角ばった値札は下の段にあった

結婚指輪(フリー写真)

いしばし商店の棚には、手書きの値札が並んでいました。

丸い字で書かれたものと、角ばった字で書かれたもの。

店の値札には、丸い字と、角ばった字の二種類がありました。

子どもの頃の私は、それを不思議とも思っていませんでした。

おばさんが忙しいときに、誰かが手伝って書いたのだろう。

そのくらいに考えて、二十年が過ぎました。

角ばった値札の意味を知ったのは、私が三十を越えてからです。

いしばし商店は、駅から坂を下りた四つ角にありました。

雑貨から野菜まで何でも置いてある、ミニスーパーのような店です。

朝の六時に雨戸を開け、夜の九時まで、年中無休で開いていました。

店を切り盛りしていたのが、いしばしのおばさんです。

夫のおじさんは、町の土建屋の事務をしていました。

背の低い、無口な人でした。

夫婦には子どもがいませんでした。

そのせいか、私は小さい頃からずいぶん可愛がってもらったのです。

学校帰りにレジの横の丸椅子に座って、宿題をしたこともあります。

おばさんは、客が来るたびに手を止めて、私の字を覗き込みました。

「その漢字、上と下が離れすぎ」

「うるさいなあ」

「値札と同じよ。離れてると、遠くから読めんの」

おばさんの書く数字は、いつも丸くてふくらんでいました。

遠くからでも、たしかによく見えました。

私はいま、その坂の途中にあるビルで働いています。

昼休みに窓から見下ろすと、四つ角の跡地が見えます。

いしばし商店の建物は、去年とうとう取り壊されました。

更地になってみると、あの店がずいぶん小さかったことが分かります。

間口は、車が二台並ぶほどしかありませんでした。

あの狭さの中に、棚が七本も入っていたのです。

私が覚えているのは、店の広さではなく、棚の高さでした。

手を伸ばしても届かない上の段と、しゃがまないと見えない下の段。

その二つの高さのことを、私はずっとあとになって考えるようになりました。

丸い字と角ばった字

店の棚は、床から天井近くまでありました。

いちばん上には乾物の袋、目の高さには菓子と缶詰。

いちばん下の段には、米や醤油や洗剤の、重たいものが並んでいました。

背の高くないおばさんは、上の段に踏み台を使っていました。

下の段については、私は何も考えたことがありません。

店の奥には、みかん箱を伏せた小さな台がありました。

おばさんはそこで伝票を書き、店番をしながら煮物の火加減を見ます。

おじさんは、夕方に帰ってくると、その台の前を素通りしていきました。

「ただいま」も言わない人です。

黙って裏口から入り、黙って作業着のまま裏へ出ていきます。

私はそれを、仲の悪い夫婦のかたちだと思っていました。

「おじさん、なんでしゃべらんの」

一度、そう聞いたことがあります。

おばさんは笑って答えました。

「あの人はな、口より先に手が動くだけよ」

そのときは、慰めの言い方だと思って聞き流しました。

おじさんの勤め先は、川沿いの土建屋でした。

事務所はプレハブで、夏は扇風機が一台だけ回っています。

中学の頃、忘れ物を届けに行ったことがありました。

扉を開けると、おじさんが机で伝票を書いていました。

定規を当てて、数字を一文字ずつ書いています。

「そんなに丁寧に書くの」

「あとで読む人がおるからな」

おじさんの答えは、いつもそれだけでした。

机の脇には、現場で使う薄い板が何枚か立てかけてありました。

書きものをするときの下敷きにするのだ、と教えてもらいました。

私はそのとき、その板が何に使われているかを知りませんでした。

事務所を出るとき、若い社員さんが笑って言いました。

「石橋さん、毎日いちばん最後に帰るんだよ」

夕方に帰ると聞いていたので、私は少し驚きました。

あとで考えれば、おじさんは会社を出たあと、店の裏へ回っていたのです。

おばさんは、結婚してからの三十年を、ほとんど店の中で過ごした人でした。

旅行にも行かず、正月の三日だけ店を閉めます。

その三日も、結局は棚の掃除で終わるのだそうです。

「うちは、亭主に何もしてやれんかった」

おばさんは、よくそう言っていました。

洗濯物は溜まる。掃除も毎日はできない。

休みの日を、二人で過ごしたこともほとんどない。

「申し訳ないと思うとるよ。ずっとな」

私には、その気持ちが少しも分かりませんでした。

働いている人が、なぜ謝らなければならないのか。

子どもの私には、そこがどうしても飲み込めなかったのです。

二十一時の冷めた汁

店を閉めるのは、夜の九時でした。

そこから片づけをして、二階の居間に上がるのが九時半。

夕飯の膳が並ぶのは、十時近くになることもありました。

おじさんが会社から帰るのは、たいてい七時です。

つまりおじさんは、毎晩三時間、何も食べずに待っていたことになります。

「コンビニがあるから、大丈夫だ」

おじさんは、そう言っていたそうです。

おばさんは、その言葉を聞くたびに肩を落としました。

「こんな家に、よう我慢しとるわ」

私が高校生の頃、店の二階に上がらせてもらったことがあります。

卓袱台の上に、汁椀が伏せて置かれていました。

