一生忘れない結婚式

夏みかんは、中身を先に出す。

親指を皮の縁に入れて、袋ごとそっくり抜いて、丸いかたちだけを残す。

それから水に晒して、蜜で炊いて、最後に羊羹を流し込む。

私がこの仕事でいちばん最初に教わったのは、味でも火加減でもなく、その順番だった。

「空にしてからやないと、何も入らんのよ」

教えてくれた人の声は、二十年以上経った今でも、そのままの調子で出てくる。

藤野ミヨさん。

萩の、土塀のつづく川沿いの道にあった、小さな菓子屋の奥さんだった。

私がミヨさんに教わったのは、二年と少しだけだ。

それなのに、私の手はいまだに、あの人の手つきを真似ている。

昭和の終わりに高校を出て、私はそのまま橙屋に住み込んだ。

勉強がまるで続かなかった私に、担任が「手を使う仕事を探せ」と言ったのが始まりだった。

面接らしい面接はなかった。

工房の戸を引いたら、ミヨさんは振り向きもせずに言った。

「そこの前掛け、締めてみんさい」

結び目が斜めになって、それを見て笑われた。

それだけで、次の日から私はこの家の人間になった。

はじめて包丁を持たされたのは、住み込んで四日目だった。

皮の縁に親指を入れて、袋を抜く。

それだけのことが、どうしてもできなかった。

私が破るたび、ミヨさんは黙って新しい玉を寄越した。

十七個目で、ようやく丸いままの皮がひとつ残った。

「上手やない」

「けど、破らんかった」

それが、あの人が私にくれた最初の言葉らしい言葉だった。

工房は西向きで、午後になると床の一枚板が飴色に光った。

皮を煮る鍋の湯気に、柑橘の匂いと、砂糖が焦げる寸前の匂いが混ざる。

あの匂いを、私は今でも一日の真ん中の匂いだと思っている。

ミヨさんの手は、指の腹が黄色く染まっていた。

洗っても落ちないのだと、あとで自分の手を見て知った。

作業中は音を立てない人で、包丁も鍋も、あの人が使うと静かだった。

だから、外の音がよく入ってきた。

川の水の音、自転車のベル、隣の乾物屋の奥さんが誰かを呼ぶ声。

工房の一日は、その音の順番でできていた。

ミヨさんの旦那さんの正一さんは、山手の段畑で夏みかんを作っていた。

暗いうちに軽トラで上がって、昼前に籠を三つ積んで下りてくる。

工房の裏に籠を置いて、水を一杯飲んで、また出て行く。

夫婦が話しているところを、私は最初の半年、ほとんど見た覚えがない。

用があるときは、正一さんは私に言った。

「七重ちゃん、明日は上のほうの木から採るけえ、玉が小そうなる言うといて」

私が伝えると、ミヨさんは鍋のほうを向いたまま、うん、と言う。

それで用は済んでいた。

久実ちゃんは当時三つで、工房の隅に座って、切り落とした皮の端を並べて遊んでいた。

並べ方に決まりがあるらしく、崩すと本気で怒った。

ミヨさんは怒られながら、久実ちゃんの前にだけ、蜜を吸わせた皮を一切れ置いた。

「これは味見の人の分」

久実ちゃんは自分の役目を疑わずに、毎日その一切れを食べた。

あるとき、久実ちゃんがその一切れを口に入れずに、指でつまんだまま外へ出て行った。

追いかけると、裏の石段に座って、蟻の行列の前にそれを置いていた。

ミヨさんは戸口から見ていて、私に何も言うなという顔をした。

そして久実ちゃんが戻ってくると、何事もなかったように、もう一切れ皿に置いた。

「味見の人は、忙しいけえのう」

ミヨさんは、皮を晒す水を、いつも一晩より少しだけ早く上げた。

夜中の二時ごろ、井戸端で桶の縁が石にあたる音がして、それで私はよく目が覚めた。

一度、なぜ朝まで待たないのかと訊いたことがある。

ミヨさんは桶を傾けたまま、こちらを見ずに答えた。

「苦みを、少うし残しとかんとね」

「甘いだけのもんは、日持ちせんのよ」

そのときの私は、菓子の日持ちの話として聞いていた。

工房の棚のいちばん奥に、菓子の空き箱がひとつ置いてあった。

