虐めから守ってくれた兄

兄は、子どもの頃から、私をからかってばかりいる人でした。意地悪で、口が悪くて、優しい言葉なんて、一度もかけてくれたことがない。ずっと、そう思って生きてきました。その思い込みが、どれほど見当違いだったのか。私がそれを思い知るのは、中学二年の、ある凍えるような冬の夜のことでした。

母は、私が小学校に上がってすぐの春に、長い病気の末に、亡くなりました。父は、遠い町の工事現場を渡り歩く仕事で、家には、月に一度帰ってくればいいほうでした。だから私の家には、四つ年上の兄と、私の二人きりの、少し寂しい時間が、いつも静かに流れていたのです。

兄は、何かにつけて、私をからかいました。「お前、また寝癖ついてんぞ」「鏡くらい見てから出かけろよな」と、毎朝、減らず口を叩くのです。私はそのたびに頬をふくらませて、「うるさいなあ、ほっといてよ」と言い返していました。それが、私たち兄妹の、変わらない朝の光景でした。

いま思えば、兄は、ぶっきらぼうな手つきで、いつも私のぶんの朝ごはんまで作ってくれていました。卵焼きは、たいてい少し焦げていて、兄はその焦げた端のほうを、決まって自分の皿に取り分けていました。当時の私は、それを当たり前のことだと思って、何も気に留めていなかったのです。

思い返せば、小学校の頃も、登下校の道で、少し離れた後ろに、いつも兄の姿がありました。「べつに、お前を待ってたわけじゃねえからな」と、目が合うと、決まってそっぽを向くのです。

近所に大きな犬がいて、私がそれを怖がっていることを、兄は知っていました。だからその家の前を通るときだけ、兄は、何気ない顔をして、私と犬のあいだに、自分の体を入れて歩くのでした。

母の温もりを、ほとんど覚えていない私にとって、兄のからかいの声は、煩わしくも、どこか懐かしい、家のにおいのようなものでした。

母のことで、一つだけ、はっきりと覚えていることがあります。それは、母が、寝る前にいつも口ずさんでくれた、短い子守唄です。どこの歌でもない、母が、私と兄のためだけに、節をつけて歌ってくれた、世界にたった一つのメロディーでした。

母が亡くなってから、その唄を、私はもう、どこでも聞くことがなくなりました。思い出そうとしても、年を追うごとに、旋律は、少しずつ、指の間からこぼれていくようでした。それが、私には、何より悲しいことでした。

中学に上がってしばらくして、私は、クラスで虐めに遭うようになりました。きっかけは、本当に些細なことでした。私の話す、少し訛りのある言葉を、誰かが面白がって真似したのが、その始まりだったと思います。

はじめは、笑い混じりのからかいでした。けれどそれは、やがて、上履きを隠される、教科書に落書きをされる、すれ違いざまに、聞こえよがしの悪口を浴びせられる、という風に、少しずつ、確実に、陰湿さを増していきました。

「ねえ、なんか臭くない?」と、わざと私の近くで言う子がいました。「ほんとだ、田舎くさい」と、それに別の子が笑って続けます。私は、聞こえないふりをして、ただ、机の木目を見つめていました。

私は、とうとう、教室に入る勇気を持てなくなり、いつも保健室の隅の、白いベッドのそばで、ひとり、時間をやり過ごすようになりました。先生も、たまに帰ってくる父も、私のことを、ただ気の弱い、我儘な子だと思っていたようです。

私は、誰にも、何も言いませんでした。心配を、かけたくなかったのです。家では、いつも、精一杯、無理をして笑っていました。「ただいま」と帰る私に、兄は「おう」とだけ返します。その短い一言が、不思議と、その日いちばんの、救いでした。

虐めは、日を追うごとに、ひどくなっていきました。ある日、登校して机の中に手を入れると、誰が入れたのか、しおれた白い花が、一輪、押し込まれていました。その意味は、考えるまでもなく、すぐに分かりました。

その日の帰り道、私は、家のそばを流れる川にかかった橋の上で、ずいぶん長いあいだ、立ち止まっていました。夕暮れの、黒く沈んだ水面が、ゆっくりと、渦を巻きながら、足元を流れていきます。

もう、楽になりたい。手すりに手をかけながら、そう思っている自分に気づいて、私は、自分で自分が、恐ろしくなりました。冷たい風が、頬を、何度も、撫でていきました。

それでも、私は、家に帰りました。たぶん、最後にもう一度だけ、玄関で、あの「おう」という、ぶっきらぼうな声が、聞きたかったのだと思います。

橋を離れるとき、私は、ふと、母の子守唄を、思い出そうとしました。けれど、もう、ほとんどの旋律が、頭の中から、消えてしまっていました。

あの唄さえ覚えていられないのなら、私には、もう、何も残っていない。そんなふうに思えて、家までの道を、私は、うつむいたまま、歩きました。

その夜は、ちょうど、兄が、二泊三日の修学旅行から帰ってくる日でした。玄関の戸ががらりと開いて、大きなボストンバッグを肩に担いだ兄が、疲れた顔で、家に入ってきました。

