芋ようかんと母の手紙

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 心温まる話 |

レター

俺に言わせてください。

ありがとうって言いたいです。

いつも毒男板に来ては、煽ってばかりいた。性格の悪さを、今さらながら反省してます。

きっと俺に罰が当たったんだと思います。悪性リンパ腫。しかも、もう手遅れだって。

母さん。

マジでありがとう。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

生んでくれてありがとう。

こんな俺でも、生んでくれてありがとう。

愛情を注いでくれてありがとう。たくさん笑ってくれてありがとう。

一緒にへこんでくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。

あなたは最高の母親です。

オヤジも鼻が高いさ。

いっぱい泣きたい。

あと一ヶ月後には、あなたのいない暮らしが始まる。

俺が芋ようかん買ってきたくらいで、病院のベッドではしゃがないでよ。

顔をくしゃくしゃにして喜ばないで。食べながら泣かないでよ…

母さんが喜ぶなら、俺、芋ようかんをずっと買ってくるよ。

母さんがいなくなっても、ずっと母さんのために喜ぶことをするよ。

母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

…すいません。

今まで泣いてました。

厚かましいけど、書かせてください。お願いします。

最近はずっと起きてる。なるべく寝ないようにしてる。

寝ても二、三時間くらい。

俺の家族に残された一ヶ月、その時間を少しでも多く記憶に残したかった。

寝てしまう時間すらも惜しいんだ。

俺に何か出来ないか、俺に何か出来ないか、そればっかり考えてる。

でも、何もできないんだ。

病気の進行は残酷だ。容赦ない。

母さんの顔が薬の副作用でむくんで、髪も抜け落ちてきたとき、

「アハハ、お母さんブサイクになっちゃったわねぇ〜!」

って、母さんは元気いっぱいに笑ってみせた。

でも俺が病室を出たあと、母さんの泣き声が聞こえてきた。

俺は病院の廊下で、恥ずかしながら泣いたよ。

俺の前では、元気に振る舞っていた母さん。

それが親心だったんだと、ようやく気づいたよ。

母さん、俺バカでごめん。

俺ができることなんて、稚拙なことばかりだ。

それでも、母さんの好きな芋ようかんを買っていった。

給料日になるたび、母さんに買って帰るのが、俺の日常だった。

母さんははしゃいで、顔をくしゃくしゃにして喜んで、そして食べながら泣いた。

日常って、本当に素晴らしいものだね。

些細なことでも、キラキラしてる。

芋ようかんですら、愛しくて、ありがたくて、涙が出てしまうくらいのものだ。

これからきっと、あの和菓子屋の前を通るたび、日常を思い出して泣くだろう。

「ありがとう」って心の中で言いながら。

日常は、ほんとは眩しいくらいに美しいものなんだよ。

家族って、とてもとても眩しいものなんだ。

だから、恥ずかしくてもいい。

自分の家族に「ありがとう」って言ってやってくれ。

あたたかくて、キラキラしていて、かけがえのないものだから。

俺の中では永遠に生き続けるんだ。

母さん、ありがとう。

…もうだめだ。

スクリーンが涙で見えねぇよ。

今は、家に取りに来なきゃいけないものがあって帰ってきた。

急いでるのに、こうして書き込んでる。

病院行けよって、自分でも思う。

でも…

母さん、死んじゃった。

朝に死ぬなんて、本当に母さんらしいね。

ほんっと、人騒がせな親だよなァ。

ねぇ、母さん。

死んだら芋ようかん食べられないよ?

死んだら、もう買っていってあげられないよ?

