合格発表の画面に、俺の番号はなかった。
三回見た。受験番号を打ち間違えたんじゃないかと思って、財布から受験票を出して、一桁ずつ照らし合わせた。なかった。
二月の終わりの、よく晴れた昼だった。台所からは味噌汁の匂いがして、ばあちゃんが大根を刻む音だけが、とんとんと続いていた。
発表は昼の十二時だった。母は「休み取ろうか」と言ったけど、俺が断った。一人で見たかったのだ。今思えば、駄目だったときの顔を、誰にも見られたくなかったんだと思う。
スマホを伏せて、俺はしばらく天井を見ていた。台所の包丁の音が止んで、「○○や、昼ご飯できとるよ」と、ばあちゃんののんびりした声がした。
何も知らない声だった。俺は「今行く」と返事をして、自分でも驚くくらい普通の声が出たことに、少しだけ救われた。
うちは母と、ばあちゃんと、俺の三人暮らしだ。
親父は俺が小五のときに家を出た。パチンコと競馬で作った借金が、家のポストに督促状の束になって届くようになって、母が離婚を決めた。
以来、母は昼は給食センター、夜は弁当工場で働いている。母の手はいつも荒れていて、冬になるとあかぎれの指にテープを巻いて、それでも「平気平気」と笑う人だった。
離婚の前、一度だけ、借金取りらしい男が家まで来たことがある。玄関先で母が頭を下げているのを、俺は廊下の陰から見ていた。
そのとき、奥の間からばあちゃんが出てきた。男の前にちょこんと正座して、「お金は、うちが代わりにお返しします。そのかわり、二度とこの家の敷居をまたぎなさんな」と言った。
あんなに静かで、あんなに強い声を、俺はあれ以外に知らない。男は何も言えずに帰っていった。後にも先にも、ばあちゃんが他人に頭を下げたのを見たのは、あの一度きりだ。
ばあちゃんは、古い服しか着ない人だった。
袖口の毛玉を切って切って、薄くなった灰色のカーディガン。町内の集まりも、親戚の法事も、いつもそれ一枚で通していた。
「ばあちゃん、たまには新しいの買えば」と言ったことがある。
親戚の結婚式の案内が来たときも、母が「服くらい買おうよ」と勧めたのに、ばあちゃんは箪笥の奥から三十年前の着物を出してきて、自分で丈を直して着ていった。
式場で誰よりも背筋が伸びていたのは、たぶんばあちゃんだった。
「服はなあ、着られるうちは服じゃけえ」
と、ばあちゃんは笑って取り合わなかった。
飯のときも、ばあちゃんは自分のおかずを必ず少し残して、「年寄りは小食でええんじゃ」と言っては、俺の皿にそっと移した。
スーパーに行けば見切り品の棚から先に見る。電気はこまめに消す。破れた障子は自分で張り替えて、ほつれた靴下は繕って履く。
そのくせ、裏の小さな畑で採れた野菜は、惜しげもなく近所に配って歩いた。「物はけちっても、心はけちったらいけんのよ」というのが口癖だった。
育ち盛りだった俺は、深く考えもせずに食った。あの頃の自分を思い出すと、今でも胸の奥がちくりとする。
※
俺には、行きたい大学があった。
建築学科のある、県外の私立大学だ。
理由は単純で、この家が好きだったからだ。
今住んでいる古い平屋は、死んだじいちゃんが若い頃に自分で建てた家だと聞いた。じいちゃんは大工だった。俺が三つのときに死んだから、顔はほとんど覚えていない。
でも、家は覚えている。
仏壇の横に、じいちゃんの道具箱が今もある。鑿やかんなが油紙にくるまれて、きちんと並んでいる。ばあちゃんが年に二回、虫干しと油差しを欠かさないからだ。
「道具はな、手入れしとる限り、職人は死なんのじゃと。じいさんがよう言いよった」と、ばあちゃんは笑う。
俺はときどき、その道具箱をこっそり開ける。使い込まれた鑿の柄は、じいちゃんの手の形に、ほんの少し凹んでいる。握ると、会ったことのない人の手と、握手をしているような気がする。
