
中学二年生の春、私は父にそう言った。
「もうお弁当、いらないから」
言った瞬間、父の手が止まった。
まな板の上には、いつもと同じ茶色いおかずが並んでいた。卵焼きと、きんぴらと、ウインナー。毎日毎日、判で押したように同じ三品が、あのアルミの弁当箱に詰められていた。
隣の席の美咲ちゃんの弁当は、小さなおにぎりにのりで顔が描いてあって、ブロッコリーの隙間にミニトマトが宝石みたいに並んでいた。蓋を開けた瞬間、周りの女の子たちが「かわいい」と声を上げるような弁当だった。
私の弁当は茶色かった。どこから見ても茶色で、蓋をそっと斜めにして、中身を誰にも見せないように食べていた。机の端に寄せて、教科書で壁を作るようにして、いつも下を向いて箸を動かしていた。
ある日、後ろの席の男子が私の弁当を覗き込んで笑った。「うわ、茶色」と、ただそれだけ言って。たったそれだけの言葉が、ずっと胸に刺さっていた。
だから私は父に言ったのだ。コンビニで買うから、もういらないと。
父は何も言わなかった。背を向けたまま、まな板の上の卵焼きを見つめていた。
翌朝、台所に弁当箱は出ていなかった。その翌朝も。そのまま、父は二度と弁当を作らなくなった。
※
母が亡くなったのは、私が五歳のときだった。
父は大工だった。日焼けした腕に木屑をつけたまま保育園に迎えに来る父の手は、節くれだっていて、繋ぐとざらざらして少し痛かった。でもその手は確かに温かくて、私はその温もりだけは今でもはっきりと覚えている。
母のいない台所で、父は朝五時に起きていた。現場に出る前の、まだ暗い時間に。ガス台の青い火が父の横顔を照らしていたのを、寝ぼけた目で見たことがある。大きな背中を丸めて、不器用な指で卵を割っていた。殻が混じって、菜箸でつまみ出しているのを見たこともある。
あの弁当がどれほどの時間と手間の上に載せられていたのか、十四歳の私にはわからなかった。
「コンビニで買うから」と背中越しに言い残して、私は玄関を出た。振り返りもしなかった。
※
大人になって、私は隣町の商店街で小さな和菓子屋を開いた。
餡を練り、生地を包み、季節ごとの色を指先でのせる仕事は、自分の手で何かを作るという点で父に似ていたのかもしれない。けれど当時の私はそんなことを考えもしなかった。
父とは盆と正月に顔を合わせる程度になっていた。電話は年に数回、用件だけで終わる。
「元気か」「うん」「そうか」
それで受話器を置く。父は昔から言葉の少ない人だった。母が生きていた頃はもう少し話したのかもしれないが、私の記憶の中の父はいつも黙っていた。怒っているのでも悲しんでいるのでもなく、ただそこに静かに立っている人だった。
父はもう七十二になっていた。大工はとうに引退していたが、近所の家の修繕を頼まれると断れない人だった。
※
十一月の末、叔母から電話があった。
父が屋根から落ちた、と。腰の骨にひびが入って入院していると。命に別状はないが、しばらく動けないらしい。
私は店を閉めて、二時間かけてバスに乗った。車窓を流れる田んぼの景色が黄土色に枯れていて、それがなぜかあの弁当の色に似ている気がした。
病院へ行く前に、実家に寄った。父の着替えを取りに行くためだった。
玄関の引き戸を開けた瞬間、空気の薄さに胸が詰まった。人の気配のない家は、こんなにも静かなのかと思った。流しには茶碗がひとつだけ伏せてあり、コンロの上には使い込んだ片手鍋がひとつ置いてあった。冷蔵庫を開けると、豆腐と漬物と牛乳だけが並んでいた。
着替えを探して寝室の押入れを開けたとき、上の棚から何かが落ちてきた。
アルミの弁当箱だった。
角が少しへこんでいて、蓋の表面に細かい傷がついている。見覚えがあった。あの弁当箱だ。中学生のとき、毎朝この中に茶色いおかずが詰められていた。