「ただいま。……おい、これ、お前に」と、兄は、いつものぶっきらぼうな調子で、小さな紙袋を、私のほうへ、ぽいと放りました。中から出てきたのは、手のひらに乗るほどの、小さな木彫りのオルゴールでした。素朴な、けれど、丁寧に作られた品物です。

私は、その瞬間、なぜか、かっと、頭に血がのぼりました。どうせ、これも、からかいの種にするつもりなのだ。学校で惨めな思いをしている私を、家でまで、笑いものにするつもりに違いない。

歪んでしまった私の心が、勝手に、そう決めつけました。気づいたときには、私は、そのオルゴールを、力いっぱい、床に投げつけていたのです。「こんなもの、いらない!」と、叫びながら。

投げつけられた拍子に、オルゴールの蓋が、かたんと開いて、中のねじが、ゆっくりと回り始めました。そして、静まり返った部屋に、ぽろん、ぽろん、と、たどたどしい旋律が、こぼれるように、流れ始めたのです。

その音を聞いた瞬間、私は、息を、呑みました。それは、私たちがまだ幼かった頃、母が、寝る前にいつも口ずさんでくれた、あの子守唄の、旋律だったのです。

母が亡くなってから、もう何年も、どこでも聞くことのできなかった、世界でたった一つの、優しいメロディー。床に転がったオルゴールは、それでも健気に、母の唄を、奏で続けていました。

私は、その場に、ただ、立ち尽くすことしか、できませんでした。

兄は、何も言わずに、ゆっくりとしゃがんで、床に転がったそのオルゴールを、両手で、そっと拾い上げました。顔を上げた兄の頬を、涙が、一筋、伝っていました。

あの、意地悪で、口が悪くて、いつも私を泣かせてばかりいた兄が、泣いているのです。私は、生まれて初めて見る、その姿に、ただ、呆然としていました。

兄は、オルゴールを大事そうに胸に抱えたまま、絞り出すように、ぽつりと、言いました。「旅行先の、土産物屋の棚で、これ、見つけてさ。試しに鳴らしてみたら……母さんの、あの唄だったんだ。だから、お前に、と思って」

「お前をからかっていいのは、兄貴の、俺だけだ。それ以外のやつが、お前をいじめるのは、絶対に、許せねえ」と、兄は、声を震わせました。

私の心臓が、どくん、と、大きく、跳ねました。「……お兄ちゃん、知ってたの」と、私は、やっとのことで、声を出しました。

「知ってたよ。ずっと、前から」と、兄は、うつむいたまま、続けました。「お前が、家で、無理して笑ってること。小さい頃から、お前、俺の前でしか、泣かなかったもんな。だから、すぐ、分かったよ。我慢なんか、しなくて、いいんだぞ」

その言葉を聞いた瞬間、私の中で、ずっと、ぴんと張りつめていた糸が、ぷつりと、音を立てて、切れました。私は、声を上げて、泣きました。喘息で、咳き込みながら、それまで溜め込んでいたものを、全部、吐き出すように。

上履きを隠されたこと。教科書を、汚されたこと。机の中に押し込まれた、しおれた花のこと。そして、夕暮れの橋の上で、暗い川を、じっと見つめていたこと。

全部、全部、話しました。兄は、私のすぐ隣に座って、一言も口を挟まず、ただ、最後まで、黙って、聞いてくれました。私が話し終えると、兄は、その大きな手で、私の頭を、ぽんぽん、と、不器用に撫でました。

「よく、一人で、頑張ったな。今日はもう、寝ろ。明日は、学校なんか、行かなくていいからな」そう言って、兄は、そっと部屋を出ていきました。

しばらくして、一階のほうから、兄が、誰かに電話で、低く、押し殺した声で、長いあいだ話している気配が、伝わってきました。その夜、私は、母の子守唄を抱きしめて眠ったような、温かい夢を見ました。

学校を休んでいるあいだ、兄は、私のために、毎日、不器用な料理を作ってくれました。相変わらず、卵焼きは少し焦げていて、味噌汁は、たいてい、しょっぱすぎました。

「まずいなら、食うな」と兄は言いましたが、私が黙って完食すると、満更でもない顔をして、台所の洗い物を始めるのでした。

ある日、保健室の先生が、家まで様子を見にきてくれました。先生は、私の手をそっと握って、「気づいてあげられなくて、ごめんね」と言って、目を赤くしていました。

「もう、大丈夫です」と私は答えました。「兄が、いるので」その言葉を、台所で聞いていた兄が、わざとらしく、大きな音を立てて、皿を重ねていました。照れ隠しだったのだと思います。

再び学校へ通えるようになった朝、兄は、玄関先で、「行ってこい」とだけ言いました。けれどその日、私が校門をくぐるまで、兄が、電柱の陰から、ずっと見守っていたことを、私は、あとで友達から聞いて、知りました。

