
いつも通り、朝が来て、夜が来る。
楽しいことがあっても、辛いことがあっても、変わらず朝が来て夜が来る。
当たり前のような日常の始まりと終わり。
あの日も、確かにそうだった。
※
会社で仕事をしていた時、携帯電話が鳴った。
父からの着信だった。
「お母さんの心臓の鼓動がおかしい。」
「看護士さんもかなり厳しい状態だと言っている。」
その声を聞いた瞬間、心臓が凍りつくような思いで、母の入院する病院へ駆けつけた。
病室に入ると、母の呼吸は浅く、心臓の鼓動も乱れていた。
※
母は、二週間ほど前から入院していた。
それまでは、父と二人で自宅で介護を続けていた。
母の病は、脳腫瘍――癌の中でも特に過酷な病だった。
医学がどれほど進歩しても、脳腫瘍は容赦なく命を削っていく。
発覚した時にはすでに末期で、手術も放射線治療も、ほとんど効果は望めなかった。
それでも母は約二年間、必死に闘病を続けた。
※
母は最後まで自分らしくあろうとした。
自宅にいる頃は、どんなに辛くても必ず自分でトイレに行った。
失禁一つなかった。
病院の看護師さんは驚いて言った。
「この状態で、よくここまで自宅で介護されましたね。」
それほど、母は強く、そして父と私たち家族は懸命に支え合ってきた。
※
母の姿を思い返すと、なぜか浮かんでくるのは、私が闘病中の母に心ない言葉をかけてしまった記憶ばかりだった。
あんなに優しく、穏やかで、健気に家族を支えてきた母に、どうしてあの時あんなことを言ってしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない。
※
母は入院する直前から、言葉を発することが難しくなっていた。
それでも最後に、はっきりと伝えてくれた言葉がある。
「あんたが、そばにおってよかった。」
「もう、あんたに何もしてやれん。」
その言葉を聞いた時、胸が張り裂けそうになった。
※
最期の刻が迫っていた。
父は、母の手をしっかりと強く握りしめていた。
母は苦しそうに大きく息を吸い――そして、そのまま呼吸が止まった。
命の灯火が、静かに消えた瞬間だった。
※
母がいなくなって、もうすぐ一か月が経つ。
いい歳をした自分だが、それでも母が恋しい。
ただ会いたい。ただ一度でいい。
一年に一度でいいから、母に会う時間が欲しい。
幽霊でも幻でも構わない。
街を歩けば、母と父と一緒に行った場所ばかりが目につく。
思い出が、いっそう母を求めさせる。
今日も、真夏の暑さの中で――母のぬくもりを探している。