
私が東京のアパートでその小包を受け取ったのは、十月の末のことだった。
玄関のドアを開けると、宅配業者の男の人が段ボールの小包を両手で持っていた。
「軽いですけど、割れ物注意でお預かりしていました」
差出人の欄に、見覚えのある名前があった。
「緒方幸子」
思わず、声に出してしまった。
幸子は、私の幼馴染だ。
九歳のときから、福岡の筑豊にある小さな炭鉱町で、ずっと一緒だった。
けれど、私が大学進学のために町を出て以来、もう十三年も連絡を取っていなかった。
※
荷物を持ったまま、玄関の前でしばらく立ち尽くしてしまった。
引越しも告げていなかったのに、なぜ住所を知っているのだろうと思った。
宛名の文字は、幸子の丸っこい字だった。
子供の頃から変わらない、少しだけ右肩上がりのあの字だ。
縛り方がぶかっかしくて、荷物は少し歪んでいた。
それでも、中身が傷つかないよう、緩衝材が丁寧に詰めてあった。
ハサミで糸を切って、蓋を開けた。
中に入っていたのは、小さな額縁だった。
薄い木でできた、素朴なフレーム。
そしてその中に、古い押し花が収められていた。
※
ひと目で、わかった。
これは、あの野原で摘んだ花だ。
筑豊の炭鉱跡地に残された、緑の野原。
使われなくなった線路のそばに広がる、誰も来ないその場所が、私と幸子だけの秘密の庭だった。
夏の終わりになると、そこには名前も知らない小さな花が一面に咲いた。
白くて、星形の、ちいさな花だ。
小学五年生の夏、私たちはその花を摘んで、幸子が持っていた古い辞書の間に挟んで乾かした。
「押し花にして、ずっと持っておこうね」
幸子はそう言っていた。
私はいつの間にかそのことを忘れてしまっていたけれど、幸子はずっと持ち続けていたのだ。
※
幸子と私は、お互いの家が坂を挟んで向かい合っていた。
朝、目が覚めると幸子の家の窓に布団が干してあって、それを見ると「今日は晴れだ」と確信できた。
学校の帰り道は、いつもふたりで寄り道をした。
廃坑になった炭鉱の跡地は、子供には少し怖いような場所だったけれど、なぜかそこだけは安心した。
野原に入ると、草の匂いと風の音しかなかった。
幸子はよく、持ってきたクーラーバッグから麦茶を取り出して、並んで草の上に寝転んだ。
「ここに来たら、なんでも忘れられる気がする」
そう言ったのは幸子だったか、私だったか、もう覚えていない。
ふたりとも、同じことを思っていた。
幸子は勉強が得意ではなかったけれど、植物の名前を驚くほどよく知っていた。
野原で花を摘むたびに、「これはハコベ」「これはカラスノエンドウ」と教えてくれた。
私は幸子に言われるまま、押し花帳を作り続けた。
あの白い星形の花は、後で調べたらノミノツヅリという名前だった。
そんなことを幸子は知っていたのだろうか、今でも気になっている。
※
小学校を卒業して、中学でも高校でも、私たちはずっとそばにいた。
高校三年生の春、私が大学進学のために町を出ると決めたとき、幸子は「そうか」とだけ言った。
泣くかと思っていたのに、幸子は笑っていた。
「恵が帰ってきたときは、また野原に行こう」
そう言って、ぎゅっと手を握った。
その感触を、今でも覚えている。
※
東京に出てからの最初の一年は、ときどき手紙のやり取りをした。
幸子の手紙は、便箋の余白に花の絵が描いてあって、文章は短かった。
「元気です。野原の花が咲いてます」
それだけのことが書いてあるだけで、私はなぜかほっとした。
けれどいつからか、手紙は途絶えた。
私が忙しくなって、返事を出せない時期が続いたからだ。
気がついたら、幸子の電話番号も変わっていた。
SNSで探しても、見当たらなかった。
「そのうち連絡が来るだろう」と思っていた。
その「そのうち」が、十三年になっていた。
※
小包には、手紙が入っていなかった。
差出人の連絡先もなかった。
ただ、額縁だけが、ぽつんと置かれていた。
スマホで「緒方幸子 花屋 筑豊」と検索すると、町の小さな花屋のホームページが出てきた。