蓋を開けると、中は空だった。だが弁当箱の隣に、輪ゴムで束ねた紙の束が一緒に置いてあった。
料理雑誌から切り抜かれたページだった。
キャラ弁の作り方。のりをハサミで切って顔を作る方法。にんじんを花型で抜く手順。ミニトマトをピックに刺して飾る盛り付けの写真。ブロッコリーを小さな森に見立てるコツ。
切り抜きは何十枚もあった。端が黄ばんで、何度もめくった跡がついていた。いくつかのページには、父の字で小さくメモが添えてあった。「にんじん 型抜き 百均」「のり 湿気 注意」「たこさんウインナー 切り方」と。
日付が書かれているものがあった。
いちばん古い切り抜きの裏に書かれた日付は、私が「いらない」と言った年の夏だった。
胸の奥で、何かが崩れた。
父は、あのあとも調べていた。私が知らないところで、どうすれば娘が恥ずかしくない弁当を作れるかを、ひとりで勉強していた。「たこさんウインナー」の切り方を、七十近い大工の手で練習しようとしていた。
でも、もう作る機会は来なかった。
私が「いらない」と言ったから。
切り抜きの束を胸に抱いたまま、私は台所の冷たい床にしゃがみ込んだ。声を上げて泣いた。あの朝の父の背中が目に浮かんだ。まな板の上の卵焼きを見つめていた、あの小さく丸まった背中。何も言わずに立ち尽くしていた父は、きっとあの夜から切り抜きを集め始めたのだ。十四歳の自分が何気なく言い放ったあの一言の重さが、二十年近い時間を越えて、腹の底から込み上げてきた。
※
病室の父は、ベッドの上に座って窓の外を見ていた。
腰にコルセットを巻いて、背中を丸くしている姿は、私の記憶の中の大きな父より二回りほど小さく見えた。
「来たのか」と父は言った。こちらを見ずに。
「着替え、持ってきた」
私はビニール袋を棚に置いた。それから弁当箱を取り出して、父の前に差し出した。
父はちらりとそれを見て、すぐに目をそらした。
「……捨てとけ」
「捨てない」
「古いもんだ。使えん」
「使うよ」
父は黙った。私は弁当箱をベッドの脇のテーブルにそっと置いた。
「明日、お弁当持ってくるから。病院のごはん、おいしくないでしょ」
父は答えなかった。けれどその横顔の、頬のあたりが微かに動いたのを、私は見逃さなかった。
※
翌朝、私は実家の台所で弁当を作った。
卵焼きを焼いた。きんぴらを炒めた。ウインナーに切り目を入れて焼いた。あの頃と同じ、茶色いおかずばかりだった。
ただひとつだけ、違うことをした。
あの切り抜きの束の中にあった手順の通りに、にんじんを花の形に抜いた。小さなオレンジ色の花をひとつだけ、茶色いおかずの真ん中にそっと置いた。
父のささくれた手では上手くできなかったであろうことを、私の手でやった。あの人が二十年かけてやりたかったことを、娘の指先がようやく受け取った。
病室に着くと、父は起き上がって窓を開けていた。十一月の冷たい空気が白いカーテンを揺らしていた。
テーブルに弁当箱を置くと、父はしばらくそれを見つめていた。
蓋を開けた。
茶色いおかずの真ん中に、小さなオレンジ色の花がひとつ。
父の指先が、にんじんの花の縁にそっと触れた。
「……不格好だな」と父は言った。
「お父さんに似たから」と私は返した。
父は笑わなかった。けれど箸を手に取ったとき、その節くれだった指先が微かに震えていた。にんじんの花を、いちばん先に口に運んだ。ゆっくりと、確かめるように噛んだ。
窓から差し込む十一月の光が、父の白くなった髪を淡く照らしていた。ウインナーの焼ける匂いがまだ微かに残る弁当箱の向こうに、父の横顔があった。
私たちはどちらも何も言わなかった。
ただ静かに、二十年ぶりの弁当の時間が流れていた。