おばさんが上がってくるまで、おじさんは椀に蓋をして待つのです。

「冷めるのに」

私が言うと、おばさんは首を振りました。

「冷めるのはええの。埃が入るのが嫌なんやて」

その理屈が、当時の私にはよく分かりませんでした。

おばさんの手は、年中荒れていました。

指の関節が太くて、爪は短く切りそろえてあります。

冬になると、絆創膏がどこかに巻かれていました。

「野菜が冷たいからな」

おばさんはそう言って、笑って済ませます。

朝の六時、雨戸を開ける音で、近所の犬が吠えました。

その音を聞いて起きる人が、この町には何人もいたのです。

常連のおばあさんが、よく言っていました。

「いしばしさんが開くから、うちは時計がいらんの」

店は、ただ物を売る場所ではありませんでした。

薬の袋を預かったり、子どもを座らせておいたりもします。

おばさんは、レジの横の丸椅子を、誰にでも譲りました。

自分は最後まで、立ったままでした。

ただ、伏せられた椀の底が、電灯の下でつやつやと光っていたのは覚えています。

夫婦のことは、外から見ても分からないものです。

二つの指輪という話を読んだとき、私はいしばしの二階を思い出しました。

言葉にならないものが、物のほうに溜まっていくのだと思います。

その年の秋、おばさんが倒れました。

長年の疲れが出たのだ、と医者に言われたそうです。

一週間の入院が決まりました。

私が見舞いに行くと、おばさんはベッドの上で店の心配ばかりしていました。

「今日は大根が安い日やのに」

「もう、休みなさいよ」

「あの人の弁当も作れんし。迷惑ばっかりかけとる」

病室の窓から、町の屋根が見えました。

その中に、いしばし商店の青いトタン屋根がありました。

「屋根の色、あれくらいがちょうどええんよ」

おばさんは、窓の外を指さして言いました。

「遠くからでも、うちやって分かるでしょう」

そう言いながら、点滴の管を気にしていました。

私は、あの屋根を塗ったのが誰なのかを聞きませんでした。

聞かなくても、答えは分かる気がしたからです。

病室で聞いたラジオ

おばさんが入院して四日目のことです。

おじさんの会社に、ラジオの取材が来ると聞きました。

夕方のローカル番組の、会社対抗クイズというコーナーです。

私は前の日にそれを知って、翌日、小さなラジオを持って病院へ行きました。

「おじさんの会社、出るんだって」

「あの人が。しゃべらんのに」

おばさんは笑いました。

「まあ、聞いてみるか」

休憩室のような場所で、私たちは二人でラジオを聞きました。

放送は、思ったよりにぎやかでした。

クイズそのものに、おじさんは出てきません。

社員が三人ずつ組になって、早押しで答えていくのです。

やがて、司会のアナウンサーが雑談を始めました。

話の流れで、こんな質問になりました。

「奥さんに点数をつけるなら、何点ですか」

最初に答えた男性は、笑いながら言いました。

「結婚してから二十キロ増えたから、五十点」

次の人は、料理が下手だから四十点、と言いました。

休憩室に、他の患者さんの笑い声も聞こえてきます。

私は、少しまずいなと思い始めました。

おばさんは、膝の上で手を組んだまま、じっと黙っていました。

そのうち、アナウンサーが作業服のネームを読み上げたのです。

「石橋さん。奥さんに点数をつけるなら、何点ですか」

おばさんが、小さな声で先に言いました。

「二十点」

その直後でした。

ラジオの中で、おじさんの声がしました。

「九十八点。……だな」

少しの間があって、こう続きました。

「あれでなきゃ、わしの嫁は無理だ」

スタジオが、どっと沸きました。

私はおばさんのほうを見ました。

おばさんは、両手で顔をおおって泣いていました。

声を出さずに、肩だけを震わせていました。

放送はそのあと、すぐに次のコーナーへ移りました。

私はラジオの音量を下げて、おばさんの背中をさすりました。

しばらくして、おばさんは顔を上げました。

目のふちが赤いのに、口元は笑っています。

「あの人、点数のこと分かっとらんわ」

「なんで」

「百点満点やのに、九十八しか言わんのやもん」

そのときの私は、照れ隠しの二点だろうと思いました。

看護師さんが様子を見に来て、何も聞かずに毛布を掛け直してくれました。

廊下には、夕方の放送の続きが小さく流れていました。

おばさんはその夜、久しぶりによく眠ったそうです。

角ばった値札の段

おばさんは、一週間で退院しました。

そのあと一か月ほど、私は店の手伝いに入ることになりました。

夕方の二時間だけ、レジに立つのです。

棚の整理をしていて、私は妙なことに気づきました。

角ばった値札は、どれも、いちばん下の段にだけ並んでいました。

米袋、醤油、洗剤、砂糖。

重たいものが置かれている段です。

目の高さの棚は、全部おばさんの丸い字でした。

「おばさん、下の段のこれ、誰が書いとるの」

私が聞くと、おばさんは棚を見て、少し考える顔をしました。

「知らん。気がついたら書いてあるんよ」

その日の夜、私は店の裏へ回ってみました。

裏口の脇に、電球がひとつ灯っています。

その下に、おじさんが座っていました。

