天国のチロル
家で飼っていた犬の話。
私が中学生の頃、保健所に入れられそうになっていた4歳の雌のポメラニアンを引き取った。
名前は、前の飼い主が付けたらしい『チロル』。
チロルは本当にとんでもない犬だった。
名前を呼んでも来ないし、振り向きもしない。
餌の時だけ私に尻尾を振る嫌なやつだった。
出かける時は馬鹿みたいに吠えるし、愛想も無いから、道行く人にもすぐに吠えるダメ犬だった。
その度に恥ずかしい思いをしていた。
その上臆病者のため、すぐに噛む。
噛む噛む噛む。
私も姉もめちゃくちゃ噛まれまくって、その度に泣いたよ。
何でこんなやつ引き取っちゃったんだろうって、本気で思ったこともあった。
「こんな恩知らずいらないよ、あんたなんかいらない!」
なんて言っちゃったこともある。
今思えば、前の飼い主に捨てられ、いきなり違う家に連れて行かれて色々ストレスもあったのだと思う。
※
本当にどうしようもない犬なんだけど、チロルとの散歩は嫌いじゃなかった。
特に家の裏にある原っぱはチロルのお気に入りで、連れて行ってやれば蝶々を追いかけながら尻尾を振って喜んでいた。
本当にむかつくんだけど、可愛くて仕方がなかったんだ。
その日は生憎の雨で、面倒だったこともあって散歩を中止にしてしまった。
それがいけなかった。
チロルはどうしても原っぱで遊びたかったらしく、開いていた窓から飛び出し、車に轢かれて死んでしまった。
去年の梅雨のことだった。
外で今まで聞いたことのないチロルの叫び声が聞こえて来て、すぐに駆け付けた。
そこにはぐったりと寝そべっているチロルが居た。
車は既に居なかった。
まだ息をしていたから、頭が真っ白になりながらもチロルの名前を呼んだ。
混乱して何度も体をさすった。
近所の人が集まる中、最後に名前を呼んだ時、ゆっくりこちらを見て静かに
「わん」
と返事をして死んでしまった。
今まで名前を呼んだって振り向きもしなかった癖に…何それ。
自分の名前解ってんじゃん。
もう散歩中に吠えても怒らないから、名前を呼んでも振り向いてくれなくったっていいから、散歩も雨の日だって毎日連れて行ってあげるから…。
もう一回、蝶々を一緒に追い掛けようよ。
ダメ犬だって言ったけどさ、本当は大好きだったんだよ。
守ってあげられなくてごめんね。
※
あれから一年経った今でも思うのは、チロルはちゃんと幸せだったのかなということ。
もしかしたら幸せだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。
どちらにしても、どうか天国でチロルが幸せに暮らしてれば良いななんて、本気で願わずにはいられません。