俺のお母さんだ

公開日: 家族 | 心温まる話 | |

夕日

今日、俺は養父に――

「おとん」って、言ってやったんだよ。

そしたらさ、いきなり泣き出したんだよ、あのおっさんが。

俺もなんか、つられて涙が止まんなくなってさ。

真冬の縁側で、男二人が並んで鼻水垂らしながら泣いてんの。会話もなく、ただ泣いてんの。

小学校4年の時だった。

両親と、弟と、妹が一緒に交通事故で亡くなった。

気がついたら、俺だけが残ってた。

最初は母方のじいちゃんが引き取ってくれた。

でも、中学に上がるころには、そのじいちゃんも逝ってしまった。

そこからの数年間、親戚をたらい回し。

誰かが面倒を見てくれることはあっても、家族って感じは一度もなかった。

「お前は居候なんだから」って、何度も言われた。

転校、転校、また転校。

俺、人生でどれだけ「はじめまして」を繰り返しただろう。

でも、勉強だけは続けた。逃げ場がなかったから。

そんなある日、中3の3学期になって、遠縁の夫婦が俺を引き取りたいって言ってきた。

疑う暇もなかった。俺、馬鹿だから。

その夫婦、驚くほどいい人だった。

「バイトして家賃入れます」って言ったら、鬼の形相で怒られた。

「お前はうちの家族だろうが!」って。

そこから、犬の散歩と風呂掃除が俺の仕事。

まるで家事手伝い。犬がまた可愛いのなんの。

ある日、朝からスーツ姿の養父と養母が、俺の前で進路相談の紙を広げた。

あれ、俺がゴミ箱に捨てたやつじゃん。

プライバシーとは…。

それがきっかけで初めての三者面談。

先生が言った。

「この子は、境遇にも負けずによく勉強しています。ぜひ高校に行かせてあげてください。」

頭を下げる先生のハゲ頭が眩しくて、泣けてきた。

でも養父はもっとすごかった。

「高校? 失礼な! この子には大学まで行ってもらう!」

もう、俺の人生勝手に決まった。

それでも勉強は続けた。家で、黙々と。

養母の夜食は最高だった。ジャコと鰹節のおにぎり、神。

高校、無事に合格。

隣で泣いてる養父母を見て、なんか…泣きたくなった。

剣道部に入って、大会ではほとんど勝てなかったけど、楽しかった。

準優勝した時の夕飯、すごかった。

養父が飲めない酒を飲んで、酔っ払って俺にビールすすめて怒られてた。

高校3年、いよいよ受験。

俺、国立大を狙った。

体壊しそうなくらい勉強して、見事合格!

ついでにダイエットにも成功して体重6キロ減!

大学生活、めっちゃ自由だった。

単位も自分で選べる。最高。

中学の担任に報告したら、電話口で号泣。

復讐、完了。

そして大学2年。

突然、養母が倒れた。

病名は胃がん。

夕日がカーテン越しに差し込んで、涙が止まらなかった。

半年後、あっけなく逝ってしまった。

死因は、眠っている時に嘔吐して、それが気管に入った窒息死。

俺、隣のソファで寝てたのに、何も気づけなかった。

葬式の日。

親戚たちがまた悪口を言い始めた。

「この子は人を不幸にするわ」って。

その時、養父が立ち上がって怒鳴った。

「うちの息子の悪口言ったやつは誰じゃ!」

マジ、ヤクザかと思った。

坊さんが固まってた。空気、読め。

骨になった養母を見て、箸を持つ手が震えた。

喉が締めつけられて、何も言えなかった。

今日。

庭を見つめる養父の背中が、小さく見えた。

「頑張ったねぇ……」

ぽつりとつぶやいたその声に、俺の心が崩れた。

俺、土下座した。

おでこに畳の跡がくっきりつくくらい、全力で。

「気づけなくてごめんなさい」

「本当にごめんなさい」

養父は俺を引きずり起こして、怒鳴った。

「お前は俺のなんじゃぁ!」

何度も何度も。

俺、勇気を振り絞って言ったんだ。

「……おとん」

その瞬間、涙が止まらなくなった。

二人で、「うぉぉぉおおおお!」って泣いた。

男二人、鼻水垂らして泣き叫んでた。

そして、おとんが言った。

「今度、お母さんにも言ってやってくれ」

「おう!」

俺、ぐしゃぐしゃの顔で、力強く返事した。

お母さん、ごめんなさい。

病気に気づけなくて、ごめんなさい。

喉を詰まらせたのに、気づけなくてごめんなさい。

心配ばかりかけて、ごめんなさい。

勇気がなくて、ごめんなさい。

お母さんって呼びたかったです。

本当に、心から呼びたかった。

でも、怖くて言えなかったんです。

返事がなかったらどうしようって。

だから、あなたが寝てる時に、こっそり呼びました。

あの時だけが、唯一の「お母さん」でした。

言えなかったこと、今も後悔しています。

ごめんなさい。

お母さん、大好きです。

あなたが作ってくれた、ジャコと鰹節のおにぎりが大好きでした。

あたたかいご飯が、嬉しかった。

あなたのだし巻き卵が、大好きでした。

お母さん、大好きです。

お母さん、お母さん、お母さん……

俺のお母さん。

うん。俺のお母さんだ。

とりあえず、週末に墓参り行って言ってくるわ。

お前ら、親は大事にしろよ。

じゃあな!

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