夏でもひんやりする縁側の板の冷たさ。雨の日に雨戸を閉めると、家全体が木の匂いになること。柱のかんなの跡が、夕方の光で波みたいに見えること。
中学の技術の授業で本棚を作ったとき、先生に「おまえ、筋がええな」と言われて、単純な俺はその気になった。じいちゃんの血かもしれんと思ったら、嬉しかった。
その本棚を持って帰った日、ばあちゃんは何度もかどを撫でて、「ええ仕事しとる」と言った。仏壇のじいちゃんに「見んさい、孫がこんなん作ったよ」と報告までしていた。
本棚は今も、ばあちゃんの部屋で薬の箱を載せている。俺の作った物の中で、あれが一番の出世頭だ。
いつか自分の設計した家を建てたい。ぼろぼろになったこの家を、いつか建て直したい。
進路希望の紙には、毎回その大学の名前だけを書いた。
だけど、私立の建築学科は金がかかる。入学金と授業料の一覧表を見たとき、俺は黙ってパンフレットを閉じた。
「ここだけ受けて、駄目だったら就職するわ」
母にはそう言った。母は何か言いかけて、結局「あんたの人生だからね」とだけ言った。
奨学金のことは調べた。それでも最初にまとまった金が要る。うちにその余裕がないことくらい、高校生にもわかる。
だから、一回勝負だと決めていた。
秋の模試の判定は、悪くなかった。担任も「いけるぞ」と言ってくれた。だから余計に、落ちるなんて本気で考えていなかったのかもしれない。
※
落ちた。
夕方、弁当工場から帰ってきた母に、俺は努めて軽く言った。
「駄目だったわ。まあ、就職するからさ」
母は上着も脱がずに、しばらく俺の顔を見ていた。
「……そう。あんた、ご飯は」
「食った」
嘘だった。昼から何も食ってなかった。
その夜の食卓は、静かだった。ばあちゃんも母も、受験の話には触れなかった。ただ、俺の茶碗の飯が、いつもより少しだけ大盛りだった。
ああいう優しさは、ありがたいのに、あの日はうまく飲み込めなかった。
自分の部屋に戻って、俺はハローワークの求人票のコピーを机に並べた。担任が「念のため」と持たせてくれたやつだ。
地元の工場、運送会社、ホームセンター。どれも悪い仕事じゃない。わかってる。
わかってるのに、求人票の字が、なかなか頭に入ってこなかった。
スマホには、同じ大学を受けた友達からの通知が並んでいた。受かったわ、という短い文面と、桜の絵文字。おめでとう、と打って、送信する前に少し手が止まった。それでも送った。送れた自分に、ほっとした。
窓の外はもう暗くて、ガラスに自分の顔が映っていた。情けない顔だった。
十八年生きてきて、初めて「金がない」ということの本当の意味を知った気がした。それは、欲しい物が買えないことじゃなくて、選べるはずの道が最初から消えていることだった。
机の引き出しには、オープンキャンパスでもらった大学のパンフレットが入っていた。製図室の写真の頁に、付箋が貼ったままになっていた。
捨てようと思って、捨てられなかった。引き出しを閉めて、見なかったことにした。
それでも俺は、泣かなかった。泣いたら母のせいにしてしまいそうで、それだけは絶対に嫌だった。
※
ノックの音がしたのは、夜の九時過ぎだった。
母はまだ帰っていなかった。夜のシフトの日だったのだ。家の中は静かで、遠くで風呂の湯沸かしの音だけがしていた。
「○○や、ちょっとええかね」
ばあちゃんだった。湯呑みを二つ、盆に載せて入ってきた。
ばあちゃんが俺の部屋まで来るのは、珍しいことだった。膝が悪いから、階段のない奥の間からほとんど動かない人なのだ。
「大学、落ちちゃったんじゃってね」