「花屋 さちこ」
丸いロゴと、ひなびた外観の写真が載っていた。
店内に飾られた花束が、ぎゅっと詰め込まれた棚の写真も。
幸子は、あの町で花屋をやっていたのだ。
あの野原で摘んでいた花が、そのまま仕事になったのだと思ったら、なぜか胸が詰まった。
電話番号が書いてあった。
私は少し躊躇してから、その番号を押した。
※
電話は、幸子の母が出た。
「ああ、恵ちゃん」
声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
幸子の母は昔から私をそう呼んでいた。
「幸子のこと、知らせようと思っていたんよ」
「……幸子は」
「入院しとる。もう三ヶ月になるかな」
「何の病気ですか」
少し間があった。
「心臓。手術はしたんだけどね。今は落ち着いとるよ。でも、しばらくかかりそうで」
私は額縁を握ったまま、壁に背中を預けた。
「幸子が、荷物を送ってくれました」
「そうか。言っとったよ。恵ちゃんに送ると言いよったけん、住所をうちに聞きに来てね。手紙を書こうとしたみたいやけど、うまく書けなかったって。それで花だけ送ったって言いよった」
言葉が、出なかった。
十三年ぶりの連絡が、手紙の書けなかった幸子からの、押し花だったのだ。
「会いに行っていいですか」と私は言った。
「もちろんよ。幸子も喜ぶ」
電話を切ってから、私はしばらく額縁を見つめていた。
あの夏の花が、二十六年間ずっと大切にされていた。
※
翌週の土曜日、私は飛行機に乗った。
荷物は小さなリュックひとつだった。
ただ、額縁だけは丁寧に包んで、バッグの中に入れていた。
空港からバスで一時間、さらに駅から二十分ほど歩くと、記憶の中の町が見えてきた。
商店街のシャッターが増えていた。
駅前の理容室は、看板が消えていた。
それでも、坂の上から見える山の形は変わっていなかった。
あの炭鉱跡の緑の野原も、きっと今もそこにあるはずだ。
病院は、町の外れにあった。
受付で名前を告げると、四人部屋の一番奥の窓際ベッドに案内された。
※
幸子は、ベッドの背を少し起こして本を読んでいた。
私の気配を感じたのか、顔を上げた。
「恵」
名前を呼ばれただけで、涙が出そうになった。
「来たと」
「来たよ」
「連絡してよかったかな」
「なんで電話番号教えてくれんかったの」
幸子は少し困ったような顔をした。
「手紙、書こうとしたんやけど、どんな言葉を使えばいいかわからんで。久しぶりすぎて、何を書いても嘘くさい気がして」
「だから花だけ送ったの」
「そう。あれなら嘘をつかなくてすむと思って」
窓から、秋の光が差していた。
幸子の顔は少し痩せていたけれど、目の奥は昔と変わらなかった。
丸くて、少しだけ泣き虫な目。
「押し花、ちゃんとある」と言って、私はバッグから額縁を出した。
幸子はそれをしばらく眺めて、ゆっくりと息を吐いた。
「あれ、小学校の夏に作ったやつよ」
「知ってる」
「ずっと持っとった」
「知らんかった」
「そうやね」と幸子は言って、また窓の外に目をやった。
「あの野原、まだあるんかな」
私は、少し考えた。
「ある。来るとき、遠くから見てきた」
「花は」
「十月やけん、もう終わりかけやと思う」
幸子は微笑んだ。
「来年、一緒に行こうや」
「絶対に行こう」と私は答えた。
答えながら、初めて泣いた。
病室の白い天井を見上げながら、ぐっと息を吸って、それでも涙が止まらなかった。
幸子も、黙って窓の外を見ていた。
ふたりとも、何も言わなかった。
それでよかった。
※
帰り道、私はひとりで野原に寄った。
夕暮れの光の中で、草は金色に染まっていた。
あの白い星形の花はもう少なくなっていたけれど、それでも足元にいくつか残っていた。
私はしゃがんで、そっと一本だけ手に取った。
来年、幸子と一緒にここに立つために。
十三年前も、今も、この野原は変わらなかった。
私たちの間にも、変わらないものが残っていた。
言葉の代わりに、花を送ってきた幸子の不器用さが、今はたまらなく愛おしかった。