彼が残した黒い箱

公開日: ちょっと切ない話 | 恋愛

指輪

年下の彼氏がいた。

私が三十歳で、彼は二十二歳。

大学生だった彼は、社会人の私にどこか遠慮があるようで、付き合って三年が経っても、将来の話なんて一度もしたことがなかった。

それでも、穏やかで楽しい日々だった。
お互いの部屋で食事を作り合い、映画を観て、くだらないことで笑った。

そんな彼も、卒業の年を迎え、社会人一年生になった。

ある夜、彼はいつになく真剣な表情で私を見つめて言った。

「結婚してほしい。今すぐじゃなくていい。出世して、そこそこの生活ができるくらい給料がもらえるようになったら。」

「入社したばっかりなのに?」

私は冗談めかしてからかった。
でも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

その約束は、私にとって初めて見る未来の光のようだった。

それから八か月後。

夜中、県外の取引先から自宅に帰る途中で、彼は交通事故に遭った。
あまりにも突然で、信じられなかった。

彼の両親は遠くに住んでいて、代わりに私が彼の会社へ荷物を取りに行った。
段ボールに詰められた荷物を自分の部屋に運び、ひとつずつ整理していく。

仕事用の書類、名刺、パソコン。
その中に、黒い小さな箱があった。

震える手で開けると、そこにはダイヤの指輪が入っていた。

指に通してみると、ぴったりだった。

『入社したばっかで、私を養うなんてまだまだ時間が必要だったくせに……気が早いんだよ、ばーか。』

声に出した途端、堰を切ったように涙があふれた。

あれから四年。

私は三十四歳になった。
両親は「そろそろ結婚を」と勧めてくる。

でも、私は首を横に振る。

なんでって?
私は、あの人ともう結婚してるつもりだから。

最後に。
ずっと言いそびれてたけど――指輪、ありがとう。

ちゃんと、大切にしてるよ。

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