あの子が畳の毛を集めて帰る夜

あの子が畳の毛を集めて帰る夜

あの子は、帰る前にいつも、畳の毛を手のひらで集めていました。

掌を寝かせて、畳の目に沿って、手前から奥へ一往復。

中学生の男の子が、それを毎回、律儀にやるのです。

私はずっと、施設で身についた片づけの癖なのだろうと思っていました。

集めた毛をどうしていたのかを、私は一度も見ていませんでした。

遅刻してくる子

一月の朝がとても寒いとき、必ず思い出す少年がいます。

当時、私は狭心症で休職し、佐賀の伊万里にある実家で静養していました。

実家の前は坂で、坂を下りきったところに中学校の裏門がありました。

毎朝、愛犬のテツと歩いていると、決まって同じ子が、決まって遅い時間に坂を下りていくのです。

制服のシャツを出して、鞄を肩に引っかけて、走りもしないで歩いていく。

近所では、素行のよくない子として通っていました。

その頃の私は、四十四で、胸を押さえて座り込むことが増えて、会社を長く休んでいました。

薬を飲んで、坂を下りて、また上がってくる。それが一日の仕事のようなものでした。

テツは、母が拾ってきた雑種で、そのとき十三でした。

耳が遠くなっていて、呼んでも半分は振り返りません。

ただ、坂の途中で立ち止まる場所だけは、いつも同じでした。

中学校の裏門が見える、電柱の手前です。

その子がいつの間にかテツと仲良くなり、私とも言葉を交わすようになりました。

最初は「その犬、なんて名前」だけでした。

「テツ」

「鉄って書くと」

「そう」

「ふうん」

それだけの会話が、二週間ほど続きました。

ある朝、いつもより濃い霜が降りていて、テツが動きたがりませんでした。

その子は何も言わずにしゃがんで、テツの前足を両手で包みました。

そのまま、二分ほど。

「あったかいと、歩くけん」

それが、あの子が私に言った最初の長い一言でした。

※

部屋に来るようになって

それから、あの子は私の部屋に来るようになりました。

何を語るわけでもなく、テツとばかり遊んでいます。

私が本を読んでいると、床でテツの腹に頭を乗せて、ぼんやり天井を見ている。

家のことは何も聞きませんでしたし、あの子も言いませんでした。

ただ、母親が佐世保の店で働いていて、週に一度しか帰ってこないことだけは、近所の人から聞いていました。

父親は焼き物の窯の仕事を辞めて、もう何年も前に町を出ていました。

一度だけ、私は聞いてしまったことがあります。

「毎朝、遅刻するとは、なんでね」

あの子はテツの背中を撫でながら、しばらく黙っていました。

「母ちゃん、火曜の朝に帰ってくるけん」

「火曜だけね」

「うん。でも、どのバスかわからんけん」

「……それで、バス停におると」

「三本、待つ」

それで、遅刻なのでした。

火曜だけかと思って気をつけて見ていたら、あの子は毎朝バス停にいました。

火曜以外の日も、母親が気まぐれに帰ってこないかと、三本待っていたのです。

一度だけ、日曜の朝に、三人で遠くまで歩いたことがあります。

坂を下りて、川沿いに出て、焼き物の窯元が並ぶ道まで。

あの子は窯の前で足を止めて、煙突をずっと見上げていました。

「父ちゃん、ここにおったとです」

私は返す言葉を探しましたが、見つかりませんでした。

テツが先に歩き出して、あの子はそれについて行きました。

帰り道、あの子が言いました。

「テツ、もっと遠くまで行けるとかな」

「行けるよ。暖かくなったらね」

その約束は、そのとき生まれたのだと思います。

不良と呼ばれていた子が、毎朝バス停で母親を待って遅刻していた。

私はそれを、誰にも言いませんでした。

言えば、あの子が坂を下りてこなくなる気がしたからです。

朝の坂で交わす二言三言だけが、あの子の一日で唯一、誰かに咎められない時間でした。

私はその時間を、壊したくありませんでした。

さよならを言いに来た夜

