ジッポとメンソール

公開日: 恋愛 | 悲しい話

ジッポ(フリー写真)

俺は煙草は嫌いだ。でも、俺の部屋には一個のジッポがある。

ハートをあしらったデザインは俺の部屋には合わないけど、俺はこのジッポを捨てる事は無いだろう。

一年前。いわゆる合コンというやつで俺と彼女は出会った。

あまり合コンの雰囲気に馴染めなかった俺は静かに飲んでいたのだが、彼女も同じようで、結局二人で2次会も3次会もずっと隣に座って話していた。

その後、メールや電話で連絡を取り合い、いつの日かお互い意識しなくても恋人と呼べるような関係になって行った。

彼女は煙草を吸う。いつも同じマルボロのメンソールだ。

俺は正直煙草が嫌いだったが、ゲーセンに入り浸っていた事もあり、煙や臭いに耐えられなくはなかったし、彼女と何度も会うようになって慣れて行ったのもあるだろう。

いつも俺にふざけて吸わせようとするのだけは止めて欲しかったけど。彼女が時折、俺にふざけて吹きかける紫煙のスーッとした匂いが少し好きだった。

俺も彼女も学生で、そう裕福ではなかったが、いつも池袋のデパートに行って高そうな商品をウィンドウショッピングするのが二人のデートのお決まりコースだった。

彼女が見るのはいつも同じ。時計とジッポ。服にはあまり興味が無いらしい。

もう何度も訪れたジッポ売り場。彼女は決まってハートをあしらった銀色のジッポが一番良いと言っていた。

わざとぶりっ子して俺にねだる仕草もいつも忘れなかった。

でもジッポは3万円もする代物だった。とても買える値段ではないし、彼女も

「これじゃあ買えないよね」

と、溜め息を吐くばかりだった。

彼女の誕生日の一ヶ月前になり、俺はプレゼントを考え始めた。

あまり煙草が好きではない手前、煙草用品を渡すのは嫌だと彼女に言い、結局時計を渡す事に決めた。

通常のバイトに加え、内緒で短期の夜間バイトも入れ、必死にお金を稼いだ。

結局、俺は時計とジッポの両方を買った。

煙草が好きでないのにジッポを渡すのは少しシャクだったけど、彼女が一番喜ぶのはきっとこのジッポだろうと思ったから。

代わりに時計は少し安物になってしまったけど、時計をすぐ無くすやつだからいいよな。

買ったのは誕生日の一週間前。ジッポと時計の入った箱を見る度、幸せな気持ちになる事が出来た。

でも、彼女は21歳になること無くこの世を去った。

誕生日の三日前に交通事故に遭い、即死だった。

葬式、彼女の死に顔、あまりはっきりと思い出せる事は無い。

ただ呆然としていたのだろう。

涙が出なかった事だけは、よく覚えている。

部屋に帰って、プレゼントの箱を見た瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。

ふと見上げると、彼女が俺の部屋に来た時に忘れて行ったマルボロのメンソールが目に入った。

震える手で箱を開け、ジッポを取り出して、たどたどしい手つきで火を点けてみた。

初めて吸う煙草はやっぱり不味かった。

アイツに言われた通り、肺まで煙を吸ってみたけど、むせて咳が止まらない。

それでも泣きながら、咳き込みながら、最初で最後の煙草をギリギリまで吸った。

今でもふとマルボロのメンソールを買ってしまう事がある。

そういう時は決まってジッポの隣に置いておくんだ。

完全に吹っ切れたとは言わないけど、それでも少しずつ前に進めている気がする。

これからも煙草を好きになることは無いだろうけどね。

下手な文章なのに長文ですまん。

関連記事

机

文化祭の日には

ある日、教室へ行くと座席表が更新されていました。私の席は廊下側の前から二番目、彼は窓側の一番後ろの席。離れてしまいましたが、同じクラスになれて本当に良かったと思いました。 クラ…

カップル

並んで歩く理由

交通事故に遭ってから、私の左半身には少し麻痺が残ってしまった。 日常生活には大きな支障はないけれど、歩いていると、少しだけその異変が目立ってしまう。 だから私は、人と歩く…

カップル

余命と永遠の誓い

彼は肺がんで入院し、余命宣告されていました。 本人は退院後の仕事の予定を立て、これからの人生に気力を振り絞っていました。 私と彼は半同棲状態で、彼はバツイチで大分年上だっ…

朝焼け空(フリー写真)

自衛隊最大の任務

「若者の代表として、一つだけ言いたいことがあります…」 焼け野原に立つ避難所の一角で、その青年は拡声器を握り締め話し始めた。 真っ赤に泣き腫らした瞳から流れる涙を拭いながら…

高校野球のボール

甲子園に連れていく約束

十年前、彼女が亡くなった。 当時、俺たちは高校三年生。同じ高校に通い、同じ野球部に所属していた。 俺たちは近所に住む幼馴染だった。俺は、野球好きの両親に育てられたこともあ…

空港(フリー写真)

空港の約束

俺が25歳くらいの時の話。 当時働いていた職場に二つ年下の女の子が居て、めっちゃいい子だった。 当時はお互い恋人が居たから付き合えなかったけど、お互いかなり意識はしていたと…

夏の部屋(フリー写真)

残された兄妹

3年前、金融屋をやっていたんだけど、その年の夏の話。 いつものように追い込みを掛けに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど、子供が二人置いて行かれていた。 5歳と3歳。上…

教室

見落とされた優しさ

私は昔から何事にも無関心で無愛想でした。友達は少なく、恋愛経験もほとんどありませんでした。偽りの笑顔やうそをついて生きる日々は、いじめの対象になることもありました。 中学1年の…

廃墟

神戸からの少女

2年前、旅行先の駐屯地祭での出来事です。 例によって、特定の市民団体が来場し、場の雰囲気が少し重たくなっていました。そのとき、女子高生と思しき一人の少女がその団体に向かって歩い…

コスモス

未来への手紙

家内を亡くしました。 お腹に第二子を宿した彼女が乗ったタクシーは、病院へ向かう途中、居眠り運転のトラックと激突し、彼女は即死でした。 警察からの連絡を聞いた時、酷い冗談だ…