「うん。でもいいよ、俺、就職するからさ」
少し強がって、笑ってみせた。
ばあちゃんは俺の顔をじっと見て、それから、持ってきた風呂敷包みを膝の上でほどき始めた。
中から出てきたのは、見覚えのある手提げ袋だった。
いつからうちにあるのか分からない、底の角が擦り切れて、持ち手に何重も布が巻いてある、古い古い手提げ袋。ばあちゃんが病院に行くときも、年金を下ろしに行くときも、いつも提げていたやつだ。
ばあちゃんは、その中から札束を出した。
帯のついた束がひとつと、輪ゴムで留めた束がいくつか。それから、角の丸くなった通帳を何冊か。
畳の上に置かれたそれは、現実感がないくらい、ずしりとした眺めだった。テレビでしか見たことのないものが、ばあちゃんの膝の前に、当たり前みたいに並んでいた。
「え……何これ……」
俺は本当に、言葉が出なかった。
「○○、行きたい大学があるんじゃろ? だったら行きんさい」
「いや、待って。待ってばあちゃん、これ、どうしたの」
「お金のことなら心配せんでええ。まずこれで予備校に行きんさい。一年浪人したかて、人生は長いんじゃけえ」
「ばあちゃんはな、学校に行きとうても行けん時代に育ったんじゃ。じゃけえ、行ける子が行かんのが、一番もったいない」
「もらえんよ、こんなの。これ、ばあちゃんの老後の金じゃん」
「ばあちゃんの老後はもう来とるがね。来とる上で、余っとるんじゃ」
「そういう問題じゃなくて……」
そう言った俺に、ばあちゃんはあの調子で笑った。
「年寄りは金持ちやで。それにな、ばあちゃん、ちょうど何かに使おう思うとったんじゃ」
しわしわの手が、俺の手を取って、札束を握らせた。
乾いて、軽くて、温かい手だった。畑仕事と水仕事で、指の節だけが太くなった手だった。
「頑張りんさい」
それだけ言って、ばあちゃんは湯呑みを一つ残して、ゆっくり部屋を出て行った。
残された俺は、札束と通帳を前に、しばらく動けなかった。
湯呑みの茶は、俺の好きなぬるめの温度だった。ばあちゃんはいつも、俺の猫舌に合わせて、少し冷ましてから持ってくるのだ。
そんなことにまで気づいてしまって、俺は畳の上の札束よりも、その湯呑みを見ているほうが苦しかった。
※
次の日、母に通帳のことを話した。
母は最初きょとんとして、それから通帳を開いて、急に黙り込んだ。
「……おばあちゃん、あんたが産まれてからずっと、年金をコツコツ貯めてたみたいだよ。私も知らんかった」
通帳の一番上の日付は、俺の生まれた日だった。
最初の額は、三千円だった。
そこから毎月、三千円、五千円、ときどき一万円。十八年分の数字が、几帳面な印字でずっと続いていた。
途中、通帳が新しくなるたびに、繰越の判子が押してあった。最初の通帳は表紙の字が薄れて、ばあちゃんの字で「○○のぶん」と書き直してあった。
俺の名前だった。生まれた日から、これは俺のための金だと、最初から決まっていたのだ。
年金の少ない月は千円のときもあった。それでも、空白の月はひとつもなかった。
母が指で口元を押さえて、声を出さずに泣き始めた。俺は通帳のその頁を見たまま、目の奥が熱くなって、どうしようもなかった。
「私、何度か言ったのよ。お母さん、自分のために使ってって。旅行でも、服でも、何でもええからって」と、母は涙声で言った。
「そのたびに言われた。『うちはな、使い道がもう決まっとるんじゃ』って。……こういうことだったのね」
古い服の意味。残されたおかずの意味。「年寄りは小食でええんじゃ」の意味。
全部、これだったのだ。
あの擦り切れた手提げ袋の中に、ばあちゃんは俺の十八年を、まるごと提げて歩いていたのだ。