二月、三月と過ぎるうちに、あの子はいよいよ荒れて、髪も明るく染めていました。

それでも私の部屋では、いつも同じ目でテツと遊び、よく笑っていました。

そんなときでした。

急に部屋に来なくなり、学校にも行っていないようで、心配していました。

すると、ある夜中に突然やって来て、さよならを言いに来た、と言うのです。

どうしたのかと聞いても、うつむいたまま答えません。

テツの頭を、いつもより長いあいだ撫でていました。

そして、帰り際に、いつものように畳の毛を集めました。

ただ、その晩だけは、ずいぶん長く集めていました。

手前から奥へ、一往復では終わらず、部屋の隅のほうまで。

私は台所で湯を沸かしながら、その背中を見ていました。

声をかけそびれたまま、あの子は玄関を出ていきました。

「暖かくなったら、遠くまでテツと散歩に行こう」

その約束だけが、部屋に残りました。

やっと暖かい春が来たのに、あの子は来ませんでした。

四月の初め、近所のおばさんが立ち話のついでに教えてくれました。

あの子が仲間と一緒に、店の物を持ち出して捕まったこと。

母親が佐世保から帰ってきて、一晩で戻っていったこと。

「あの子ねえ、悪か子やなかとよ」とおばさんは言いました。

「そればっかりは、みんな言うとよ。悪か子やなかて」

私は坂を上がって、部屋の窓を開けて、しばらく裏門のほうを見ていました。

あの晩、あの子が畳の隅まで毛を集めていたのは、行き先を知っていたからでした。

長くなると分かっていたから、多めに集めた。

私はそのことを、一年後まで知りませんでした。

何があったのだろう、と毎日思いました。

テツまで寂しそうな顔をしているように見える日が続きました。

※

テツが逝った夜

半年が過ぎ、もうすぐ一年が経とうという、まだ寒い時期でした。

いつしかあの子のことも気にしなくなっていた、ある寒い日の夜のことです。

テツが寿命を全うし、静かに眠るように逝きました。

寂しさで胸が引き裂かれそうでした。

家族同然に育った犬と別れることが、こんなにも堪えるものなのか。

何もしたくなく、何もできず、何も考えられませんでした。

その底に沈んでいたときのことです。

一年前に来なくなったあの子が、急に部屋にやって来ました。

顔つきが、以前とはまるで違っていました。

明るいというより、まっすぐな顔になっていました。

髪も黒く戻っていて、シャツが入っていました。

手の甲に、細かい擦り傷がいくつもありました。

「なんね、その手」

「土ば練りよるとです」

「窯ね」

「下働きです。まだ、運ぶだけ」

あの子は、父親がいた窯とは別の窯で、住み込みで働き始めたところでした。

紹介したのは、学園の先生だったそうです。

何があったのだろうと思いましたが、私はまず、テツのことを告げました。

あの子の顔は、笑顔から一変して、くしゃくしゃになりました。

そして、周りも気にせず、大きな声で泣きました。

中学を出たばかりの子が、床に手をついて、声を上げて泣くのです。

それを見て、私も涙が溢れました。

テツとの別れを、私と同じだけ悲しんでくれる子がいる。

よかったな、テツ。

お前のことを、こんなに想っていてくれた人がいたよ。

私とあの子は、しばらく一緒に泣いていました。

泣き止んでから、あの子は部屋を見回しました。

テツの水入れも、毛布も、まだ片づけていませんでした。

片づけられなかった、というほうが正確です。

あの子は毛布の前に膝をついて、そこに残っている毛を、いつもの手つきで集め始めました。

手前から奥へ、畳の目に沿って。

私はそれを止めませんでした。

ただ、なぜ今もそれをするのかが、そのときは分かりませんでした。

※

三か所目の施設で

どれくらい経ったのか、あの子がぽつりぽつりと語り始めました。

両親の仲が悪く、家に居たくないことから、悪い仲間と一緒になって道を外し、施設に入っていたこと。

