とうちゃんの卵焼き

息子の遠足の弁当を、俺が作ることになった。

嫁が、下の子を産むために入院していたからだ。

飯を炊くほかは、包丁も握ったことのない男が、である。

うちは十勝の、牛を五十頭ほど飼っている酪農家だ。

親父の代からで、俺は二代目になる。

朝は三時半に起きて、四時前には牛舎の灯りをつける。

搾乳が終わるのが七時。

それから餌をやって、糞を出して、寝床の敷料を替える。

一日が始まる頃には、もう半日ぶん働いている。

そういう暮らしだから、台所は完全に嫁の領分だった。

十月の十勝は、朝がもう白い。

牛舎の戸を開けると、五十頭ぶんの息が湯気になって天井に溜まっている。

その中に、乾いた草と、少し甘い牛乳の匂いが混ざる。

外は霜で、長靴の底が畑の土を噛む。

親父が生きていた頃から、うちは同じ時間に同じことをやってきた。

牛は待ってくれない。

盆も正月も、熱があっても、搾らないという選択肢がない。

だから俺は、家の中のことを、ぜんぶ美和に預けていた。

預けている、という自覚すらなかった。

俺が触ると、物の置き場所が変わる、と言われていた。

実際その通りだった。

嫁の名前は美和という。

結婚して七年、俺は一度も弁当を作ったことがなかった。

息子は正太といって、その春に保育園の年中組に上がったばかりだった。

美和が入院したのは、十月の頭だ。

切迫早産で、そのまま帯広の病院に入ることになった。

「四十日くらいかな」

病室で、美和は自分の腹を撫でながら言った。

「あんた、正太のご飯、大丈夫?」

「なんとかなる」

なるわけがなかった。

最初の三日は、正太と二人でラーメンばかり食っていた。

四日目に、正太が味噌汁が飲みたいと言った。

出汁の取り方が分からず、鍋に味噌を直接放り込んだ。

正太は一口飲んで、黙って碗を置いた。

碗の中で、味噌の塊が浮いていた。

溶いていなかったのだ。

「おいしくない?」

「……あったかい」

四歳が気を遣っている。

その晩、俺は台所に立って、しばらく動けなかった。

調味料の瓶が、どれも同じ形で並んでいた。

どれが何なのか、ラベルを一本ずつ見ないと分からない。

七年、俺はこの棚を見ていなかった。

冷蔵庫を開けたら、扉の内側にメモが貼ってあった。

美和の字で、正太のアレルギーの薬の飲ませ方が書いてあった。

日付は、入院する前の日だった。

遠足の知らせを、正太が連絡袋から出してきたのは、その週の終わりだった。

持ち物の欄に、はっきりと書いてあった。

お弁当。

俺は、その紙を三回読み直した。

翌朝、搾乳の合間にヘルパーの島田さんに聞いた。

六十過ぎの、口の悪い人だ。

「弁当? あんた、卵も割れんくせに」

「割れます」

「殻が入るくせに」

入る。

島田さんは酪農ヘルパーで、うちの搾乳を週に二回手伝ってくれている。

親父の代からの付き合いだ。

「弁当なんてもんはな、味じゃないんだわ」

「じゃあ何なんですか」

「開けたときの顔だ」

その時は、慰めを言われたのだと思った。

遠足の翌週、島田さんが搾乳に来たとき、その話をした。

弁当箱が空だったこと、手紙のこと。

島田さんは搾乳機を付けながら、こっちを見もしないで言った。

「だから言ったべさ」

「顔だって」

「あんた、渡すときの息子の顔、見てたか」

見ていた。

重い、と言って笑った顔を。

「そんならもう、それで足りとるわ」

島田さんは、その年の暮れに膝を悪くして、ヘルパーを辞めた。

辞める前の最後の日に、うちの台所で卵焼きを一本焼いていった。

きれいに巻けていた。

「これが正解だ。けどな」

「正解が旨いとは限らんのよ」

帰りに町の書店で、弁当の本を一冊買った。

表紙に、色とりどりのおかずが詰まった写真が載っていた。

自分に作れる料理は、その本の中に一つもなかった。

それでも夜、牛舎から戻って、風呂に入る前に読んだ。

