
三年前まで、俺は福岡の大牟田で金融屋をやっていた。
炭鉱が閉じてから、町には空き家と、返せない借金だけが残っていた。
その夏の話だ。
いまでも俺は、月に一度、あの小学校の池のそばを軽トラで通る。
池の金魚を数えるためだ。
数えたところで、どうにもならんことは、俺がいちばんよく知っている。
数が合っていれば安心する、という話でもない。
合っていること自体が、あの夏の意味なのだ。
それでも、数えずにはいられない。
事務所から回ってきた家は、駅の裏の、文化住宅の一階だった。
その年、俺は二十四だった。
高校を出て働いた工場が潰れて、拾ってくれたのがその事務所だった。
仕事は簡単だ。取り立てる。ただそれだけ。
人の家の玄関に立って、金の話をする。
泣かれたことも、包丁を出されたこともある。
そういう家は、かえって覚えていない。
忘れられないのは、静かな家のほうだ。
最初のうちは、それが人の生活を潰す仕事だとは思っていなかった。
数字を回収しているだけのつもりでいた。
七月の終わりだった。
朝から気温が上がって、アスファルトが白く光っていた。
呼び鈴は鳴らなかった。線が抜けていた。
戸を引くと、鍵はかかっていなかった。
入った途端、部屋の空気が止まっているのが分かった。
扇風機は羽が欠けたまま、コンセントが抜けていた。
台所の蛇口だけが、ぽたり、ぽたりと鳴っていた。
流しには、洗っていない鍋が一つ。
冷蔵庫を開けると、中は空で、ランプだけが点いていた。
製氷皿だけが、水を張ったまま入っていた。
氷にはならず、ただの水として溜まっていた。
電気は止められる寸前だったのだと、あとで知った。
畳の部屋の真ん中に、子供が二人、並んで座っていた。
五歳と三歳。上が男の子、下が女の子だった。
親は、とっくに消えていた。
俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしい。
家に上がると、下の子はすぐに俺の膝へ寄ってきた。
服はぼろぼろで、風呂にも入っていない匂いがした。
「いつから親は居らんのや」
そう聞いても、二人とも答えなかった。
上の子は、妹の前に膝を立てて座り直した。
俺が一歩近づくと、その膝が少しだけ前に出た。
妹を隠すというより、通せんぼをするような座り方だった。
その座り方が、俺の目には妙に大人びて見えた。
「何食っとったんや」
そう聞いた途端、上の子は下を向いて泣いた。
声は出さず、畳を見たまま、肩だけを震わせていた。
すると下の子が、俺の手を引いた。
「こっち」
三歳の手は、俺の指を二本しか掴めなかった。
その二本を、ぐいぐいと引っ張った。
上の子は、止めなかった。
止めないということは、見せてもいいということだ。
いま思えば、あの子はもう限界だったのだと思う。
破れた金網の先
連れて行かれたのは、家の裏だった。
塀の隅の金網が、子供の背丈のぶんだけ、外へ押し曲げてあった。
その先は、小学校の裏庭だった。
夏休みの校庭には、人の気配がひとつもなかった。
蝉の声と、水の匂いだけがあった。
池は、朝礼台の裏にあった。
コンクリートで縁を固めた、四メートル四方ほどの浅い池だ。
底に藻が生えて、水は濁った緑をしていた。
ふちの石が一つだけ、平らに据えてあった。
子供が腹ばいになるのに、ちょうどいい高さだった。
「あのね、みーちゃんこれ食べたの」
下の子が、池を指差した。
嫌な予感がした。
その池には、赤と白の金魚が、何十匹も泳いでいた。
日陰の水面に、ゆらゆらと赤い影が寄っては散った。
俺は、下の子の手を強く握った。
握ってから、握りすぎたと気づいて、力をゆるめた。
「これ、食べたんか」
「うん。おにいちゃんがとってくれた」
「何回くらい」
下の子は、指を折って数えようとして、途中でやめた。
数えられるほどの数ではなかったのか、数え方を知らなかったのか。
