ワイン好きの父

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 |

ワイン(フリー写真)

いまいち仲が良くなかった父が、入院する前夜にワインを取り出し、

「まあいつまで入院するか分からないけど、一応、別れの杯だ」

なんて冗談めかして言ったんだ。

こんなのは初めてのことだった。

ワインが大好きだった父は、取って置いたビンテージを開けて僕と自分に注ぎ分け、乾杯した。

母も珍しいこともあるものだと言って、これまた珍しく家の中で写真を撮った。

父と初めて対座して酒を酌み交わすというのが、何とも居心地が微妙なもので…。

かと言って下戸なのですぐに酔ってしまい、父はカラカラと笑いながら、

「これじゃあ酒でまだお前に負けることはないな」

と言っていた。

その後、間もなくして入院。

末期の食道癌で、家に帰ることなく闘病4ヶ月で呆気なく逝った。

あれが最初で最後の父と息子の晩酌だった。

父の遺品を整理していると、納屋からワインがまだ幾つか出て来た。

僕は銘柄の良し悪しはよく分からないが、ラベルを見てみると、何か文字がメモしてあった。

『○○(僕の名)大学卒業用』

『○○就職時用』

『○○結婚時用』

僕は瓶を抱いて、ずっと泣いてしまった。

ワインを開ける機会を奪った病気を恨んだ。

それ以来、下戸ながら月の命日には赤ワインを開け、父を思い出すようにしている。

僕はもう結婚まで済ませ子供も出来たが、父の遺したボトルは開けていない。

もっと酒を教えてもらえば良かったと、本当に思う。

関連記事

夕日と花

「つまんないことに負けんなよ」

僕は小さい頃、両親に捨てられました。 それから、あちこちを転々として、生きてきました。 小さな頃の僕は、「施設の子」「いつも同じ服を着た乞食」と、後ろ指をさされる存在でし…

彼女(フリー写真)

忘れられない暗証番号

元号が昭和から平成に変わろうとしていた頃の話です。 当時、私は二十代半ば。彼女も同じ年でした。 いよいよ付き合おうかという時期に、彼女から私に泣きながらの電話…。 「…

炊き込みご飯

愛のレシピ

私が子供の頃、母が作る炊き込みご飯は私の心を温める特別な料理でした。 明言することはなかったが、母は私の好みを熟知しており、誕生日や記念日には必ずその料理を作ってくれました。 …

子供の手(フリー写真)

嫁の手

うちの3才の娘は難聴。殆ど聞こえない。 その事実を知らされた時は嫁と泣いた。何度も泣いた。 難聴と知らされた日から、娘が今までとは違う生き物に見えた。 嫁は自分を責め…

柴犬(フリー写真)

犬のきなこ

10年以上前、友達が一匹の柴犬を飼い始めた。 体の色が似ているからと言って、その犬は『きなこ』という名前になった。 友達は夕方になるとよく『きなこ』を散歩させていた。 …

砂浜を歩くカップル(フリー写真)

当たり前の日常

小さな頃から、私と彼はいつも一緒でした。 周りがカップルに間違えるほどの仲でした。 私が彼に恋愛感情を抱いていると気付いたのは、高校3年生の時です。 今思うと、その前…

野球ボール(フリー写真)

頑張ったよ

常葉大菊川(静岡)と14日に対戦し、敗れた日南学園(宮崎)。 左翼手の奥野竜也君(3年)は、がんで闘病中の母への思いを胸に、甲子園に立った。 竜也君が中学1年生の秋、ゆか…

父と子(フリー写真)

父が遺したもの

三年前に親父が亡くなったんだけど、殆ど遺産を整理し終えた後に、親父が大事にしていた金庫が出てきたんだよ。 うちは三人兄弟なんだけど、お袋も亡くなっていて、誰もその金庫の中身を知ら…

妊婦さん(フリー写真)

私の宝物

中学2年生の夏から一年間も入院した。 退院して間もなく高校受験。 高校生になると、下宿生活になった…。 高校を卒業して就職。 田舎を飛び出して、会社の寮に入った…

窓辺(フリー写真)

失われた家族

妻と娘が一ヶ月前に交通事故で命を落としました。 独りで運転していた車が大破したそうです。 その知らせを受けたとき、私は出張先の根室にいました。 帰るのは一苦労でした…