
僕は小さい頃、両親に捨てられました。
それから、あちこちを転々として、生きてきました。
小さな頃の僕は、「施設の子」「いつも同じ服を着た乞食」と、後ろ指をさされる存在でした。
たまに同級生と遊んでいて、「○○君の家に行こう!」という話になっても――
僕がその子の家に着くと、玄関の奥から、
「○○君と遊んじゃいけないって言ったでしょ!」
という怒鳴り声が聞こえてきます。
その直後、家の母親が僕を汚い物でも見るような目で睨み、
「○○は今日は遊べないの…」
とだけ言って、戸を閉めました。
そんなことが、何度も、何度も続きました。
僕は弱い人間だったから、気づけば一人でいることが、いちばん楽で、いちばん傷つかずに済むと知っていました。
でも、本当は――言いたいことが、山ほどありました。
汚い服でも、同じ服ばかりでも、僕は誰かの物を盗ったことも、人を傷つけたこともない。
両親がいないのだって、僕にはどうすることもできなかった。
僕だって、本当は――お父さんも、お母さんも、欲しかった。
だから、僕はなるべく人と接しないようにして生きてきました。
誰にも迷惑をかけずに、静かに独りで生きていく。
自分の心を守るために、それしかなかったのです。
※
高校に進学したある朝のことでした。
教室に入って、自分の席に向かうと――
僕の机に、マジックで太く黒く、こう書かれていました。
「死ね」「乞食」「貧乏神」「親無し」
目の前が真っ暗になりました。
僕は何か悪いことをしたのか?
何か誰かを傷つけたのか?
ただ、ただ、立ち尽くすしかできませんでした。
そのとき。
僕の目の前から机が、ふいに消えました。
クラスの人気者、Yが、無言で僕の机を抱え上げていたのです。
僕は思いました。
――殴られる。
そう覚悟して目を閉じた瞬間、
Yはぼそっと「行くぞ」とだけ言って、廊下に出て行きました。
僕は、なぜか自然と、その背中に従っていました。
Yはそのまま技術室へ向かい、紙やすりを取り出しました。
そして、何も言わずに僕の机の落書きを削り始めたのです。
黙々と、こすり続けながら、Yはたった一言だけ言いました。
「つまんないことに負けんなよ」
僕の中の何かが、崩れました。
たった一言なのに、心の底から涙があふれました。
Yは照れくさそうに笑って言いました。
「放課後、もう一回ここでニス塗ろうぜ。そしたら元通りだ」
僕は泣きながら、何度も頷きました。
※
Yは、6月に結婚します。
本当に、おめでとう。
あの日、あの言葉がなかったら。
Yがいなかったら――今の僕はきっと存在しなかったと思う。
照れくさくて面と向かっては言えないけれど。
これからもずっと、親友でいてほしい。
Y、本当にありがとう。
幸せになってください。心からそう願っています。