なんでそんな急に…

医者はあと一ヶ月あるって言ってたのに。

一ヶ月、芋ようかん食べられたのにね。俺が買っていってあげたのにね。

棺おけに芋ようかんなんか、入れたくないよ。

買って行くから、また食べてよ。

また笑ってよ。

また俺の名前、呼んでよ…

最初は涙なんか出なかった。

親戚や友達に連絡して、通夜の準備に追われた。

涙を流す暇なんてなかった。

オヤジも姉ちゃんも、同じだった。

でも、一度家に帰ったとき、三人で夕飯を食べた。

ハンバーグだった。

オヤジが言った。

「うまくないなぁ…か…」

その瞬間、言葉を詰まらせて、子供みたいに泣き出した。

俺はすぐ分かった。

その「か…」のあとに続く言葉が分かった。

「母さん」だ。

「うまくないなぁ、母さん」って、言いかけたんだ。

オヤジと母さんは、よく食べ歩きが好きだった。

「うまいもんがある」と聞けば、すぐに俺と姉ちゃんを連れて行ってくれた。

俺は黙ってた。姉ちゃんも黙ってた。

しゃべったら泣き崩れそうだったから。

その夕方も、むしむしと暑くて、地元のスーパーには主婦がたくさんいた。

その中に母さんがいるんじゃないかって、バカみたいに探してしまった。

「アツシ、トウモロコシ買ってきたから茹でてあげるからね〜!」

一昨年の夏、母さんが笑って言ってた顔を思い出した。

暑い夏のリビングで、だらしなくトウモロコシ食べてる俺に、

「行儀悪い!」って笑いながら怒る声が聞きたかった。

そういうのが、小さな幸せっていうんだよね。

でも、小さすぎて、当たり前すぎて、見えないんだよ。

いなくなって、初めて分かる。

ビー玉みたいに、いろんな色があって、キラキラしてるって。

もう、今日でここに書くのは最後にするよ。

みんなも、きっと辛いことを乗り越えてきたんだよね。

だから俺だけ、いつまでも弱くてはいけない。

でも今だけ、俺の弱さを許してほしい。

昨日の今日じゃ、強くなれない。悲しすぎるよ。

オヤジが封筒を渡してきた。

「葬式までに必ず読んでおけ」って。

中身は知らないって言ってた。

姉ちゃんの分もあるってことは、母さんからのものだって、すぐに分かった。

封筒の中には、母さんの手紙があった。

手が震えて読めなかった。

今も涙が止まらない。

誰かに聞いてほしくて、ここに書いてるんだと思う。

手紙には、

「アツシへ

お母さんがこんな手紙を書くことなんてなかったから、きっとびっくりしているでしょう。

アツシも知っている通り、お母さんの余命はあと三ヶ月くらいなんだってね。

今のお医者さんはすごいね。余命をはっきり伝えてくれるんだもんね。

時代は変わったね。

お母さんがお婆ちゃんを亡くしたときは、ずっと隠されてたのに。

でも、こっちの方がスッキリしていていいかもね。

お母さんはね、もっとアツシとナミを見ていたかったんだ。

本当に残念だけど…ごめんね。

あと三ヶ月しか見られないなんて、さみしいなあ。

アツシ、旅行に連れて行ってくれるって言ってたよね。

お母さん、北海道がいいな。

家族で、美味しいものを食べに行きたいんだ。

それから、小樽にも行ってみたいな。

アツシ、お母さん頑張って元気になるから、そのときは北海道旅行、よろしくね。

あなたは家族思いの良い子です。

言葉遣いは少し悪いけど、それが照れ隠しだって、お母さんはちゃんとわかってるよ。

だてに23年間も育ててきたわけじゃないんだからね。

アツシとナミは、私たちの自慢の子供です。

あなたも、いつか親になったときにきっとわかると思うよ。

自分の子供が、どれほど可愛くて仕方ない存在かってことを。

お父さんが一生懸命働くのも、お母さんがご飯を一生懸命作るのも、

あなたたちが愛おしくて、大切だからなんだよ。

あなたたちと一緒に、幸せを築きたかったから。

それが親心なんだよ。

アツシも、きっといつかその意味をわかってくれるはずです。

でもね、お母さん、子供孝行できたかなって、ちょっと自信ないんだ。

あと三ヶ月で何ができるかなって考えても、バカなお母さんには答えが見つからなくてね。

ごめんね。

だから、この手紙は謝るために書いています。

無責任なお母さんでごめんなさい。

アツシ、お母さんの子供で、幸せでしたか?

お母さん、自信ないなあ。頑張ってきたつもりだけど、うまくできたかはわからないんだ。

この手紙を読んだら、素直に教えてください。

お母さんの息子で幸せだったか、って。

もし幸せだったなら、お母さん、もっともっと頑張れる気がするの。

もし幸せじゃなかったとしても、それでもお母さん、頑張っちゃうからね。

だって、大好きなあなたたちのためだから。

お母さん、エイエイオーって、頑張るよ。

あなたたちを授かって、本当によかった。

お母さんは、幸せ者だよ。

幸せすぎるくらい。

あ、しつこいけど、お母さんは夏に北海道へ行きたいな。

家族みんなで行こうよ。

きっと、いいところだよ。

美味しいものを、たくさん食べようね。

アツシの運転する車で、家族四人で北海道をぐるぐる回るんだ。

ね、素敵でしょう?

期待してるよ、アツシ。

ナミには、別のことを頼んであるから、一人だけの手柄にしないように!

家族四人で、夏に北海道行こうね。お母さん、頑張るから。

字が汚くてごめんね。

お父さんも、ナミも、アツシも。

お母さんは、みんなを心から愛しているよ。

幸せだったよ。

アツシのお母さんより

と、書いてあった。

これで最後です。

俺には、忘れてはいけないことがあります。

俺が自己満足で書き込んで。

それに対しての温かい言葉や、時に鋭い煽り。

すべてに、ありがとうと言いたいです。

みんな、本当にありがとう。

母さんを、北海道に連れていけなかったことが、今も悔しくてたまりません。

そして、弱い俺は、涙を止めることができずにいます。

どうか、家族を大切にしてください。

どうか、愛情を素直に受け取ってください。

どうか、小さな幸せを見逃さずにいてください。

恥ずかしがらずに、「ありがとう」と伝えてください。

俺は、みんなに感謝しています。

みんなの優しさに、ただただ感謝です。

夏が過ぎて、秋になって、冬になって。

季節は巡っていきます。

そのなかでの「ありがとう」って、きっと誰にでもあるはずなんです。

素直に「ありがとう」と言えることは、ほんとうに素晴らしいことなんです。

涙があふれるほどに、美しいことなんです。

みんな、ありがとう。

母さん、ありがとう。

今日は、ろうそくを絶やさないように、寝ずの番です。

遺影の母さんは、笑っています。

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