彼女が遺した約束

大学時代、私たちの仲間内に、1年生の頃から付き合っていたカップルがいました。
二人はとても仲が良く、でも決して二人だけの世界に閉じこもることなく、みんなと自然に接していました。
私は女の子の方と特に親しく、一番の友達でしたが、彼氏ともとても仲良くしていました。
大学を卒業してからも、私たちは交流を続け、何度か再会する機会がありました。
そのたびに、彼女と彼は変わらず一緒にいて、「本当に素敵なカップルだな」と、私は微笑ましく思っていました。
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最後に三人で会った日、私は何気なくこう尋ねました。
「ねえ、結婚しないの?」
彼女は少し笑って、「うん、まあね…」と、はぐらかすように答えました。
それが、三人で過ごした最後の時間になりました。
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しばらくして、彼女が病気で入院したという知らせを受けました。
診断は水頭症――脳腫瘍の一種でした。
彼は毎日、仕事の行き帰りに病院へ立ち寄り、彼女のそばに寄り添っていました。
私も、彼と交代するようにして何度もお見舞いに行きました。
懸命な治療が続けられましたが、病状は改善せず、彼女は私たちが25歳になった夏、静かにこの世を去りました。
※
通夜と告別式の手伝いに行った私は、喪服姿でぽつんと座り、タバコをくゆらせていた彼の隣に座りました。
涙が止まらず、どう声をかけていいか分からずに言いました。
「…何て言っていいか、分かんないよ…」
すると彼は、穏やかに微笑みながらこう言いました。
「そうだね。でも、これであいつが他の誰のものにもならないことが決まったしね」
その言葉を聞いた瞬間、私は堪え切れずに泣き崩れてしまいました。
彼は無表情のまま、静かに私の肩を抱いてくれました。
出棺のとき、式場の人が「これが最後のお別れです」と告げると、彼はもう耐え切れず、崩れるように膝をついて、大きな声で子どものように泣き始めました。
その姿を見て、私もまた、声を上げて泣いてしまいました。
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数日後、少し落ち着いた彼に会いました。
「見せたいものがあるんだ」と言って、彼が取り出したのは、一通の手紙でした。
それは、彼女が意識を失う直前に書いた、最後の手紙だったのです。
彼は語り始めました。
「俺さ、あいつを励まそうと思って『結婚しようよ』って言ったんだ。
そしたら、あいつは『病気が治ったら、結婚届を出そうね』って言ってた。
俺は『間違いなく治るからさ』って笑って答えたけど、実はもう、無理なんじゃないかって、うすうす気づいてた。
それでも、あいつのために役所に行って、結婚届をもらってきたんだ。
そして、あいつが亡くなった日、あいつのお父さんが黙ってこれを渡してくれたんだ」
そう言って渡された手紙には、見慣れた彼女の筆跡でこう綴られていました。
『うそつき。でも、すごく嬉しかった。
本当にそうなったらな…って、何度も思った。
私には、あなたの代わりはもう見つからない。
だから私はずっと、あなたのもの。
だけどね、あなたの代わりはきっといると思うよ。
気にしないで。落ち込んだあなたを、一番励ましてくれる人が誰なのか、私には分かってる。
その人にこの手紙を見せてあげてください。
本当に、ありがとう。
じゃあね!』
私はその手紙を読み終えると、こらえきれずに涙が溢れ出し、人前にもかかわらず声を上げて泣いてしまいました。
そんな私に、彼はそっと言いました。
「それって、多分、君のことなんじゃないか?」
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そう言われて、私はただ黙って頷きました。
私はずっと前から、彼のことが好きだった。
彼と彼女の仲の良さを見て、その気持ちを押し殺してきた。
でも、あの手紙が私の背中を押してくれた。
あれから彼と付き合い始めて、もう4年になります。
彼女のことを忘れたわけではありません。
むしろ、彼女がいてくれたから、今の私たちがあるのだと思います。
彼女が遺してくれた「ありがとう」は、今も私たちの心に生き続けています。