もどれない過去と、隣にある幸せ

公開日: 心温まる話 | 恋愛

キャンドル

僕が会社を辞めたのは、24歳のときだった。

理由は、当時の上司の姿に未来の自分を重ねてしまったから。

彼は会社の駐車場で寝泊まりし、わずかに見られるのは子どもたちの寝顔だけという生活を送っていた。

それが怖かった。

このままじゃいけないと思った。

会社を辞めた僕には、“夢”だけしかなかった。

期待よりも不安のほうが大きいまま、無謀にも独立を決めた。

だけど現実は、想像をはるかに超えて厳しかった。

25歳の頃、僕の月収はたったの7万円。

家を借りることもできず、事務所で寝泊まりする毎日。

食事は白飯にふりかけ。

それが、僕の“新しい人生”の始まりだった。

そんな中でも、僕には彼女がいた。

6歳年下の、当時19歳の女の子。

僕は沖縄に、彼女は東京に住んでいた。

つまり、遠距離恋愛だった。

飛行機に乗らなきゃ会えない距離。

でも、月収7万円の僕には、その航空券さえも高すぎる壁だった。

それでも彼女は、アルバイトで貯めたお金を使って、数ヶ月に一度、沖縄まで会いに来てくれた。

だけど僕は忙しく、まともにデートする時間もなかった。

せっかく来てくれても、連れて行けるのはファミレスくらい。

ホテルなんてもちろん無理で、シャワーもない事務所にふたりで寝泊まりした。

カツ丼一杯とドリンクバー一つを分け合って食べることが、僕たちにとって最大の贅沢だった。

そんな彼女が、20歳の誕生日を迎えた。

僕はどうしても、心に残る贈り物をしたかった。

でも、何かを買える余裕なんてあるわけがない。

悩んで悩んで――僕は、手作りのキャンドルをプレゼントすることにした。

「僕たちの未来に、明るい火が灯るように」

そんな願いを込めて、僕はそのキャンドルを彼女に渡した。

彼女は、まるで宝物を受け取るかのように、優しく笑ってくれた。

今でも覚えている、あの笑顔。

僕が「ありがとう」と言う前に、彼女が先にその言葉を口にした。

「ありがとう」

僕は、ただただ胸がいっぱいになった。

「それは、俺のセリフだよ。本当に、いつもありがとう」

その後も、いろんなことがあった。

だけど彼女は、ずっと隣にいてくれた。

そして――あれから7年が経った今、僕は香港で暮らしている。

世界中の起業家たちと語り合いながら、新しいビジネスをつくる日々。

昼はプールサイドで仕事をし、夜は仲間とグラスを傾ける。

事務所で寝泊まりしていた僕が、今はホテルの一室に住んでいる。

「人間って、本当にやればできるんだな」

そう、心の底から思えるようになった。

そんなある日。

「ねぇ? 早く準備してよ。今日は私の誕生日プレゼント買いに行く約束でしょ?」

ふいに、後ろから声をかけられた。

振り返ると――そこには、少しすすけたあの日のキャンドルと、そして“彼女”ではなく、“妻”になった彼女の姿があった。

今日は、彼女の27回目の誕生日。

19歳だった彼女は、きっと周りから言われていたはずだ。

「そんなダメ男、やめたほうがいいよ」って。

お金もない、夢だけの男。

デートもままならず、シャワーもない事務所で寝泊まり。

言えないこと、たくさんあっただろう。

親にも、友達にも。

夜、こっそり泣いている姿を、僕は知っていた。

でも彼女は、僕を信じてくれた。

あの小さなキャンドルに込めた未来を、信じてくれた。

今も、僕の隣にいてくれる。

僕はもう、二度と彼女に寂しい思いはさせない。

どんな壁があっても、ふたりで乗り越えていく。

笑ってくれてありがとう。

怒ってくれてありがとう。

悲しんでくれてありがとう。

喜んでくれてありがとう。

そして、ずっとそばにいてくれて、ありがとう。

彼女が隣にいてくれること。

それが、僕にとって何よりの贈り物。

大切な人を、絶対に守る。

そのためなら、僕は何度でも立ち上がる。

もう二度と、涙をこぼさせない。

今の僕には、それが何よりの“夢”だから。

関連記事

日記帳

赦しと再生の旋律

小学校の頃、私は虐められたことがある。 ふとしたことから、クラスのボス格女子とトラブルになった私。 その日以来、無視され続け、孤立した日々を送ることになった。 中学…

恋人同士(フリー写真)

彼女のために出来ること

まだ一年程前の事です。 彼女がこの世を去りました。病死です。 その彼女と出会ったのは7年前でした。彼女はその頃、大学1年生でした。 彼女には持病があり、 「あと…

学校の教室(フリー素材)

伝説になった校長先生

中学生の頃、同級生に本屋の娘さんがいた。 その娘の本屋さんで万引きをして警察に突き出された生徒達が、 「お前の親のせいで希望の高校に行けなくなるかもしれない!お前が責任を…

オフィス(フリー写真)

苦手だった部長

その時の部長は凄く冷たくて、いつもインテリ独特のオーラを張り巡らせている人だった。 飲みに誘っても来ることは無いし、忘年会などでも一人で淡々と飲むようなタイプ。 俺はよく怒…

結婚指輪(フリー写真)

会社対抗クイズ

近所に住んでいるご夫婦の話です。 その夫婦には子供が居らず、そのせいか私は子供の頃から可愛がってもらっていました。 おじさんは無口な土建屋の事務員。おばさんは自宅で商売をし…

砂浜を歩くカップル(フリー写真)

当たり前の日常

小さな頃から、私と彼はいつも一緒でした。 周りがカップルに間違えるほどの仲でした。 私が彼に恋愛感情を抱いていると気付いたのは、高校3年生の時です。 今思うと、その前…

3508 かしま(出典: 海上自衛隊ギャラリー)

かしま艦長の見事な対応

2000年7月4日、20世紀最後のアメリカ独立記念日を祝う洋上式典に参加するため、世界各国の帆船170隻、海軍の艦艇70隻がニューヨーク港に集結した。 翌日の5日に英国の豪華客船…

小学生の女の子(フリー写真)

覚えたてのひらがな

ある日、妻が長女をこっぴどく叱っていた。 私「キョーコが何かしたのか?」 妻「私の車を釘みたいなもんでひっかいとるとよ!」 私「何でそんなことしたん?」 と聞…

男の子の横顔

あした かえるね

私の甥っ子は、母親である妹が病気で入院したとき、しばらくの間、私たち家族のもとで過ごすことになりました。 「ままが びょうきだから、おとまりさせてね」 そう言って、小さな…

空(フリー写真)

お盆のある日

私には4年前、赤ちゃんの時に亡くなった子どもがいました。 昨年の8月のお盆のある時、上の娘が空を見上げて 「お母さん、空見てみて。ほら、空の雲の間に光っているところあるで…