半年で出られるはずが、親が引き取りを断ったこと。

それで、親と暮らせない子どもたちが生活する学園に移ったこと。

「そうやったとね。いろいろあったんやね」

話を聞きながら、私は最初に思った疑問を、そのまま聞いてみました。

なぜ、帰ってきてそんなに明るい顔になったのか。

多くを語る子ではありませんが、その話だけは、精一杯、私に話してくれました。

長くは居られない決まりで、三か所目の学園に移ったときのことだそうです。

そこに、四つか五つになる小さな男の子がいました。

ゆうくん、といいました。

その子が、なぜかあの子にばかり懐いたのです。

最初はどうしてよいか分からないまま過ごしていましたが、先生から言われました。

「君になついているから、お兄ちゃんみたいに世話をしてあげなさい」

「ほかのお兄ちゃんたちには懐かん子やけん、大事にしてやってね」

あの子は、そのとき初めて、ゆうくんがなぜ自分に来たのかを言われて気づいたそうです。

着いた日、荷物を出していたら、ポケットから茶色い毛が少しこぼれた。

ゆうくんがそれを見て、袖を引いた。

「いぬ、かっとると」

あの子は、はじめは違うと答えかけて、それから、うんと言ったそうです。

嘘ではありませんでした。

飼ってはいないけれど、いないわけでもない。

あの子にとって、テツはそういう犬でした。

ゆうくんは、その日から離れなくなりました。

朝は袖を、夜は裾を。

先生の話では、ゆうくんはそれまで、誰の袖も引いたことがなかったそうです。

あの子が来るまで、部屋の隅で膝を抱えて、壁のほうを向いていた子でした。

「なんで俺やったとかな、って、ずっと思うとりました」とあの子は言いました。

「いま分かると」

「はい。俺やなかとです。テツやったとです」

背中のこと

ゆうくんは、ずいぶんわがままな子だったそうです。

手を焼いていたある日、一緒に風呂に入りました。

そのとき、背中に違和感を覚えました。

同じところに、何度も繰り返してついた、古い傷の跡が並んでいたそうです。

あの子は、それを見て涙が出てきました。

こんなに小さいのに。

どれだけ痛かっただろう。

どれだけ心細かっただろう。

自分が親からされてきたことに比べたら、この子は、こんなに小さいのに。

そう考えたら、涙が幾度も流れて、止まらなくなったそうです。

ゆうくんは驚いて聞きました。

「どうしたと、お兄ちゃん」

「ゆうくん、痛かったろう」

「うんにゃー、覚えとらんよ。痛かったかどうかも覚えとらん」

それを聞いて、あの子はもっと泣いたそうです。

自分だけじゃないんだ。

自分だけが辛いんじゃないんだ。

こんなに自分の心は小さかったのか。

それからのあの子は、ゆうくんと仲良く、毎日を明るく過ごすようになったそうです。

ここまで話して、あの子は少し黙りました。

「あとで、先生に聞いたとです」

「なんて」

「覚えとらんって言いなさいって、教えとるとって」

「……先生が」

「訊かれるたんびに思い出したら、あの子が何回も痛かとになるけん」

私は、湯呑みを持つ手を止めました。

四つや五つの子が、自分を守るための言葉を、大人から先に渡されている。

それは残酷なようでいて、たぶん、いちばん優しいやり方でした。

覚えていないと言えるようにしておく。

その言葉があるあいだだけ、その子は自分の背中を見ないで済みます。

あの子は、その意味が分かった日に、もう一度泣いたのだと言いました。

「先生に、怒られんかったと」

「怒られました」

「なんて」

「訊いたらいかん、って。訊くとは、こっちが楽になりたかだけやって」

あの子は、そこで少し笑いました。

「でも、あとで言うてくれました。あんたが泣いたけん、あの子は覚えとらんて言えたとよって」

私は、その先生の顔を知りません。