中にはカセットテープが何本か立てて入っていて、いちばん手前の一本だけ、貼り紙のラベルの端が剝がれかけていた。

名前の下半分だけが残っていて、私は勝手に、久実ちゃんの名前だと思い込んでいた。

母親が幼い娘に何か吹き込んで残す。

そういう話は、当時の私でも聞いたことがあった。

だから、それ以上は考えなかった。

ミヨさんが工房に立てなくなったのは、私が二十歳になった年の秋だった。

はじめは腕が上がらないという話で、次に、鍋の前に長く立てないという話になった。

それでも晒しの桶だけは、最後の月まで自分で上げていた。

上げられなくなった晩、ミヨさんは布団の中から私を呼んだ。

「今日から、あんたが上げるんよ」

「一晩、待たんでええけえね」

私は返事をして、それから台所で一人になって、蛇口の水をずっと出しっぱなしにしていた。

その秋の終わりに、正一さんが押入れから古いラジカセを出してきた。

晩ごはんのあと、ミヨさんは奥の六畳でそれに向かって話していた。

襖は閉まっていて、私は廊下で洗濯物をたたんでいた。

声はよく聞こえなかった。

時々、笑い声だけが襖を抜けてきて、そのあとに長い間があった。

何度も録り直しているのは、テープの巻き戻る音でわかった。

三日ほど続いて、それきりラジカセは棚の奥にしまわれた。

あとから思えば、あの三晩でミヨさんは、自分がもう畑にも工房にも戻れないことを、はっきり決めたのだと思う。

翌日から、あの人は私に炊き上げの見極めを教えはじめた。

鍋の縁に上がる泡の、大きさと消えかたの話だ。

「音で覚えんさい」

「目は、そのうち効かんようになるけえ」

布団の中から、鍋の音だけを聞いて、火を落とせと言う日もあった。

私が落とすと、少し間があって、うん、と聞こえた。

ミヨさんは、しまう前に、テープを一本だけ正一さんの手に載せた。

「久実が嫁に行く日に、いっしょに聞いてください」

正一さんは受け取って、何も言わずに前掛けのポケットに入れた。

それが、私が見た最後の、夫婦のやりとりだった。

ミヨさんがいなくなった年の冬、正一さんは段畑を売る話を進めていた。

仲介の人が二度、店の座敷に上がった。

三つの久実ちゃんを抱えて畑と店の両方は無理だと、周りもそう言った。

私は台所で湯呑みを洗いながら、ずっと手を止めていた。

三度目に仲介の人が来た日、私は座敷の襖を開けて、正一さんの前に座った。

「店は、私にさせてください」

言ってしまってから、自分の声がひどく震えているのに気がついた。

正一さんは長いこと畳を見ていた。

それから、湯呑みを両手で持ったまま言った。

「七重ちゃん、あんた、まだ二十歳じゃろう」

「そうです」

「……ほうか」

畑の話は、その日でいったん止まった。

正一さんは翌朝も暗いうちに軽トラを出して、昼前に籠を三つ置いて行った。

それから二十年、その籠は一日も途切れなかった。

久実ちゃんが中学に上がった年、一度だけ大喧嘩をしたことがある。

父親の作った弁当が恥ずかしいと言って、丸ごと持ち帰ってきた日だ。

正一さんは何も言わずに、その弁当を自分で食べた。

翌朝から、弁当の包みは紺の風呂敷から、無地の巾着に変わった。

それだけの返事だった。

久実ちゃんは高校を出るまで、その巾着を使い続けた。

私はずっと、正一さんが娘のために畑を守ったのだと思っていた。

毎年、ミヨさんの命日には、正一さんが私を段畑まで連れて上がった。

墓には行かず、畑の南の端の、いちばん古い木の下に立つ。

何をするでもなく、二人でしばらく海のほうを見る。

「この木がいちばん酸いんよ」

「じゃけえ、丸漬けにするんは、これがええ」

毎年、同じことを言った。

私も毎年、はじめて聞いたような顔で聞いた。

久実ちゃんが嫁に行ったのは、平成八年の秋だった。

その年の夏、久実ちゃんが婚約者を連れて工房へ挨拶に来た。

