友達からの救いのメール

公開日: ちょっと切ない話 | 友情 | 悲しい話

手を取り合う友(フリー写真)

僕の友達が事故で亡くなった。

本当に突然のことで何が何だか解らず、涙など出ませんでした。

葬式にはクラスのみんなや友達が沢山来ていました。

友達は遺影の中で笑っていました。

いつも僕に見せてくれていた笑顔です。

それを見ていたら、自然と涙が頬を伝っていました。

それが口まで流れてきて、塩っぱいなと思い、それで自分が涙を流していることに気付いたんです。

僕はいたたまれなくなって、葬式会場を飛び出していました。

次の日、僕はパソコンのメールをチェックしました。

そこにはあの亡くなった友達からのメールが届いていました。

日付を確認すると、事故の日でした。

僕は何だかドキドキして、メールを開きました。すると、

「明後日に、いつも学校帰りに通る公園で待ってるから。午後5時にね。遅れるなよ」

と書いてありました。

『何でわざわざメールで?』と思いましたが、その時は何か不思議な力が働いたような気分でした。

実はその日は僕の誕生日で、親と出掛けることになっていたのです。

車に乗って高速道路を使い、隣の県に住むおじいちゃんの家に行くことになっていたのです。

僕はおじいちゃんに電話をし、今日は行けないと伝え、親にも今日は用事があると言いました。

そしておじいちゃんの家に行くのは中止になったのです。

僕は友達からのメールの通り、午後5時に公園へ行きました。

もちろん誰も来ません。

午後5時に鳴る、公園のそばにある時計台の鐘の音を聞き、僕は友達との思い出を振り返りながら家に帰りました。

そして家に帰ると、親が血相を変えて僕に話し始めました。

「さっきニュースでやってたんだけど、今日通る予定だった高速道路で玉突き事故があったんだって。

予定通りに行ってたら、私たちも事故に遭ってたわね」

僕が生まれた日に、僕が死ぬのを友達が救ってくれたんだ。そう思えてならず、あのメールは今でもパソコンに保存してあります。

関連記事

教室

笑顔のつながり

私の中学時代は、新興住宅地に位置しており、ほとんどの生徒が持ち家に住む裕福な家庭出身でした。お母さんが専業主婦である家庭が多く、いじめや仲間はずれが皆無という幸せな環境でした。 …

夕焼け(フリー素材)

大きな下り坂

夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。 国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進む。 ペダル…

手紙(フリー写真)

天国の妻からの手紙

嫁が激しい闘病生活の末、若くして亡くなった。 その5年後、こんな手紙が届いた。 どうやら死期が迫った頃、未来の俺に向けて書いたものみたいだ。 ※ Dear 未来の○○ …

桜

失われた春

あれは今から1年半前、大学3年になったばかりの春のことでした。 大学の授業が終わり、帰り支度をしているときに、携帯電話が鳴りました。 着信画面に映ったのは、彼の親友からの…

夕日と夫婦(フリー写真)

どうしてですか(゚Д゚)ゴルァ!

どうして私がいつもダイエットしている時に、(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ! どうして私が悪いのに、ケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ! …

廃墟

神戸からの少女

2年前、旅行先の駐屯地祭での出来事です。 例によって、特定の市民団体が来場し、場の雰囲気が少し重たくなっていました。そのとき、女子高生と思しき一人の少女がその団体に向かって歩い…

阪神淡路大震災(フリー写真)

大切な親友との約束

小学4年生の時、俺はマンションで友達と遊んでいた。 ミニ四駆が流行っていた頃だ。 いつも騒いでいた俺たちは、管理人さんに怒られたものだ。 俺は改造が下手で遅れがちだ…

教室

思春期の揺れる心

中学1年生のころ、私の身近にはO君という特別な存在がいました。 私たちは深く心を通わせ、漫画やCDの貸し借りを楽しんだり、放課後や週末には図書館で学び合ったりしていました。 …

住宅街

最後のアイスクリーム

中学3年生の頃、母が亡くなった。 今でも、あれは俺が殺したも同然だと思っている。 ※ あの日、俺は楽しみに取っておいたアイスクリームを探していた。 学校から帰…

夕日(フリー写真)

生きることの大切さ

ガンダム芸人の若井おさむさん。 彼は幼い頃から日常的に、兄と母親から相当な虐待を受けていました。 それは彼が20代前半の頃までずっと続きました。 それに耐えかねた若…