返ってきたお守り

黄昏時の静かな港

港町の郵便局に勤めて、もう八年になる。

毎朝、磯の匂いをはらんだ風の中を自転車で走り、配達を終えると局に戻って仕分けをする。

その繰り返しの中に、三年間、彼女がいた。

俺より五つ年下で、地元の病院で事務をしていた。

付き合いはじめた頃、俺は地元の神社のお守りを二つ買って、一つを彼女に渡した。

「安全祈願って書いてあるけど、まあ何でも守ってくれるだろ」

照れ隠しにそう言ったら、彼女は受け取って「大切にする」と笑った。

別れたのは、付き合って三年目の冬だった。

彼女から「もう会えない」と言われた。

理由を聞いても、「ごめんね」しか返ってこなかった。

俺はしつこく聞いた。好きじゃなくなったのか、他に誰かいるのか。

彼女はただ首を振って、「違う」とだけ言った。

その翌日、俺の部屋の郵便受けに小さな封筒が入っていた。

中には、あのお守りと、一枚の便箋。

「返すのが遅くなってごめんなさい。ずっと持っていたかったけれど、これはあなたを守るものだから」

それだけ書いてあった。

意味がわからなかった。俺を守るためにお守りを返す?意味がわからなかった。

怒りとも悲しみとも取れない感情を持て余したまま、俺はその封筒を引き出しの奥にしまった。

それから半年後、彼女の母親から連絡が来た。

「娘が、あなたに会いたいと言っています」

病院に行くと、彼女はベッドの上にいた。

別れた頃よりずっと細くなって、点滴のチューブが腕に繋がっていた。

「来てくれたんだ」

彼女はそう言って、少し困ったように笑った。昔と変わらない笑い方だった。

付き合っていた頃からもう病気だったこと、当時すでに医師から余命を告げられていたこと、それでも俺に言えなかったこと。

話しながら、彼女の声は少しも乱れなかった。

「心配させたくなかったから」

「迷惑かけたくなかったから」

「でもほんとうは、ずっと一緒にいたかった」

俺はうまく返事ができなかった。

彼女の手を握ったまま、港の方角を向いた窓の外をずっと見ていた。

彼女は、その冬を越せなかった。

今でも俺は毎朝、港町を自転車で走る。

磯の匂いをはらんだ風が吹くたびに、彼女のことを思い出す。

引き出しの奥のお守りは、ずっとそこにある。

彼女が俺に返してくれたもの。

俺を守るためにと言って、自分の手を離したもの。

今は俺が持っている。

彼女の分も、守れるように。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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