帰りぎわ、彼を先に表へ出して、久実ちゃんだけが作業台のところに残った。

「七重さん」

「お母さんの声って、どんなんじゃった?」

手が止まった。

三つで別れた人の声を、覚えているはずがない。

私は湯気の向こうで、しばらく言葉を探した。

「低うはないよ」

「怒っとるときだけ、ちょっと低うなる」

久実ちゃんは笑って、そう、とだけ言って出て行った。

その夜、私は棚の奥の菓子箱を出して、ラベルの剝がれたテープを長いこと眺めていた。

聞いてしまえばいいのに、と思った。

それでも私は箱の蓋を閉めて、元の場所に戻した。

あれは、私が聞いていいものではなかった。

式場は湊の見えるホテルで、大きな窓の向こうに、朝から白い船が一隻ずっと停まっていた。

披露宴の相談で、久実ちゃんはテープを流したいと言った。

正一さんは渋った。

「あの日のことは、思い出したないんよ」

「みんながおってくれる日なら、こわうないよ」

久実ちゃんはそう言って、司会の人に頭を下げた。

私は末席のほうの、商店街の人たちのテーブルに座っていた。

控室で、久実ちゃんの白無垢の袖を直しながら、私は妙に落ち着かなかった。

あの箱の蓋を開けなかった二十年が、今日ぜんぶ開くのだと思うと、指先が冷えた。

久実ちゃんは鏡のほうを見たまま言った。

「七重さん、手、冷たいよ」

「そりゃあ、水仕事じゃけえ」

嘘だった。

隣は魚屋の重雄さんで、乾杯のあとからずっと機嫌よくしゃべっていた。

「七重ちゃん、あんた泣くんじゃろう」

「泣きません」

「賭けようや」

そういう軽口の途中で、照明が落ちて、テープが回りはじめた。

スピーカーから、まず紙の擦れるような音がした。

それから、ミヨさんの声がした。

「久実、おめでとう」

会場が少しざわついて、すぐに静かになった。

「あんた、何歳で嫁に行ったんかね」

「お母さんは、二十四やったよ」

「あんまり早う行きなさんな、言うといたのに」

あちこちで笑いが起きた。

声は思ったより明るくて、私が覚えているミヨさんより、少しだけ高かった。

久実ちゃんの小さいころの話が続いた。

皮を並べて遊んでいたこと、味見の一切れをいつも最後まで残していたこと。

「あんたは、好きなもんを後に取っとく子でね」

「そういう子は、ええ嫁さんになるんよ」

新郎のご家族のテーブルからも、笑い声が上がった。

五分ほど話して、ミヨさんの声が少し途切れがちになった。

言葉を探しているのが、間の長さでわかった。

そろそろ終わりだと、会場の空気がゆるみかけた。

「ほんで、最後に」

また、間があいた。

「正一さん」

名前が呼ばれた瞬間に、会場の音が一段落ちた。

「久実を、ここまで、よう連れてきてくれました」

「あんたは何にも言わん人やけど、私は、それでよかったです」

「お腹の出た正一さんも、頭の寂しゅうなった正一さんも、好きです」

「おじいさんになった正一さんも、たぶん、好きですよ」

少しだけ笑って、それから、テープはぷつりと終わった。

高砂のほうから、椅子の脚が畳をこする音がした。

正一さんがテーブルに突っ伏していた。

口を手のひらで塞いでいるのに、それでも音が漏れていた。

久実ちゃんが裾を持ち上げて駆け寄って、父親の背中に覆いかぶさるようにして泣いた。

新郎さんが、どうしていいかわからないまま、白い手袋の手を二人の後ろに浮かせていた。

私の隣で、重雄さんが天井を見上げて、鼻から長く息を吐いた。

「賭けは、わしの負けじゃ」

重雄さんの目のほうが、先に濡れていた。

司会の人が、間を取ってから、明るい声で言った。

「本当に、素敵なメッセージでしたね」

「引き続き、お食事をお楽しみください」

それでも十分ほど、会場はお通夜のようだった。

料理が下げられて、また運ばれてきて、少しずつ話し声が戻った。

