人と人との出会い

公開日: 仕事 | 心温まる話

警察官の方(フリー写真)

何年か前の、5月の連休中のこと。

あるご夫婦がライトバンのレンタカーを借り、佐賀から大分県の佐伯(さいき)市を目指して出掛けた。

佐伯市からは夜23時に四国行きのフェリーが出ていたからだ。

有料道路も整備されていなかった時代なので、充分な時間の余裕を持って出掛けたつもりだったが迷いに迷ってしまい、大分の湯布院に着いた時は夜の21時だった。

ご主人はこれでは間に合わないと焦り、大分南警察署に飛び込み、佐伯までの近道を聞いた。

警察官は、

「我々大分の慣れた人間でも、佐伯までは距離があり山道で複雑なので、道に迷ったり事故に遭うかもしれない。

今晩は諦めてゆっくりここへ泊まり、明日出掛けたらどうですか?」

とアドバイスした。

しかしご主人は、

「それは、できません。

実は、私たちの19歳になる娘が、高知県でウィンドサーフィンをやっている最中に溺れて亡くなった、という知らせを今日受けたのです。

生きた娘に会いに行くのなら明日でも良いのですが、死んでしまった娘ですから急いで駆け付けてやりたいのです」

と正直に事情を話した。

それを聞いた警察官は、

「そういうことでしたら全力を上げ、何とか努力だけはしましょう」

と言った。

そしてすぐにフェリーの会社に電話をし、事情を説明して出港を待って欲しいと頼んだが、

「公共の乗り物でもあるし、キャンセル待ちが何台もあり難しい。とにかく22時半までには来てください」

と断られたという。

その遣り取りをしている間、もう一人の警察官が署長に了解を取り、車庫のシャッターを開けて閉まってあったパトカーを出して来た。

そして赤色灯を点け、レンタカーの前にぴったり寄せて、

「今から、この車をパトカーで先導します。

このレンタカーの運転もベテランの警察官が運転しますので、ご夫婦は後ろの席に替わってください」

と言った。

そして物凄いスピードで大分市内まで降りて来て、

「我々はここから先は送れませんが、とにかくこの10号線を真っ直ぐに南に下ってください。

そうしたら佐伯に必ず出られます。

どうか、頑張って運転してください」

と言い、敬礼をして戻って行った。

佐伯に着くと、警察官の再三再四の要請に船会社も動いてくれ、一台分のキャンセル待ちのスペースを空けて待っていてくれた。

そしてフェリーに何とか乗ることができ、娘さんの遺体を収容して帰って来ることができたという。

娘さんを亡くされたご夫婦はその後、何日間かはあまりの悲しみで呆然とし、何もできなかった。

暫くして気持も落ち着き、

『あの時もし船に間に合わなかったら、どんな気持で一日待っただろうか』

と思うと居ても立っても居られなくなり、大分南警察署にお礼の手紙を出した。

そして、その手紙で皆の知るところとなった若い警察官は表彰され、こう言ったという。

「我々だけじゃないと思いますが、人と人との出会いは損か得かじゃありません。

損か得かだったら、こういうことは一歩も進みませんから」

関連記事

ファミレス

兄妹の絆

ファミリーレストランでの仕事中、私の隣のテーブルに親子が座った。 お母さんは若作りした茶髪で、中学生くらいの息子と小学生の妹を連れていた。 初めはただの普通の家族だと思っ…

カップル

変わらずそばに

事故に遭い、足が不自由になってしまいました。車椅子がなければ外に出ることも、トイレに行くこともままなりません。多くの友人が去っていきましたが、彼だけは事故前から変わらずにそばにいてく…

ディズニーランド(フリー写真)

親子三人で

秋も大分深まってまいりました。 ディズニーランドのスタッフの皆様、いつも私たちに素敵な夢をありがとうございます。 今月、数年ぶりに主人とディズニーランドに遊びに行かせていた…

エプロン(フリーイラスト)

母のエプロン

社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。 「いつもありがとう」という言葉を添えて、プレゼントを渡したかった。 でも照れ臭いし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえなかっ…

トラ猫

背中のぬくもり

五年前に、我が家には一匹の茶トラ猫がいました。 当時、姉が家出同然に家を飛び出し、家の中の空気はひどく重く、どこか寂しげなものでした。 私はというと、そんな雰囲気を払拭し…

ビル

予期せぬ守り神

内定式で初めて彼女と出会った。彼女は私たちの同期だった。 彼女は聡明の代名詞のような人だった。学生時代の論文で賞を受けるほどの才女で、周囲からは期待の新星と見なされていた。 …

柴犬

最後まで守った芝犬

昔、私の近所に、亡き夫を偲びながら一人暮らしをしていたお婆ちゃんがいました。彼女の家には一匹の柴犬がいて、その犬はお婆ちゃんの日々の寂しさを癒していたようです。 お婆ちゃんは心…

桜(フリー写真)

天国のお父さんへ

幼くして父親を亡くした女の子が、小学校に入学する頃のことでした。 周りの子はみんな、親から買ってもらった赤いランドセルを背負って通学していました。 しかし、その子の家庭は幼…

ビーフシチュー

仲直りのビーフシチュー

昨日の朝、私は妻と言い争いをしてしまった。原因は、夜更かしによる私の寝不足で、朝の機嫌が非常に悪かったことだ。 「また仕事か」とぼやきながら起きる私。妻は私の気難しさを知ってい…

夕方の教室(フリー背景素材)

校長先生の名授業

私が考える教育の究極の目的は『親に感謝、親を大切にする』です。 高校生の多くは、今まで自分一人の力で生きて来たように思っている。 親が苦労して育ててくれたことを知らないんで…