十八年かかった手紙

雪化粧の街と窓辺の女性

俺が時計修理士になったのは、時間を元に戻せると思っていたからだ。

もちろん、そんなことはできない。

壊れた時計を直しても、失われた時間は戻らない。それは二十年以上この仕事をして、骨身に染みてわかったことだ。

でも、あの折り鶴を見つけた夜、俺はそれでもよかったと思えた。

四十三歳の冬に、俺は十八年ぶりに故郷へ帰った。

母の足が悪くなったと連絡が来たのがきっかけだった。もともと帰省が少なかった。東京に出てきてから、仕事を言い訳にして年に一度も戻らない年が続いた。子供の頃から早く出たかった場所だ。山に囲まれた小さな町で、夢も未来もないと思っていた。

新幹線を降りて在来線に乗り換えると、なだらかな山の稜線が車窓に広がってきた。十二月の空は低く、光が薄かった。山は枯れていて、杉だけが緑を保っていた。

胸の奥が、少しだけ痛くなった。

駅に降りると、シャッターが増えていた。学生の頃に待ち合わせをした喫茶店も、文具店も、みんな閉まっていた。商店街のアーケードは蛍光灯が何本か切れたまま、薄暗く続いていた。

母の家に向かう途中、足が止まった。

由香の実家の花屋があった場所が、更地になっていた。

コンクリートの基礎だけが残っていて、霜に覆われた雑草が隙間から伸びていた。

由香は俺の幼馴染みだった。小学校から高校まで同じで、三軒隣に住んでいた。花の匂いがする家の子で、いつも落ち着いていて、俺が喧嘩をすれば諫め、試験前に泣き言を言えば笑って教科書を開いてくれた。

子供の頃、由香の家の花屋に入ると、季節ごとに違う花が並んでいた。春はスイートピー、夏はひまわり、秋はコスモス。俺はほとんど花に興味がなかったが、あの店の中にいると、なぜか少し落ち着いた。由香の母親がいつもお茶を出してくれた。

俺が高校を卒業した春、東京の職人工房に弟子入りが決まった。由香はそのまま実家に残り、花屋を手伝いながら暮らすと言っていた。「向いてるよ、花屋。毎日触ってるし」と笑っていた。その笑い方は、いつも少しだけ遠くを見ていた。