新婦の父の挨拶になったとき、正一さんは目のふちを赤くしたまま立った。

畑の人だから、人前で話すのは苦手なはずだった。

それなのに、妙に声を張った。

「本日は、まことに、ありがとうございました」

「わしは、あんまりしゃべれませんので」

そう言って、いきなり地元の祭りの木遣りを一節うたった。

新郎側のテーブルが、あきらかに戸惑っていた。

それでも商店街の人たちだけは手を叩いて、最後は会場じゅうが笑って、拍手が長く続いた。

照れ隠しだと、みんながわかっていた。

お開きのあと、玄関の外で、久実ちゃんが正一さんの前に立った。

何か言いかけて、やめて、また言いかけた。

結局、二人とも黙ったまま、白い船の停まっている湊のほうを見ていた。

風が強くて、久実ちゃんのベールが横に流れた。

正一さんが手を伸ばして、それを押さえた。

娘の頭に触れるのを、私はその日はじめて見た。

式の翌朝、私はいつもどおり工房にいた。

戸が開いて、正一さんが入ってきた。

手に、あのテープを持っていた。

「七重ちゃん、糊があったら貸してくれんかね」

作業台の端で、剝がれかけたラベルを貼り直しはじめた。

指が震えていて、なかなか端が合わなかった。

私は手を止めて、その手元を見ていた。

貼り直されたラベルには、久実ちゃんの名前は書かれていなかった。

あのテープの表には、正一さんの名前が書いてあった。

ミヨさんの、あの少し右上がりの字で。

二十年、私は下半分だけを見て、勝手に読み違えていたのだ。

「知っとったんですか」

訊いたら、正一さんは糊の蓋を閉めながら答えた。

「知っとった」

「じゃけえ、聞きとうなかったんよ」

「あの日は、久実の日じゃけえのう」

その年の暮れ、正一さんの姉のタエさんが、法事の帰りに工房へ寄った。

タエさんは茶をすすりながら、思い出したように言った。

「ミヨさんはね、最後の年に、うちに一遍だけ電話をよこしたんよ」

「あの人は、私がおらんようになったら、畑を手放してしまう、いうて」

茶碗を置く音がした。

「久実が嫁に行く日まで、手放させんようにしとかんと、いうて」

私は、湯呑みを持ったまま動けなくなった。

あのテープに条件が付いていた理由が、そこでやっとつながった。

久実が嫁に行く日に、いっしょに聞いてください。

あの一言は、正一さんに二十年ぶんの理由を渡すための言葉だった。

畑を続ける理由。

朝の暗いうちに軽トラを出す理由。

娘が嫁に行くその日まで、何があっても生きていてもらうための、理由。

ミヨさんは、テープにも、苦みを少うしだけ残していた。

甘い言葉だけで終わらせていたら、あれは二十年もたなかった。

今、工房には久実ちゃんの娘が来ている。

高校二年で、母親に似ず、手が大きい。

はじめて包丁を持たせた日、私はまず、中身の出し方だけを教えた。

皮を破らずに、袋をそっくり抜く。

何度やっても破って、そのたびに悔しそうな顔をする。

「詰めるのは、いつからですか」

「まだ先よ」

「空にしてからやないと、何も入らんのよ」

言ってから、自分の声がミヨさんの調子になっているのに気がついた。

晒しの桶は、今も一晩より少しだけ早く上げる。

苦みが少し残った皮を、正一さんは今でも、味見と言って一切れ持って帰る。

軽トラの荷台には、籠が三つ載っている。

この間、久実ちゃんの娘が十八個目でようやく丸い皮を残した。

手のひらに載せて、こちらへ差し出してくる。

「上手やないね」

「けど、破らんかった」

言ってしまってから、少しだけ、胸の奥が熱くなった。

あの日の私が受け取った言葉が、まだ、この工房で使われている。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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