炭鉱の野原の干し花

黄金色の草原と花々

私が東京のアパートでその小包を受け取ったのは、十月の末のことだった。

玄関のドアを開けると、宅配業者の男の人が段ボールの小包を両手で持っていた。

「軽いですけど、割れ物注意でお預かりしていました」

差出人の欄に、見覚えのある名前があった。

「緒方幸子」

思わず、声に出してしまった。

幸子は、私の幼馴染だ。

九歳のときから、福岡の筑豊にある小さな炭鉱町で、ずっと一緒だった。

けれど、私が大学進学のために町を出て以来、もう十三年も連絡を取っていなかった。

荷物を持ったまま、玄関の前でしばらく立ち尽くしてしまった。

引越しも告げていなかったのに、なぜ住所を知っているのだろうと思った。

宛名の文字は、幸子の丸っこい字だった。

子供の頃から変わらない、少しだけ右肩上がりのあの字だ。

縛り方がぶかっかしくて、荷物は少し歪んでいた。

それでも、中身が傷つかないよう、緩衝材が丁寧に詰めてあった。

ハサミで糸を切って、蓋を開けた。

中に入っていたのは、小さな額縁だった。

薄い木でできた、素朴なフレーム。

そしてその中に、古い押し花が収められていた。

ひと目で、わかった。

これは、あの野原で摘んだ花だ。

筑豊の炭鉱跡地に残された、緑の野原。

使われなくなった線路のそばに広がる、誰も来ないその場所が、私と幸子だけの秘密の庭だった。

夏の終わりになると、そこには名前も知らない小さな花が一面に咲いた。

白くて、星形の、ちいさな花だ。

小学五年生の夏、私たちはその花を摘んで、幸子が持っていた古い辞書の間に挟んで乾かした。

「押し花にして、ずっと持っておこうね」

幸子はそう言っていた。

私はいつの間にかそのことを忘れてしまっていたけれど、幸子はずっと持ち続けていたのだ。

幸子と私は、お互いの家が坂を挟んで向かい合っていた。

朝、目が覚めると幸子の家の窓に布団が干してあって、それを見ると「今日は晴れだ」と確信できた。

学校の帰り道は、いつもふたりで寄り道をした。

廃坑になった炭鉱の跡地は、子供には少し怖いような場所だったけれど、なぜかそこだけは安心した。

野原に入ると、草の匂いと風の音しかなかった。

幸子はよく、持ってきたクーラーバッグから麦茶を取り出して、並んで草の上に寝転んだ。

「ここに来たら、なんでも忘れられる気がする」

そう言ったのは幸子だったか、私だったか、もう覚えていない。

ふたりとも、同じことを思っていた。

幸子は勉強が得意ではなかったけれど、植物の名前を驚くほどよく知っていた。

野原で花を摘むたびに、「これはハコベ」「これはカラスノエンドウ」と教えてくれた。

私は幸子に言われるまま、押し花帳を作り続けた。

あの白い星形の花は、後で調べたらノミノツヅリという名前だった。

そんなことを幸子は知っていたのだろうか、今でも気になっている。

小学校を卒業して、中学でも高校でも、私たちはずっとそばにいた。

高校三年生の春、私が大学進学のために町を出ると決めたとき、幸子は「そうか」とだけ言った。

泣くかと思っていたのに、幸子は笑っていた。

「恵が帰ってきたときは、また野原に行こう」

そう言って、ぎゅっと手を握った。

その感触を、今でも覚えている。

東京に出てからの最初の一年は、ときどき手紙のやり取りをした。

幸子の手紙は、便箋の余白に花の絵が描いてあって、文章は短かった。

「元気です。野原の花が咲いてます」

それだけのことが書いてあるだけで、私はなぜかほっとした。

けれどいつからか、手紙は途絶えた。

私が忙しくなって、返事を出せない時期が続いたからだ。

気がついたら、幸子の電話番号も変わっていた。

SNSで探しても、見当たらなかった。

「そのうち連絡が来るだろう」と思っていた。

その「そのうち」が、十三年になっていた。

小包には、手紙が入っていなかった。

差出人の連絡先もなかった。

ただ、額縁だけが、ぽつんと置かれていた。

スマホで「緒方幸子 花屋 筑豊」と検索すると、町の小さな花屋のホームページが出てきた。

「花屋 さちこ」

丸いロゴと、ひなびた外観の写真が載っていた。