付箋を七枚貼った。

七枚のうち五枚は、卵の項目だった。

美和には、公衆電話から掛けた。

牛舎の脇の、赤い箱の電話だ。

携帯はまだ電波が届かない土地だった。

夜の九時、コードを引っ張って、扉の隙間から風が入ってくる中で掛ける。

毎晩、十円玉を六枚握って行った。

「弁当って、どうやって詰めるんだ」

美和は笑わなかった。

「ご飯を先。おかずは、汁の出るのを最後」

「卵焼きは?」

「フライパン、しっかり熱くしてから」

「あと、牛乳入れると柔らかくなるよ」

それを、俺は聞き違えた。

柔らかくなるのはいいことだと思って、牛乳をたっぷり入れた。

話が済んでも、美和はすぐには切らなかった。

毎晩そうだった。

受話器の向こうで、美和はいつも、同じ長さだけ黙ってから電話を切った。

俺は、疲れて眠いのだろうと思っていた。

「もう切るぞ」

と言うと、

「もうちょっと」

と返ってくる。

それから、また黙る。

腹の子の話でもしているのかと思って、俺は待った。

待つのは、苦ではなかった。

牛舎の電球に虫が当たる音を聞きながら、受話器を耳に当てていた。

遠足の朝は、三時に起きた。

牛より早く起きたのは、あの日が初めてだ。

搾乳を早めに済ませて、五時から台所に立った。

米は、水加減を間違えて少し柔らかかった。

卵焼きは、牛乳を入れすぎて、フライパンの上で巻けなかった。

巻こうとするたびに崩れて、最後には炒り卵のようになった。

三回作り直して、三回とも崩れた。

四回目は、崩れたまま四角い形に押し固めた。

押し固めながら、これは卵焼きではないな、と思った。

卵を焼いたもの、ではある。

それ以上のことは、何も言えない代物だった。

時計を見たら、五時四十分だった。

外はまだ暗く、牛舎のほうから、朝の一番早い牛の声が聞こえた。

唐揚げは、本の通りにやったのに、中が生だった。

切り直して、もう一度揚げた。

衣が剥がれた。

出来上がった弁当は、見るのが辛いものだった。

ご飯の上に、崩れた黄色いものと、剥げた茶色いものが載っている。

彩りのために入れたミニトマトだけが、やけに赤かった。

それでも時間だった。

「はい」

正太に渡した。

正太は弁当袋を両手で受け取って、少しだけ持ち上げて、重さを確かめるようにした。

「おもい」

「入れすぎたか」

「ううん。うれしい」

そう言って、走って行った。

園バスは、うちの前の道を七時四十分に通る。

その日は俺も見送りに出た。

いつもは美和が出ている場所だ。

バスに乗り込むとき、正太は弁当袋を胸に抱えて、両手で持ち直した。

窓際の席に座って、袋を膝の上に置いた。

バスが動き出しても、袋を抱えたままだった。

他の子は、みんなリュックを網棚に上げていた。

そのことに気づいたのは、バスが見えなくなってからだ。

道の真ん中に立ったまま、俺はしばらく牛舎に戻れなかった。

俺は牛舎に戻って、その日は敷料を二回替えた。

何かしていないと、落ち着かなかった。

その日は、初産の牛が一頭、産気づいていた。

昼前から様子がおかしくて、夕方まで付ききりになった。

生まれたのは、迎えに行く一時間前だ。

濡れた仔牛が、三十分もしないうちに立ち上がろうとする。

何度も転んで、それでも立つ。

俺は藁の上に座って、それをずっと見ていた。

獣医の先生が煙草を消しながら言った。

「初産の母牛はな、なめ方が下手なんだわ」

「けど、やめないだろ」

夕方、迎えに行った。

先生が、正太の弁当箱と、もう一つ、折り畳んだ紙を渡してきた。

「今日、正太くん、これを」

弁当箱は、軽かった。

振っても、音がしなかった。

車の中で開けたら、米粒ひとつ残っていなかった。

紙のほうを開いた。

鉛筆で、大きく書いてあった。

とうちゃん ありがとう

その下に、絵があった。

髪が三本しかなくて、腕が体から直接生えている男が、四角い箱を持っている。

