継母は私を名前で呼ばなかった
十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
七歳の日曜日、継母と二人きりで出かけた動物園で、私は亡き母と同じ味のおにぎりを口にして泣いた。動物園のおにぎりに隠れていた、夜中の台所の灯りと一冊の大学ノートの…
台風11号の余波が残る福岡の午後、整骨院の前で乗せたおばあちゃんは、小学三年の台風の日を語り出した。継母に使いへ出され、職員室で出会った女の先生。その正体を、私…
六歳の春に来た義母の手帳には、毎年一月十四日に赤い丸がついていた。誕生日でも命日でもない。四十年知らずにいた手帳の赤い丸の意味を、私は通夜の席で妻から聞かされた…
藍染職人の継母を、私は最後まで「お母さん」と呼べなかった。青い手が苦手だった私を川から押し上げ、そのまま帰らなかった人。遺された日記のダイヤル錠は、私の誕生日で…
十七歳の誕生日に、育ての母だと知らされた私は、母を「おばさん」と呼び、差し出された手紙さえ、その場で丸めて捨ててしまいました。その翌日、母は突然この世を去ります…