背中のぬくもり

五年前に、我が家には一匹の茶トラ猫がいました。
当時、姉が家出同然に家を飛び出し、家の中の空気はひどく重く、どこか寂しげなものでした。
私はというと、そんな雰囲気を払拭しようと努めて明るく振る舞っていました。
けれど本当は、仕事のことや恋愛のことなど、家族に相談したいことが山ほどあったのです。
でも、そんな空気ではありませんでした。誰にも打ち明けられないまま、私は夜、眠る前や家に誰もいない時、そっとその猫に向かって語りかけていました。
相談といっても、猫ですから何も言わず、ただ黙って私を見つめているだけでした。
それでも、その視線に、私はどれほど救われていたことでしょうか。
その猫は、お布団の中が大好きで、夜になるといつものようにニョロニョロと入って来ては、私の背中と腰の間あたりに、どっしりと体を寄せて眠っていました。
その重みと温もりは、言葉以上に私の心を落ち着かせてくれました。
※
やがて時が過ぎ、その子は病気で亡くなりました。
小さな遺体を裏庭に埋める時、私は手紙を書いて、一緒に土の中へ入れました。
「いろいろお話を聞いてくれてありがとう。オバケでもいいから、時々会いに来てね」
それが、私からの最後のお願いでした。
※
つい二、三日前のことです。
職場や人間関係に悩まされ、ひどいストレスと貧血でぐったりと横になっていました。
うとうとしていたその時――。
あの懐かしい気配を感じました。
お布団の中に、猫がニョロニョロと入ってくるようなあの感覚。
今は別の猫を飼っているので、きっとその子だろうと最初は気に留めませんでした。
けれど、次の瞬間――あの特別な場所。
背中と腰の中間に、ズシッとした重み。ほんのりと温かくて、心地よいぬくもりがあったのです。
――これは…あの子だ。
「…心配して来てくれたの!?」
思わずお布団の中を覗き込むと、その重みはスーッと消えて、そこには誰の姿もありませんでした。
けれど、全く怖くはありませんでした。
それどころか、亡くなった後もなお、私のことを気にかけて来てくれたことが、胸に沁みました。
そして同時に、そんなふうに心配を掛けさせてしまっていた自分が情けなくて、私はぽろぽろと涙を流しました。
そのまま、泣きながら眠りにつきました。
※
そして、その夜――夢に出てきたのは、食事をしている茶トラ猫でした。
まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているかのように、穏やかな顔をして。
朝になってから、私は線香を焚き、猫のご飯をお供えしました。
ありがとう。あの頃も、そして今も、私のそばにいてくれて――。
背中に感じたあのぬくもりを、私はきっと一生、忘れません。