俺はそれ以上、聞かなかった。
金網の破れ目は、内側に向かって曲げてあった。
外から押したのではなく、家の側から、何度も押し広げた形だった。
俺は、しばらく何も言えなかった。
二人を抱きかかえて家に戻ると、卓袱台の上に器が二つ置いてあった。
小さなボウルと、欠けた茶碗だった。
「お前ら……あれ食っとったんか」
俺がそう聞くと、下の子だけが頷いた。
上の子は、卓袱台の前に立って、器を背中で隠そうとした。
「……うん」
上の子は、頷きもしなかった。
すっげえやるせなくて、涙が出た。
その場に居た兄さんらも、みんな黙って外に出て行った。
すぐに兄さんの一人が、車を出して食い物と服を買ってきた。
おにぎりと、パンと、紙パックの牛乳だった。
下の子は、おにぎりに齧りついた。
齧って、噛まずに飲み込もうとして、むせた。
兄貴が、すぐに背中をさすった。
その手つきが、慣れていた。
「ゆっくり食べ」
「うん」
下の子は素直に頷いて、また同じ速さで食べた。
兄貴は、そのたびに背中をさすった。
何十回も繰り返してきた手順なのだと、見ていて分かった。
上の子は、袋を開けもせず、妹の手元をじっと見ていた。
「食え」
「うん」
そう返事をしてから、ようやく一口だけ食べた。
それから牛乳を、こぼさないように両手で持った。
一口飲んで、残りを妹の前に置いた。
俺は、その時はまだ、ただの遠慮だと思っていた。
銭湯の洗い場
その足で、近くの銭湯へ連れて行った。
番台のばあさんが、金を取らずに手拭いを二本出してくれた。
事情は何も聞かなかった。
ただ、ばあさんは湯船の温度を少しだけぬるくしてくれた。
洗い場で、俺は二人の頭を洗った。
下の子は泡を怖がって暴れ、上の子は目を閉じたまま動かなかった。
首の後ろも、耳の裏も、垢が層になっていた。
擦るたびに、湯が茶色く濁って流れた。
「痛いか」
「いたくない」
上の子は、何を聞いても「ない」と答えた。
寒くない。痛くない。眠くない。
三歳の妹のほうは、ちゃんと「つめたい」と言った。
言えるほうが、まだましなのだと思った。
湯船に入れると、下の子は俺の首に掴まって離れなかった。
上の子は、縁に腰かけて、足だけを湯につけていた。
「入らんのか」
「あとで」
結局、あとでは入らなかった。
体を流したとき、俺は思わず手を止めた。
上の子の腹だけが、肋の形が見えるほどへこんでいた。
下の子の腹は、そこまでではなかった。
同じ家に、同じ日数いたはずの二人だった。
「腹、減っとるやろ」
「へってない」
五歳の子が、そう言い切った。
洗い終わって服を着せたとき、上の子のズボンのポケットから紙切れが出た。
濡れて、半分ふやけていた。
広げると、学校の給食の献立表だった。
夏休み前に配られた、七月のぶんだ。
日付の欄に、鉛筆で小さな丸がいくつもついていた。
丸がついているのは、どれも牛乳のある日だった。
「これ、なんや」
上の子は答えず、紙を俺の手から取り返して、また丸めてポケットに入れた。
俺は、その時も、まだ何も分かっていなかった。
帰り道、下の子が眠ってしまい、上の子が俺のシャツの裾を掴んだ。
「おじさん、あしたも来る?」
「来る」
「ほんとに?」
「ほんとや」
上の子は、それだけ確かめると、もう何も言わなかった。
俺はその夜、事務所の畳の上で、天井を見ていた。
「あしたも来る」と言ったのに、朝には施設へ渡すことになっていた。
嘘をついたわけではないが、本当でもなかった。
その一晩が、俺の中では、いちばん長かった。
池の金魚の数
俺たちでは、どうしようもなかった。
その晩のうちに、市の施設に連絡を入れた。
翌朝、軽自動車で迎えが来た。
職員の女の人が、上の子に名前を聞いた。
作業着のような上着を着た、四十くらいの人だった。
しゃがんで、目の高さを合わせてから聞いた。
