彼からの手紙

公開日: 恋愛 | 悲しい話 | 長編

恋人(フリー写真)

幼稚園から一緒だった幼馴染の男の子が居た。

私は今でも憶えている。

彼に恋した日のことを。

幼稚園で意味もなく友達に責められている時に唯一、私の側に居てくれて、ギュッと手を握ってくれた彼に、私は恋に落ちた。

それからは子供ながらに、

「好きだよ」

などと自分なりにアピールをしていた。

ませてたな…。

彼は顔を赤くするだけで、答えてはくれなかった。

彼とは小学校は一緒だったが、中学校は別々になった。

小学生の時も周りに冷やかされるほど仲が良く、私は彼のことが大好きだった。

彼は私のことを少しでも意識してくれていたのかな?

中学校からは私も素直に好きと言うのが恥ずかしくなり、小学校からの友達などに冷やかされる度、否定をしていた。

彼との距離も離れて行った気がする。

密かな私の恋心は冷めることはなく、彼と同じ高校に行きたくて必死に勉強をした。

中学校はお互い絡むこともなく、特に思い出もないまま進んでしまった。

だから高校では…と期待を込めて、彼と同じ高校へ入学した。

高校からは中学生の時の時間を取り戻すほど一緒に過ごした。

高校二年生の夏。

8月に花火大会があるので勇気を出して彼を誘った。

彼の誕生日は8月28日。その二日前の日曜日に花火大会があるので、誕生日のサプライズと告白を考えていた。

8月26日。

彼は待ち合わせ場所には来なかった。

慣れない浴衣を着て待っていたのに、来てはくれなかった。

一人トボトボと歩いて家に帰ろうとしていた時、親からの電話が鳴った。

母「あんた今どこにいるの?」

私「○○公園に居る」

母「今からお父さんと向かうから待ってなさい!」

お母さんが凄く焦っていたのを今でも憶えている。

尋常でないほど早口な口調と、そして大きな声だった。

数分もしない内に親が来た。

来るなりすぐ車に乗せられ、訳も解らないまま病院へと連れて来られた。

親が先生と何かお話をしている。

病院には学校の先生とお医者さんと、私の親と彼の親が居た。

私の足りない頭では理解が難しかった。

お医者さんに連れて行かれた所は病室ではなかった。

薄暗い部屋にベッドのようなものがあり、そこには人が寝かされていて、顔には白いタオルが掛かっていた。

ここでようやく頭が追い付いた私。

そっとベットに近付き顔のタオルを取ろうとするも、彼の親から見ない方が良いと止められた。

私が彼を公園で待っている間、彼は飲酒運転の車に轢かれ、即死だったらしい。

私は事実を受け止められず、彼が「嘘だよ!」「馬鹿だな」と笑いながら頭を撫でてくれるんじゃないか。

もしかしたら慣れない悪戯をしようとしているんじゃないかって。

またいつものように私の顔を見てくれるんじゃないかって。

ずっと待っていた。

起きて笑いかけてくれるのを。

優しく頭を撫でてくれるのを…。

けどいくら時間が過ぎても彼は起き上がらない。

周りから聞こえて来る泣き声と耳鳴りが私の頭を刺激した。

もう彼は帰って来ないんだって、彼は私の側に居てくれないんだって。

どうして。どうして彼なの。

何故お酒を飲んで運転したの。

死ぬのが彼じゃないとダメなの?

他の人でいいじゃん。

どこにもぶつけられない気持ちが私の中で渦巻いていた。

好きだって叫んだ。

起きてって泣きながらお願いした。

どうしてと何度も何度も周りへ投げかけた。

意味のない私の叫びは消されて行く。

親に宥められるも、私は彼の傍を離れたくない一心だった。

側に居て、と…もう届かない声を、彼へ何度も投げかけた。

冷たい彼の手を離したくはなかった。

抜け殻のようになった私に、彼の親から彼が持っていたという手紙を貰った。

手紙はぐちゃぐちゃで血が付いていた。

読む気になれなかった。

読んでしまったら彼が死んだということを実感してしまう。

私は現実から逃げていた。

あれから、三年。

彼への気持ちを消せないでいる私。

今だに彼からの手紙を読めないでいる私。

忘れられないでいる私は今日、彼を解放しようと思い書きました。

彼の手紙には拙い字で、

『大好き』

と書かれていた。

血で汚れて字が滲み、中身が殆ど見えない手紙。

所々よく判らなかったが、その文字だけは綺麗に残っていた。

関連記事

窓辺(フリー写真)

失われた家族

妻と娘が一ヶ月前に交通事故で命を落としました。 独りで運転していた車が大破したそうです。 その知らせを受けたとき、私は出張先の根室にいました。 帰るのは一苦労でした…

日記帳(フリー写真)

彼の遺した日記

2年間、付き合っていた彼に振られました。 それはもう、最後は彼が言ったとは思えないほどの酷い言葉で。 どんなにまだ好きだと言っても復縁は叶わず、音信不通になってしまいました…

黒猫(フリー写真)

黒猫の赤ちゃん

小学校の時、裏門の所に小さな黒猫の赤ちゃんが捨てられていた。 両目とも膿でくっついていて、見えていない様子。 どうしても無視できなくて家へ持って帰ったら、やはり飼っては駄目…

カップル

君と一緒に過ごせた日々

昨日、僕の恋人が亡くなりました。 長い病気の末、彼女はこの世を去りました。通夜が終わり、残された荷物を病院から持ち帰ることになりました。その荷物の中に、彼女が書いたと思われる手…

瓦礫

災害の中での希望と絶望

東日本大震災が発生した。 辺りは想像を絶する光景に変わっていた。鳥居のように積み重なった車、田んぼに浮かぶ漁船。一階部分は瓦礫で隙間なく埋め尽くされ、道路さえまともに走れない状…

結婚式(フリー写真)

もしもし、お母さん

私が結婚を母に報告した時、ありったけの祝福の言葉を言い終えた母は、私の手を握り真っ直ぐ目を見つめてこう言った。 「私にとって、みおは本当の娘だからね」 ドキリとした。 …

戦闘機

愛しき娘へ残す手紙

素子、素子は私の顔をよく見て、にこにこと笑ひましたよ。 私の腕の中で安心したやうに眠りもしたし、また一緒にお風呂にも入りました。 お前が大きくなって、私のことが知りとうな…

マグカップ(フリー写真)

友人の棺

友人が亡くなった。 入院の話は聞いていたが、会えばいつも元気一杯だったので見舞いは控えていた。 棺に眠る友人を見ても、闘病で小さくなった亡骸に実感が湧かなかった。 …

ポメラニアン(フリー写真)

愛の形

私はあるペットクリニックに勤めています。 そこで起こった悲しい出来事をお話します。 ※ 40代くらいの男性がポメラニアンを連れてよく来ていました。 その人が購…

ベゴニア(フリー写真)

初めて好きになった人

俺が小学6年生の頃の話。 俺は当時、親の転勤で都会から田舎へと引っ越しをした。時期はちょうど夏休み。全く知らない土地で暮らすのはこれで五回目だった。 引っ越しが終わり、夏休…