹がいます。 事故後、私は母方の親戚に、妹は父…

薔薇の花(フリー写真)

せかいでいちばんのしあわせ

私が幼稚園の時に亡くなったお母さん。 当時、ひらがなを覚えたての私が読めるように、ひらがなだけで書かれた手紙を遺してくれた。 ※ みいちゃんが おかあさんのおなかにやってきて…

柴犬

最後まで守った芝犬

昔、私の近所に、亡き夫を偲びながら一人暮らしをしていたお婆ちゃんがいました。彼女の家には一匹の柴犬がいて、その犬はお婆ちゃんの日々の寂しさを癒していたようです。 お婆ちゃんは心…

Wii(フリー写真)

ゲーム好きな友人

俺の友達に、凄くゲーム好きなやつがいたんだよ。 ドラクエなどのゲームを誰よりも先に解いたり、俺たちにヒントをくれたりさ。 でも中学2年生の時にそいつは事故に遭い、右手を失く…

兄弟(フリー写真)

最強最高の兄ちゃん

両親は俺が中学2年生の時、交通事故で死んだ。 俺には4つ上の兄と、5つ下の妹が居る。 両親の死後、俺は母方の親戚に、妹は父方に引き取られて、兄は母方の祖父母と住んでいた。 …

信号(フリー写真)

素直な感謝の気持ち

今日、近所の交差点で車に乗り信号待ちをしていると、前方の右折車線でジリジリ前進している車がいた。 明らかに『信号が青になった瞬間に曲がっちまおう』というのが見え見え。 この…

スマートフォン

父の遺した言葉

私は今、高等学校3年生です。父がこの世を去ったのは10月26日のことでした。 父は、私が心から尊敬し、誇りに思える素晴らしい人でした。彼の死に際して、母と妹は慟哭しました。 …