思い出したことがある。中三の修学旅行のとき、積立金が足りなくて、母が頭を下げて分割にしてもらったと思っていた。あれも後から聞けば、ばあちゃんが「内緒じゃよ」と言って出していたらしい。
俺はずっと、もらってばかりだった。
夜中、便所に立ったついでに、奥の間の前を通った。襖の隙間から、豆電球の灯りが漏れていた。
ばあちゃんは布団の上に座って、空になった手提げ袋を、膝の上でゆっくり撫でていた。
十八年分を手放した夜に、あの人は、どんな気持ちで袋を撫でていたのだろう。声をかけられないまま、俺は自分の部屋に戻った。あの後ろ姿を、俺は一生忘れないと思う。
※
その晩、俺はばあちゃんの部屋に行った。
ばあちゃんは布団の上に座って、テレビの相撲の録画を観ていた。
「ばあちゃん、肩揉むわ」
「おお、ええのう。孫に肩揉んでもらえる年寄りは果報者じゃ」
小さい肩だった。こんなに小さかったかと思うくらい、小さい肩だった。
この肩で、畑を耕して、じいちゃんを見送って、母を育てて、それから俺の十八年を支えてきたのだ。
「ばあちゃん。俺、予備校行く。それで絶対、来年受かるから」
「おお」
「それでさ。大学出て、一人前になったらさ、この家、俺が建て直すわ。じいちゃんの柱は残してさ。ばあちゃんの部屋、一番日当たりのいいとこにするから」
ばあちゃんはしばらく黙っていた。
テレビの中で、誰かが土俵を割った。
「……じいさんの柱、残してくれるんか」
「残す。あのかんなの跡、俺、好きなんだ」
ばあちゃんは前を向いたまま、手の甲で目元をぬぐった。それから、いつもの声で言った。
「ほんなら、長生きせにゃいけんのう」
その声が少しだけ湿っていたことには、気づかないふりをした。男同士ならぬ、祖母と孫の礼儀というやつだ。
「そうだよ。約束だからな」
肩を揉む俺の手に、ばあちゃんのしわしわの手が、ぽんぽんと二回触れた。
※
あれから、俺は予備校に通っている。
初日の朝、ばあちゃんは玄関まで見送りに出てきた。「行ってきんさい」と言って、俺の背中をぽんと叩いた。小さい手のくせに、妙に響く一発だった。
朝一番の電車で行って、自習室が閉まるまで残る。眠くなったら、あの通帳の一頁目を思い出すことにしている。三千円から始まった、十八年分の数字の列を。
不思議なもので、あの数字の列を思い出すと、眠気よりも先に背筋が伸びる。月千円の月の、ばあちゃんの台所を想像するからだ。見切り品の棚と、繕った靴下と、俺の皿に移されたおかずを。
母は相変わらず働きづめだが、夕飯のときに笑うことが増えた気がする。
俺も家では、なるべく予備校の話をするようにしている。今日はこんな問題が解けた、模試の判定が一つ上がった。ばあちゃんは細かいことは分からんと言いながら、いつも箸を止めて聞いている。
ばあちゃんは相変わらず、あの灰色のカーディガンを着ている。
この前、合格したら一緒に入学式に来てくれと言ったら、「ほんなら新しい服を買わにゃのう」と笑っていた。
あの人の口から「新しい服」という言葉が出たのを、俺は十八年で初めて聞いた。母と二人、顔を見合わせて笑った。笑いながら、母は少し泣いていた。
だから俺は、絶対に受かる。
ばあちゃんに新しい服を着せて、入学式の門の前で、母と三人で写真を撮る。
そしていつか、俺の引いた図面でこの家を建て直して、一番日当たりのいい部屋で、ばあちゃんに長生きしてもらう。
じいちゃんの柱は、そのまま使う。かんなの跡に夕方の光が波みたいに走るのを、ばあちゃんの部屋から見えるようにする。図面はもう、ノートの隅に何度も描いてある。
恩は、返すものじゃなくて、繋ぐものだと誰かが言っていた。それでも俺は、少しくらい返したい。
あの小さな肩に、今度は俺が、何かを提げて歩く番だ。