胸のところに、黒い長靴が描いてあった。

俺の長靴だ。

正太は、まだ自分の名前も書けなかったはずだった。

先生が言うには、午後の外遊びの時間、正太は一人で教室に残って、ずっとこれを書いていたのだという。

「みんな外に出てるのに、いいのって聞いたら」

「かかなきゃいけないって」

先生は少し笑って、こう付け足した。

「お父さん、これ、何日か前から練習してましたよ」

「練習」

「ええ。連絡帳の裏に、同じ字がいくつも」

その連絡帳は、帰ってから見た。

裏表紙に、鉛筆の線がびっしり残っていた。

形になっていない線が、下に行くほど字になっていく。

一番下の行だけ、五文字がきちんと並んでいた。

と、う、ち、ゃ、ん。

その隣に、小さく丸が描いてあった。

花丸のつもりだったらしい。

自分で、自分に付けたのだ。

帰りの車の中で訊いた。

「腹減ってないか。何か食いに行くか」

正太はチャイルドシートの中で、しばらく考えていた。

それから言った。

「とうちゃんの、たまごやきがたべたい」

信号が青になっても、俺はしばらく発進できなかった。

後ろの軽トラにクラクションを鳴らされた。

道の両側は、刈り取りの済んだ畑だった。

遠くの防風林の上に、日が落ちかけていた。

正太はもう寝ていた。

口が半分開いていた。

その晩、俺はまた卵焼きを作った。

やっぱり巻けなかった。

正太は、崩れたのを箸で挟んで、口に入れて、笑った。

「くずれてるほうが、いっぱいある」

子どもというのは、ときどき、大人が一生かかっても言えないことを言う。

その晩、弁当箱を洗った。

隅に、卵の黄色い粒が一つだけ残っていた。

指で取って、流しに落とした。

落としてから、少し惜しいような気がした。

洗い終えた弁当箱を、伏せて置いた。

明日また使うわけでもないのに、乾かしておきたかった。

台所の窓の外は、真っ暗だった。

牛舎の常夜灯だけが、遠くで白く光っていた。

その灯りは、親父が付けたものだ。

親父は、俺の弁当を一度も作ったことがない。

作る必要がなかったからだ。

うちの母親が、毎朝四時に起きて作っていた。

俺は、それを当たり前だと思って十八まで食っていた。

一度も、礼を言わなかった。

母親は、俺が二十七の年に逝った。

弁当箱を伏せながら、そのことを思い出した。

四歳が、外遊びの時間をつぶして書いた紙のことも一緒に思い出した。

あの子は、俺が十八年かかってもできなかったことを、その日のうちにやったのだ。

下の子は、十一月の終わりに生まれた。

女の子だった。

美和が退院してきて、台所の物の置き場所が、また元に戻った。

俺の卵焼きは、それきり出番がなくなった。

美和が帰ってきた日、正太は玄関で妹の顔を見て、しばらく黙っていた。

それから、自分の弁当袋を持ってきて、赤ん坊の隣に置いた。

「これ、かして」

何に使うのかと訊いたら、

「あかちゃんのぶん」

と言った。

弁当の本は、棚の一番下で埃をかぶった。

あの手紙は、仏壇の引き出しにしまった。

それから十四年が経った。

正太は、この春に農業高校を出て、うちの牛舎に入った。

継げと言ったことは、一度もない。

高校三年の秋、進路の紙に「就農」と書いてあるのを見たときは、正直、手が止まった。

「他の道もあるぞ」

と言ったら、

「しってる」

と返ってきた。

それだけだった。

今は正太のほうが先に起きて、俺より先に牛舎の灯りをつける。

先月、その正太が、妙なことを言い出した。

「かあさんの荷物のなかに、おれの手紙、もういちまいあるって」

何のことか分からなかった。

美和に訊いたら、簞笥の奥から古い封筒を出してきた。

中に、あの日と同じ鉛筆の字で書かれた紙がもう一枚入っていた。

かあちゃん はやくかえってきて

「先生が、病院に送ってくれたの」

「あの子、あの日、二枚書いてたのよ」

俺は十四年間、一枚しか知らなかった。

