思いやりのある若者
本当は書くべきじゃないのかも知れないが、久々に堪らない思いになった。
一応、医者の端くれとして働いている。
こういう生業だから、人の死に接する機会は少なくない。
少し前、診察に訪れた若者に余命宣告をしたばかりだ。
俺「誠に申し上げにくいのですが…」
若者「はい」
俺「…肺癌です。しかも大分進んでいます。はっきり言います。一年持つかどうかです」
若者「…ガ」
俺「?」
若者「ガーン……。なんちって…」
俺「…け、結構余裕ですね…」
若者「ええ、まあ…」
聞けば酒も煙草もやらないと言うのに、何とも不憫な巡り合わせであった。
ただ、衝撃的な事実を告げられても、この歳でこれほど冷静なのにも驚いた。
若者「ああー、参ったな」
俺「…」
若者「あの、入院とか治療の開始とか、すぐ始めないといけませんかね?」
俺「ええ、それはもう。すぐにでも取り掛からないと」
若者「うーん。一ヶ月待って頂けないですか?」
俺「何かあるのですか?」
若者「母親が、来月楽しみにしていた旅行があるんです。俺がこんなんだって知ったら、とても安心して行けないでしょうし」
俺「そうですか。ですが猶予もそう無いのが現状です」
若者「ですよねえ。参ったなあ。そういや、再来月は父親の誕生日なんですよ」
俺「…」
若者「参ったな、ほんと、参った…。時間全然足りないですよ。まだ、親孝行してないんですよ」
段々と声が震えて来る。
若者「両親に、いつか生でオーロラ見せてやるって約束したんですよ。このまんまじゃ、孝行どころか最悪の親不孝者じゃないですか…」
他にも、兄弟にああしてやりたかった、友人にこうしてやりたかった、職場で迷惑を掛ける、など、自分の身の上よりも、あくまで周囲を気に掛け申し訳ないと悔やんでいた。
最後の方は泣き崩れてしまった。
こんな状況ですら、他人の事ばかり考えられるような若者が、どうして死を目前としなければならないのだろうか。
どれだけ体験したって、決して慣れるものじゃない。
そして、こんな若者一人救えない俺の不甲斐無さに、一緒に泣いてしまった。