
俺の爺さんは、戦争中に戦地で足を撃たれた。
撤退命令が響き渡り、仲間たちは必死に撤退していったが、爺さんは立ち上がることさえできなかった。
血で濡れた土の匂いと、遠くで鳴り響く銃声。
その中で爺さんは隊長に向かって言った。
「自分は歩けません。足手まといになりますから、置いて行ってください」
※
隊長は何も言わなかった。
ただ無言で爺さんを背負い、炎と煙が渦巻く戦場を何時間も歩き続けた。
背中に伝わる隊長の体温と、荒い息づかい。
一歩ごとに命を削っているのが分かるようだった。
※
やっとの思いで撤退場所に辿り着き、応急手当が済んだ頃、爺さんは隊長を探した。
見つけたとき、隊長はもう再び戦地に戻る準備をしていた。
「ありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」
爺さんが涙をこぼしながら礼を言うと、隊長は静かに笑い、こう言った。
「お前は怪我をしている。日本に帰れるだろう。俺は今から祖国のために戦ってくる。多分、生きて日本には帰れないだろう」
※
爺さんは震える声で「自分もここに残ります」と言いかけた。
しかし、隊長はその言葉を遮り、
「泣くことはない。死ねば日本に帰れる。靖国で会おう」
そう言って、振り返らずに去っていった。
※
爺さんの足には、生涯消えることのない深い傷跡が残った。
その傷を見るたびに、あの日の隊長の背中と、あの言葉が蘇ったという。
※
そして爺さんが亡くなる少し前、病床で静かに呟いた。
「死んだら隊長に会える。やっときちんとお礼が言える。ずいぶん遅くなってしまったな…」
その横顔は、不思議なほど穏やかで、少年のような笑顔だった。