上の子は名前を言わず、代わりにこう聞いた。
「妹のごはんは、何時ですか」
職員の人は、名前を聞いたのだ。
聞かれた答えではなく、あの子は自分の用件を言った。
三日ぶんの食事の時間を確かめてから、名前を言った。
職員の人は、一瞬だけ言葉に詰まってから、
「七時と、十二時と、六時よ」
と答えた。
上の子は、そこで初めて、少しだけ体の力を抜いた。
車に乗る前、俺のほうを向いて言った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
全然ありがとうじゃねえよ、と思った。
お前らの親を追い詰めたのは、俺たちなんだから。
車が見えなくなってから、俺は一人で、あの裏庭へ戻った。
金網の破れ目をくぐって、池のふちにしゃがんだ。
金魚は、減っているようには見えなかった。
そこへ、竹箒を持った校務員のじいさんが来た。
「あんた、何しとる」
俺は正直に、子供らのことを話した。
じいさんは、しばらく水面を見てから言った。
「あの池の金魚な、朝になると、いつも数が戻っとるんよ」
「戻る?」
「夕方に一匹減っとる思うたら、次の朝には元どおりや」
「わしはずっと、数え間違いやと思うとった」
じいさんは、竹箒の柄で、水面のごみを寄せた。
「去年の秋に十八匹入れた。数えたのはわしや」
「今朝も十八おった」
「ほな、あんたの言う子らは、何を食うたんやろな」
「餌はどこに置いとるんですか」
「あそこの物置や。麩みたいなもんやけどな」
「鍵は」
「かかっとらん」
じいさんは、そこで一度、口をつぐんだ。
「……減っとったな、そういえば」
「だいぶ減っとった。わしは鳥かと思うとった」
俺は答えられなかった。
それから、こうも言った。
「ここ二週間な、朝いちばんに来ると、石の上に手形がついとった」
「小さい手形が、毎朝ひとつだけ。片っぽだけや」
片手で網を持ち、もう片方の手で体を支えていたのだ。
俺は、その石の上に自分の手を置いてみた。
手形は、俺の手のひらの半分もなかった。
石は、日が当たっても、その一角だけ乾きが遅かった。
毎晩、誰かが濡れた手をついていたからだ。
俺はしばらく、そこにしゃがんだまま動けなかった。
背中で、蝉が鳴きやんでは、また鳴きはじめた。
物置の餌の袋は、口が乱暴に破ってあった。
底のほうが、手の入る幅だけ、えぐれていた。
子供の腕が届く高さだ。
金魚を獲る前に、あの子たちは、まず餌を食べていた。
獲るようになったのは、袋が空になってからだ。
献立表についた丸
事務所に戻ってから、俺は卓袱台の器のことを思い出していた。
ボウルには、水だけが張ってあった。
茶碗の底にだけ、薄い鱗が一枚、乾いてこびりついていた。
器が二つあっても、使われていたのは一つだけだった。
上の子は一度も「食べた」と言わなかった。
「何食っとったんや」と聞かれて、あの子は泣いた。
俺はあれを、恥ずかしさの涙だと思っていた。
違った。あの子は、答えを持っていなかったのだ。
下の子だけが「みーちゃんこれ食べたの」と言った。
みーちゃん、というのは、妹の名だ。
あの子は、自分のことしか言っていなかった。
献立表の丸の意味も、あとになって分かった。
あの小学校は、夏休みのあいだ、プール開放の日だけ給食室が開く。
開く日は、余った牛乳を、来た子に配っていた。
一本ずつ、名前も聞かずに渡してくれたらしい。
兄貴は自分のぶんを飲まず、二本とも妹に持たせて帰った。
献立表を持っていたのは、次にいつ開くかを知るためだった。
字がまだ読めないから、日付の欄に丸をつけていたのだ。
丸のついた日は、全部そのプールの日だった。
上の子は、妹を連れて、その日だけ学校へ行っていたのだ。
だが、丸は七月の途中で止まっていた。
八月の欄には、一つも丸がなかった。