けれど、その一言だけで、その人がどういう人か分かる気がしました。

※

「僕、泣かないで頑張るからね」

そして、あの子がその学園を出る日のことです。

ゆうくんが離れません。

「お兄ちゃん行かんで」

泣きながらすがりついてきます。

あの子もどうしてよいか分からず、ただその子の目を見て、抱きしめるだけでした。

すると先生が言いました。

「お兄ちゃんは、今から頑張るために行くんよ。大好きなお兄ちゃんが頑張るんやから、ゆうくんもここで頑張らんとね」

「ゆうくんが頑張れんかったら、お兄ちゃんはすごく悲しいと思うよ」

ゆうくんは涙を拭きながら、小さな声で言いました。

「僕がんばる。お兄ちゃん、僕がんばる。お兄ちゃん、僕がんばるけん」

すがりついていた手を離し、一歩下がって、最後は大きな声で言ったそうです。

「僕、泣かないで頑張るからね」

あの子は、堪えていた涙がもう我慢できなくなって、その場に崩れてしまったそうです。

「泣かないで、と言うたとです」と、あの子は私に言いました。

「泣かんで、やなかとです。泣かないで、って」

「……標準語で」

「先生が絵本ば読むとき、その言い方やったけん」

覚えたばかりの言い方で、いちばん大事なことを言おうとしたのです。

「よっしゃ、頑張ってこい」

先生の声で我に返って、その場を去ったのだそうです。

ポケットの中身

語り終えたあの子の涙は、きらきらと光っていました。

大人の自分が、こんなにも頼りないものなのかと、私は反省させられました。

それから、あの子は少しためらってから、鞄の中を探りました。

出てきたのは、しわの寄った白い封筒でした。

封はしてありません。

「これ、返します」

「……何ね」

「テツの」

封筒には、テツの毛が、一年ぶん入っていました。

あの子が畳から集めていたのは、掃除ではありませんでした。

集めた毛は、捨てられていませんでした。

「ゆうくん、いぬば見たことなかったとです」

「見たことがない」

「絵本でしか。触ったことも、なかとです」

あの子は、毎晩それを少しだけ出して、ゆうくんの手のひらに乗せていたのだそうです。

それだけで、あの子は寝るまで待てるようになったのだと。

「そんで、今日は、連れてこようと思うとったとです」

あの子が一年ぶりに私の部屋を訪ねてきたのは、思い出したからではありませんでした。

ゆうくんに、本物を見せるためでした。

あの子が泣いたのは、テツを失った悲しみだけではなかったのです。

「暖かくなったら遠くまで散歩に行こう」という約束を、あの子は破っていませんでした。

行き先が、私の思っていた場所ではなかっただけでした。

一月の、寒い夜のこと

私は封筒を、あの子の手に押し返しました。

「持っときない。ゆうくんに、まだ要るやろ」

あの子は封筒を両手で持ったまま、しばらく下を向いていました。

それから、初めて自分から、テツの座っていた畳の場所に手を置きました。

子どもたちのあいだにある信頼、出会いと別れ、そこにある人間としての愛が、こんなにも確かなものかと思いました。

親から渡されたものに、ずっとあとになって気づく話は、この世に山ほどあります。父が三十年通った店に初めて連れて行かれた夜の話もそうでした。

けれどあの晩、私は逆のことを教わりました。

渡すほうにも、渡し続ける理由が要るのだということを。

あの子は、ゆうくんに渡すために、一年、畳の毛を集めていました。

いまも、遺されたものが遅れて届く話を読むたびに、私はあの白い封筒を思い出します。

一月の朝がとても寒いとき、私はいつも、坂を下りていく背中を思い出すのです。

バスを三本待って、それでも学校へ向かった背中を。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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