最初の数年は年賀状のやり取りが続いた。彼女の字は丸くて、いつも一言だけ近況が添えてあった。「元気にしてます」「今年もよろしく」。俺もそんな返事を書いた。

いつの間にか途切れた。どちらが先に出さなくなったのか、もう覚えていない。

帰省するたびに花屋の前は通っていたが、中に入ったことがなかった。声をかければよかった。それだけのことが、なぜできなかったのか。

隣の金物屋の店頭に、白髪の店主が腰掛けていた。子供の頃から知っている人だ。

「田川くんじゃないか。久しぶりだね」

「お久しぶりです。由香さんの花屋は……」

声に出してから、言葉が詰まった。更地を見ればわかることを、なぜ聞いているのかと思った。

店主は俺の顔をしばらく見てから、「三年前だよ」と言った。

「……亡くなったんですか」

「うん。病気でな。最後まで花を育てていたって、近所の人が言ってたよ。親御さんも足が弱くなって、今は市内の施設にいる。家はね、結局取り壊したんだよ」

俺は黙っていた。

三年前。俺は東京で工房を独立させた時期だった。開業の準備でてんてこ舞いだった。毎日、古い時計と向き合いながら、それ以外のことは何も考えていなかった。

「由香さん、いつも笑ってたよ。花屋をやめてからも、庭に花を植えて、毎朝水をやってたってよ。あの子はそういう子だったね」

店主の声が、遠くなった。

俺はただ、更地を見ていた。霜の溶けかけた地面に、古い煉瓦が一つ転がっていた。

母の家に着くと、台所で夕飯の支度をしていた。

「ああ、そうだ。あんたに預かってたものがあったんだよ」

母は引き出しを何度か開け閉めして、古い封筒を取り出した。

「由香ちゃんが持ってきたんだよ。だいぶ前のことだけど、ちゃんと渡してって言われてたから。渡せずじまいで、ごめんね」

封筒の表には「田川 孝さんへ」と、由香の字で書かれていた。

居間のこたつに入って、封筒を開けた。

中には一枚のメモ用紙と、小さな折り紙が一つ入っていた。

折り紙は薄い水色で、小さな鶴に折られていた。

ちゃんと折り目が揃っていた。由香は器用だった。昔から、折り紙も工作も何でも丁寧だった。

メモ用紙には、短い文が書かれていた。

「孝へ。東京に出ていく朝、見送りに行けなくてごめんね。でも窓から見てたよ。リュック背負って歩いてくの、ずっと見えなくなるまで見てた。

元気でいてね。

由香より」

俺が東京に出た日の朝のことを、今でも覚えている。

前日の夜、商店街のベンチで由香と話していた。「明日、駅まで見送りに行くよ」と言われた。でも当日の朝、待ったが来なかった。時間になっても来なくて、仕方なく一人で歩き出した。振り返っても、誰もいなかった。

ずっと、あの朝のことが引っかかっていた。

なぜ来なかったのか。何かあったのか。それとも忘れたのか。聞けないまま、年賀状も途切れた。

「窓から見てたよ」

俺は何度もその一文を読んだ。

由香の家の二階から、俺が歩いた道は見えたはずだ。彼女はあの朝、駅に来なかったのではなく、窓の向こうから見送っていた。なぜそうしたのかは、もうわからない。聞けない。でも、見ていた。

ずっと見えなくなるまで。

折り鶴を手のひらに乗せた。水色の折り紙は少し色褪せていて、折り目のへりが薄くほつれていた。何年も封筒の中にいた。

母に聞いてみた。「いつ持ってきたの」

「うーん……あんたが東京に出て、五年か六年は経ってたと思うよ。ちょうど由香ちゃんのお母さんが入院してた頃だから、あんたが二十四か五の頃かな。あの子、うちに来てこれを置いて、笑って帰って行ったよ」

俺が二十四か五の頃。

その時期、俺は修業の半ばで、毎日時計と向き合っていた。休みもほとんどなかった。先生に怒鳴られながら、古い懐中時計の内部を何度もばらして、また組み立てた。指先に常に油の匂いがついていた。

由香がその頃ここに来て、これを置いていった。

電話一本くれれば、せめて声を聞けたのに。でも彼女はそれをしなかった。ここへ来て、母に預けて、笑って帰っていった。

「ごめんね」という言葉が、あの朝だけじゃなかったのかもしれないと、そのとき初めて思った。

ずっと近くにいたのに、何も言えなかったことへの「ごめんね」だったのかもしれない。それとも、もっと違う何かだったのかもしれない。

俺にはわからなかった。でも、折り鶴はここにある。

翌朝、俺は商店街の更地の前に再び立った。

冬の空が高くなっていた。霜は溶けていた。

折り鶴を上着のポケットに入れてきていた。こういうとき、何かするべきことがあるはずだと思ったが、何もできることがなかった。ただ、しばらくそこに立っていた。

遠くで鳥が鳴いた。山の方から、冷たい風が吹いた。

東京に戻る前に、母に礼を言った。「ちゃんと渡してくれてよかった」

母は「そりゃあ、大事なものだもん」と言いながら、味噌汁を温めていた。

工房に戻って、机の上に折り鶴を置いた。

時計の部品や工具が並んだその机の、右隅に、水色の小さな鶴がひとつ、今もそこにある。

俺は毎日それを見ながら時計を直す。

時間は戻らない。それはわかっている。由香に会うことも、あの朝に戻ることも、もうできない。

でも、届いた。

由香が折ったこの鶴は、何年もかかって、母の引き出しの中で俺を待っていて、ちゃんと俺のもとに届いた。

それで、十分だと思った。

それで、十分だ。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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