店内に飾られた花束が、ぎゅっと詰め込まれた棚の写真も。

幸子は、あの町で花屋をやっていたのだ。

あの野原で摘んでいた花が、そのまま仕事になったのだと思ったら、なぜか胸が詰まった。

電話番号が書いてあった。

私は少し躊躇してから、その番号を押した。

電話は、幸子の母が出た。

「ああ、恵ちゃん」

声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。

幸子の母は昔から私をそう呼んでいた。

「幸子のこと、知らせようと思っていたんよ」

「……幸子は」

「入院しとる。もう三ヶ月になるかな」

「何の病気ですか」

少し間があった。

「心臓。手術はしたんだけどね。今は落ち着いとるよ。でも、しばらくかかりそうで」

私は額縁を握ったまま、壁に背中を預けた。

「幸子が、荷物を送ってくれました」

「そうか。言っとったよ。恵ちゃんに送ると言いよったけん、住所をうちに聞きに来てね。手紙を書こうとしたみたいやけど、うまく書けなかったって。それで花だけ送ったって言いよった」

言葉が、出なかった。

十三年ぶりの連絡が、手紙の書けなかった幸子からの、押し花だったのだ。

「会いに行っていいですか」と私は言った。

「もちろんよ。幸子も喜ぶ」

電話を切ってから、私はしばらく額縁を見つめていた。

あの夏の花が、二十六年間ずっと大切にされていた。

翌週の土曜日、私は飛行機に乗った。

荷物は小さなリュックひとつだった。

ただ、額縁だけは丁寧に包んで、バッグの中に入れていた。

空港からバスで一時間、さらに駅から二十分ほど歩くと、記憶の中の町が見えてきた。

商店街のシャッターが増えていた。

駅前の理容室は、看板が消えていた。

それでも、坂の上から見える山の形は変わっていなかった。

あの炭鉱跡の緑の野原も、きっと今もそこにあるはずだ。

病院は、町の外れにあった。

受付で名前を告げると、四人部屋の一番奥の窓際ベッドに案内された。

幸子は、ベッドの背を少し起こして本を読んでいた。

私の気配を感じたのか、顔を上げた。

「恵」

名前を呼ばれただけで、涙が出そうになった。

「来たと」

「来たよ」

「連絡してよかったかな」

「なんで電話番号教えてくれんかったの」

幸子は少し困ったような顔をした。

「手紙、書こうとしたんやけど、どんな言葉を使えばいいかわからんで。久しぶりすぎて、何を書いても嘘くさい気がして」

「だから花だけ送ったの」

「そう。あれなら嘘をつかなくてすむと思って」

窓から、秋の光が差していた。

幸子の顔は少し痩せていたけれど、目の奥は昔と変わらなかった。

丸くて、少しだけ泣き虫な目。

「押し花、ちゃんとある」と言って、私はバッグから額縁を出した。

幸子はそれをしばらく眺めて、ゆっくりと息を吐いた。

「あれ、小学校の夏に作ったやつよ」

「知ってる」

「ずっと持っとった」

「知らんかった」

「そうやね」と幸子は言って、また窓の外に目をやった。

「あの野原、まだあるんかな」

私は、少し考えた。

「ある。来るとき、遠くから見てきた」

「花は」

「十月やけん、もう終わりかけやと思う」

幸子は微笑んだ。

「来年、一緒に行こうや」

「絶対に行こう」と私は答えた。

答えながら、初めて泣いた。

病室の白い天井を見上げながら、ぐっと息を吸って、それでも涙が止まらなかった。

幸子も、黙って窓の外を見ていた。

ふたりとも、何も言わなかった。

それでよかった。

帰り道、私はひとりで野原に寄った。

夕暮れの光の中で、草は金色に染まっていた。

あの白い星形の花はもう少なくなっていたけれど、それでも足元にいくつか残っていた。

私はしゃがんで、そっと一本だけ手に取った。

来年、幸子と一緒にここに立つために。

十三年前も、今も、この野原は変わらなかった。

私たちの間にも、変わらないものが残っていた。

言葉の代わりに、花を送ってきた幸子の不器用さが、今はたまらなく愛おしかった。

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