翌日から、私は、しばらく、学校を休みました。そして、何日かぶりに登校したとき、クラスの空気は、まるで別の場所のように、すっかり、変わっていました。あれほどひどかった虐めが、ぴたりと、なくなっていたのです。

あとから、仲の良かった子に聞いて、知ったことがあります。兄は、あの夜のあと、自分の通う高校の授業を抜け出して、私の中学校の職員室に、たった一人で、乗り込んだのだそうです。

他校の、しかも生徒会長が、血相を変えて怒鳴り込んできたことに、先生たちは、ようやく、重い腰を上げました。きちんと調べてみると、声を上げられずに苦しんでいたのは、私だけではなかったことも、分かったのです。

兄は、そのことで、自分の高校で、ずいぶん大目玉を食らったと、ずっとあとになって、人づてに聞きました。生徒会長が無断で他校に乗り込むなど、本来、許されることではありません。

それでも、兄は、私には、そのことを、一言も、話しませんでした。「お前のおかげで、面倒なことになった」なんて、ただの一度も、言いませんでした。

それから、長い、長い年月が、流れました。私は、いつのまにか大人になり、優しい人と出会い、その人と、結婚することになりました。

結婚式の日、兄は、親族のスピーチに、立ちました。あの、口の悪い兄が、緊張で、すっかり顔を強張らせて、原稿を持つ手を、小さく震わせていました。

「俺は、小さい頃から、この妹を、からかってばかりの、ろくでもない兄貴でした。泣かせたことも、数えきれません」と、兄は、ゆっくりと、話し始めました。

「けど――こいつを、他人に泣かされるのだけは、どうしても、許せなかった。それだけは、兄貴として、譲れなかったんです」兄は、そこで一度、ぐっと言葉を詰まらせて、それから、私の隣に座る夫のほうを、まっすぐに、見ました。

「どうか、これからは、俺の代わりに。こいつのことを、守ってやってください。お願いします」そう言って、兄は、深々と、頭を下げました。会場のあちこちから、すすり泣きが、聞こえてきました。私は、こらえようとしましたが、もう、無理でした。

スピーチのあと、私の夫は、立ち上がって、兄のもとへ歩み寄り、その手を、両手で、しっかりと握りました。

「お義兄さん。命に代えても、というのは大げさかもしれませんが」と、夫は、まっすぐに兄を見て言いました。「この人を泣かせる人間が現れたら、今度は、僕が、お義兄さんの代わりに、立ちはだかります。約束します」

兄は、ふん、と鼻を鳴らして、「頼んだぞ」とだけ、ぶっきらぼうに答えました。けれど、その握り返す手に、どれほどの想いがこもっていたか。私には、痛いほど、分かりました。

実はその日、控室に、私は、あの小さな木彫りのオルゴールを、こっそり、持ってきていました。あの冬の夜、兄が拾い上げてくれた、母の子守唄を奏でる、私の、何よりの宝物です。

スピーチを終えて、ほっとした顔で席に戻ろうとする兄を、私は、呼び止めました。そして、みんなの見ている前で、そのオルゴールの蓋を、ゆっくりと、開けたのです。

ぽろん、ぽろん、と、母の唄が、静まり返った会場に、やわらかく、流れ始めました。その音を聞いた途端、兄の足が、ぴたりと、止まりました。その目が、みるみるうちに、潤んでいきます。

「お兄ちゃん」と、私は、まっすぐに、兄を見て、言いました。「小さい頃から、私を泣かせてきた、お返し。今日は、私が、お兄ちゃんを、泣かせる番だからね」

次の瞬間、兄は、くしゃっと、顔を歪めて、人目もはばからず、子どものように、声を上げて、泣きました。あの、強がりばかりの兄が。

母の子守唄が、その場に立つ二人を、まるで、あの頃の布団の中のように、やわらかく、包んでいました。あの夜、私を、暗い川から、そっと引き戻してくれた、たった一つの、優しいメロディーが。

いま、兄にも、小さな娘がいます。相変わらず、口は悪くて、その子のことを、毎日のように、からかっているそうです。

けれど私は、知っています。あの人は、きっと、その焦げた卵焼きの端を、いまも、黙って、自分の皿に取り分けている。そういう人なのです。

優しさを、まっすぐに言葉にできない不器用な人ほど、その想いは、ふとした瞬間に、いちばん深いところで、人を支えている。私は、兄から、それを教わりました。

そして、夜、私の小さな子どもを寝かしつけるとき、私は、あの母の子守唄を、そっと、口ずさみます。母から私へ、私から、この子へ。

旋律は、こうして、絶えることなく、受け継がれていくのでしょう。母が遺してくれた、たった一つの唄が、いまも、私たち家族を、見えない糸で、結んでいる。

あの冬の夜、兄が泣いてくれなかったら、私は、この景色を、見ることができませんでした。

不器用でいい。言葉が足りなくてもいい。誰かを想う気持ちは、ちゃんと、いちばん必要なときに、相手に届くのだと、私は信じています。

あのオルゴールは、いまも、私の家の、いちばん見えるところに、飾ってあります。

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