封筒の表には、病院の住所が保育園の先生の字で書いてあった。

切手が、当時のままの値段で貼ってある。

美和は、その封筒を十四年、簞笥の一番下に入れていた。

「なんで見せなかった」

「見せたら、あんた泣くでしょ」

「牛舎で泣かれると困るのよ」

その晩、美和が湯呑みを両手で包んだまま言った。

「あの手紙ね、正太が一人で書いたんじゃないの」

どういう意味だと訊いた。

「電話。毎晩あんたと話した後、正太に代わってもらってたでしょ」

覚えていた。

毎晩、最後に正太が受話器を持たされていた。

「あのとき、一日にひと文字ずつ、書き方を教えてたの」

「入院してから、遠足の日まで、ちょうど三週間あったから」

美和は、病室から、電話越しに息子に字を教えていたのだ。

面会に来られない代わりに。

切迫早産の病棟は、小さい子どもは入れない。

正太は、駐車場から母親の病室の窓を見上げるだけだった。

四階の、右から三つ目。

カーテンが揺れると、正太は手を振った。

揺れているのが風なのか美和なのか、俺には分からなかった。

「なんで、そんな」

「あの子、あんたに何か言いたいのに、言い方が分からないみたいだったから」

美和は、自分の父親と長く口をきかない時期があった人だ。

若い頃に一度だけ、その話を聞いたことがある。

言いたいことがあったのに、言葉が出てこなくて、そのまま何年も過ぎたのだと言っていた。

そのことを、俺はすっかり忘れていた。

忘れていたが、美和は忘れていなかったのだろう。

「だったら、書けばいいって」

そこまで言って、美和は少し笑った。

「最初に教えたの、『ありがとう』じゃないの」

「じゃあ、何だ」

「『とうちゃん』」

息子が最初に覚えた字は、俺の呼び名だった。

受話器の向こうの沈黙のことを、俺はずっと勘違いしていた。

疲れていたのでも、電波が悪かったのでもない。

一文字を書き終える時間を、待っていたのだ。

四歳の指が、鉛筆を握り直して、線を一本引き終えるまでの時間。

美和はそれを、毎晩、黙って数えていた。

四十日ぶんの沈黙が、あの一枚の紙になった。

思い返せば、電話の最後はいつも同じだった。

「じゃあね」

と美和が言って、それから少し置いて、切れる。

あの少しの間に、四歳が一本の線を引き終えていた。

牛舎の外は、もう雪が降り始めていた頃だ。

俺は十円玉を握ったまま、その音のしない時間を、四十回聞いていたことになる。

今朝、牛舎で正太に訊いてみた。

あの手紙のこと、覚えてるかと。

正太は搾乳機を外しながら、少し考えて言った。

「あんまり。でも、たまごやきのことは、おぼえてる」

「なんで」

「くずれてたから」

それだけ言って、次の牛のところへ行った。

崩れていたから覚えている、と息子は言った。

うまく巻けた卵焼きなら、忘れていたのだろう。

下手なものほど、人の記憶に残る。

そういうふうに、この世はできているらしい。

明日は、下の子の高校の遠足だ。

弁当を作ってくれと言われた。

美和が作ればいいだろうと言ったら、娘は首を振った。

「とうちゃんの、崩れてるやつがいい」

娘は、あの日のことを何も知らない。

生まれる前の話だからだ。

それでも、崩れているやつがいい、と言った。

兄がそう言うのを、どこかで聞いていたのだろう。

話というのは、そうやって家の中を渡っていくものらしい。

仏壇の引き出しから、あの紙をもう一度出してきた。

十四年ぶんの折り目が、四本ついている。

髪の三本しかない男が、まだ四角い箱を持っていた。

台所に、卵と牛乳を出してある。

今度は、入れすぎないようにするつもりだ。

たぶん、また入れすぎる。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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