
常葉大菊川(静岡)に敗れた日、日南学園(宮崎)の左翼手・奥野竜也君(3年)は、闘病中の母に思いを託して甲子園に立った。
彼の胸の奥で燃えていたのは、家族が抱き続けた静かな祈りだった。
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竜也君が中学1年の秋、母・ゆかりさん(当時54歳)は乳がんと診断された。
「竜也には言わないで」――母はそう頼んだ。
末っ子だけは、家庭の重さを背負わせず、野球に打ち込ませたかったからだ。
父・豊一朗さん、兄・康博さん、姉・さゆりさん、そして近くに住む祖父母も、その願いを守った。
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高校に進み、日南学園の寮生活が始まっても、母は応援に駆けつけた。
月に一度の草むしりにも参加し、帽子で髪を隠し、栄養ドリンクで体を支えながら笑顔を絶やさなかった。
正月、久しぶりに帰省した竜也君が「母さんのカレーが食べたい」とねだると、母はしびれる手で包丁を握り、味覚が鈍る舌で味見を重ねた。
鍋の中には、いつもと同じ大きなジャガイモがごろごろと転がり、家じゅうにあたたかな匂いが満ちた。
「やっぱり母さんの味だ」――竜也君は、静かに笑った。
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今春、竜也君は公式戦で初めてレギュラーを掴んだ。
スタンドを見上げても、母の姿はなかった。
「都合が悪かったのかな」――そう自分に言い聞かせた。
そのころ、母の容体は悪化し、宮崎大会の開会式の前日に脳梗塞を発症。
家族は病室に寄り添いながら、彼だけには知らせなかった。
「最後の夏に集中してほしい」――その一心だった。
父は看病を選び、姉は仕事を休み、祖父母は同じ服で全試合を観戦して願掛けをした。
兄も職場に背中を押され、準決勝と決勝の応援に駆けつけた。
竜也君は、宮崎大会で打率4割4分4厘。
家族の祈りに、バットで応え続けた。
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優勝の翌日。
部長・八牧竜郎さんの助言を受け、父は寮の駐車場で真実を告げた。
「母さんは、がんで…命が危ない」
病室へ向かうと、ほとんど言葉を失っていた母が、声をふり絞った。
「がんばった…がんばった」
その一言で、胸の堰が切れた。
これまでの笑顔の裏にあった無理を思い、竜也君は肩を震わせて泣いた。
母が眠りにつくと、布団の上から保護者用の応援Tシャツをそっと掛けた。
準決勝で生涯初の本塁打を放ったボールを左手に、首元には優勝メダルを置いた。
「また一緒にグラウンドに来よう」――心の中でそう誓った。
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その四日後、母は一般病棟へ戻れた。
「もう心配はいらない。思いっきりやってこい」――父の言葉が背中を押す。
宿舎を訪れた父は、リハビリを兼ねて折り紙で「たつや」とちぎり文字を作る母の動画を見せた。
録音の「竜也、がんばれ」で、胸の奥が熱くなった。
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甲子園。
一打席目は内野安打で出塁。
六回の守備では、フェンスにぶつかりながらも飛球に食らいついた。
「必死にやってくれた」――金川豪一郎監督の言葉が、汗に混じって沁みた。
「自分の力だけじゃ、ここまで来られなかった」――その思いが、ベンチで静かに形になる。
試合後、彼は心の中でまっ先に報告した。
「母さん、がんばったよ」
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家族は、真実を隠して彼を守った。
そして彼は、グラウンドで家族を支え返した。
カレーの湯気、草むしりの土の匂い、応援Tシャツの手触り、折り紙の文字――。
すべてが一つの言葉になる。
「ありがとう。次は、もっと強くなる」
――奥野竜也君の、夏。