作業着のまま、段ボールを開けて中身を出しています。

膝の上に薄い板を置き、そこにマジックで数字を書いていました。

角ばった、定規で引いたような数字です。

「おじさん」

私が声をかけると、おじさんは顔を上げずに言いました。

「ああ」

「それ、毎日やっとるの」

「重いのは、わしのほうが早い」

それだけでした。

おじさんは、値札を書いた札を口にくわえ、米袋を抱えて店の中へ入っていきます。

私は、そのうしろ姿を見ていました。

おじさんの手元を、私はしばらく見ていました。

膝に乗せた板は、事務所にあったあの下敷きでした。

板の端が、握るところだけ黒く光っています。

何年も持ち替えてきた跡だと、すぐに分かりました。

「その板、会社のやんか」

「もらった。捨てるやつやから」

おじさんは、札を書き終えると、指の腹でインクを撫でました。

乾いたのを確かめてから、口にくわえるのです。

手が両方ふさがるからだ、と気づいたのは後のことでした。

おじさんは、下の段の前でしゃがみ、膝をついて、一枚ずつ札を差していました。

夜の九時まで、店は開いています。

その時間に、おじさんはいつも裏にいたのです。

手伝いに入って三日目に、雨が降りました。

裏口の土間が濡れて、段ボールの底が抜けやすくなります。

私は米袋をひとつ運ぼうとして、腰を痛めかけました。

十キロの袋が、想像よりずっと重いのです。

その日の夜、下の段の米はきちんと並んでいました。

誰が並べたのかは、聞くまでもありませんでした。

私は、角ばった値札の一枚を裏返してみました。

裏には、鉛筆で小さく日付が書いてあります。

二年も前の日付でした。

書き直すのではなく、値が変わった分だけ新しい札を作っていたのです。

古い札は、みかん箱の中に束ねてしまってありました。

束は、輪ゴムで年ごとに分けられていました。

手伝いの最後の週、おばさんが店番を私に任せて買い出しに出ました。

その一時間だけ、私はひとりでレジに立ちました。

夕方の客は、みんな下の段のものを買っていきます。

米、醤油、味噌、洗剤。

重たいものを買う人ほど、しゃがむのがつらい年齢の人でした。

私は、手前に傾けて差された値札の角度を、そのとき初めて見たのです。

立ったままで、数字が読めます。

傾きは、どの札もほとんど同じでした。

偶然そうなるはずのない角度です。

おばさんが帰ってきて、私は思わず聞いてしまいました。

「下の段の札、傾いとるの気づいとった」

おばさんは、棚をちらりと見て、それから首をかしげました。

「昔からああやで。うちの棚はそういうもんやと思うとった」

その答えを聞いて、私は少しだけ胸が苦しくなりました。

三十年、当たり前として過ぎたものが、この棚には積もっていたのです。

店の裏の踏み台

裏口の脇には、木の踏み台が置いてありました。

おばさんが上の段を取るときに使う、あの踏み台です。

脚のところが、片側だけ削れて低くなっていました。

「これ、壊れとるの」

私が言うと、おじさんは首を振りました。

「削った。水はけの土間が傾いとるから」

そういうことを、この人はひとつも言わないのです。

私は、思い切って聞いてみました。

「ラジオ、聞いたよ。九十八点」

おじさんは、段ボールを畳む手を止めました。

それから、少しだけ困ったような顔をしました。

「あれは、言い過ぎた」

「百点じゃないの」

おじさんは、下の段のほうを見て言いました。

「残りの二点は、わしが屈まんと届かん段のぶんだ」

おじさんは、自分が届かなかった二点を、ずっと数えていたのです。

「おばさんに言ったら」

「言わん」

おじさんは、畳んだ段ボールを紐で縛りました。

「言うたら、あれが休まんようになる」

翌朝、私は店の下の段を見に行きました。

角ばった数字の値札が、きれいに同じ高さで並んでいます。

どれも、少しだけ手前に傾けて差してありました。

しゃがまなくても読めるようにです。

おばさんは、その札を一度も直しませんでした。

それから十年近く、店は同じように開いていました。

おじさんが会社を退いてからは、二人で棚に立つようになりました。

店を畳むと決まった日、私は片づけを手伝いに行きました。

棚を外すと、壁に日焼けの跡が残っています。

その跡を見て、おばさんが言いました。

「下の段だけ、日が当たっとらんかったんやね」

おじさんは、何も言わずに踏み台を軽トラックへ運びました。

脚の片側が削れた、あの踏み台です。

「それ、持って帰るの」

「土間が傾いとらん家に置いたら、がたつくけどな」

おばさんが、そのとき初めて声を出して笑いました。

新しい一年目という話に、夫婦は同じ景色を別の高さから見ている、という一文があります。

いしばし商店の棚も、そうだったのだと思います。

上の段はおばさんの字で、下の段はおじさんの字でした。

二人ぶんで、ようやく店がひとつになっていたのです。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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