プール開放が終わったあと、あの兄妹に残されたのは、池だけだった。
救いだったのは、親がきちんと出て来たことだ。
気になって家に戻ったら子供がいなくなっていて、頭が真っ白になったらしい。
ただ、家の至る所に連絡先が書いてあったから、行き先はすぐに分かった。
もちろん施設のほうだ。事務所の番号なら、びびって逃げていただろう。
迎えに行った日に、自分たちのやったことの重さに、ようやく気がついたそうだ。
母親は施設の玄関で、しばらく中に入れなかったらしい。
父親のほうは、子供の顔を見るなり、その場に座り込んだ。
上の子は、父親に駆け寄らなかった。
妹の手を引いて、一歩下がってから、小さくお辞儀をしたそうだ。
それを聞いて、俺はまた何日か眠れなかった。
俺はもう足を抜けていたし、気になって、ちょくちょく施設へ顔を出していた。
結局、事務所との話は俺が仲介して、職も一緒に探した。
「また金魚でも食わせたら、内臓売っぱらうからな」
そう脅しておいた。
父親は笑わずに、頭を下げたきり、しばらく顔を上げなかった。
仕事は、港の荷役から始めた。
最初の給料日、父親は封筒を開けもせずに施設へ持って行った。
職員の人に止められて、それでも玄関に置いて帰ったという。
翌月からは、毎月きちんと事務所へ持ってくるようになった。
金を受け取るとき、父親はいつも同じことを言った。
「子供に飯を食わせてから、持ってきました」
言い訳のようでもあり、報告のようでもあった。
俺はそのたび、はいはい、とだけ返した。
返済はまだ残っているだろうが、二人とも、たぶん死ぬ気で働いている。
あの兄妹も、いまは中学と小学校だ。
去年、町の祭りで見かけた。
兄貴のほうは俺より背が高くなっていて、綿飴を二つ持っていた。
一つを妹に渡して、自分のぶんは、最後まで袋を開けずに持っていた。
妹のほうはとっくに食べ終えて、兄の袋を指差していた。
兄貴は笑って、首を横に振った。
たぶん、家に帰ってから食べるつもりだったのだろう。
あるいは、食べないつもりだったのかもしれない。
俺は声をかけなかった。
かける資格が、いまでもよく分からない。
返された一匹
俺は、じいさんの話を、もう一度頭の中で並べ直した。
夕方に一匹減って、朝には戻っている。
減った金魚は、妹の茶碗に入った。
では、戻っていたのは何だ。
兄貴は、自分のぶんを、毎晩あの池に返していた。
一匹獲って妹に食わせ、もう一匹を自分のぶんとして獲る。
そして、それを池に戻してから、家へ帰る。
あとで施設の人づてに聞いた。
あの子は妹に、こう言っていたそうだ。
「ぜんぶ食べたら、来年おらんくなるけん」
来年も、ここに金魚がいるようにしておく。
来年も、妹に食べさせられるようにしておく。
あの子の頭の中の「来年」は、そういう来年だった。
五歳の頭で、あの子は来年のことを考えていた。
腹をへこませて、自分の一匹を、毎晩水に返していた。
俺は事務所の階段で、声を上げて泣いた。
あの子は、腹が減っていないと言い張った。
そう言えば、妹が遠慮しないと知っていたのだと思う。
五歳が、そこまで考える。
施設の人は、最初の一週間、上の子が食堂で食べないと言っていた。
妹が食べ終わるのを見てから、やっと箸を持ったそうだ。
それが直るまでに、半年かかった。
取り立ての最中に人が泣くのは、見たことがあったが、自分が泣くとは思わなかった。
その月のうちに、俺を含めて何人かが仕事を抜けた。
貧しさが子供にさせることの話は、中学でいじめられていた僕と担任の話や、病を隠して蝋細工を作り続けた父の話にも書き残した。
いまの俺は、同じ町で小さな運送屋をやっている。
月に一度、あの小学校の前を通る。
池の金魚は、いまも減らない。
当たり前だ。誰も獲っていないんだから。
それでも俺は、車を停めて、水面を覗き込む。
石の上に手形がないことを、毎回、確かめている。