隠された記憶

公開日: 家族 | 心温まる話 | |

ウエディング

友人の結婚披露宴に参加した際の出来事です。式も終盤に差し掛かり、新婦の父親のスピーチの時間がやってきました。

「明子。お前が生まれたばかりの頃、お母さんは病気で亡くなってしまった。

お前は母の顔を写真でしか見たことがなく、母親の声も知らず、母の愛情を直接感じることもなかった。

片親で育つ辛さもあっただろうが、お前は一度も文句を言わず、明るく素直で思いやりのある子に育ってくれた。

手がかからない子で、よく家事も手伝ってくれた。今日、こんな素敵な相手と結婚し、幸せになるお前を見て、お母さんもきっと喜んでいると思う。

しかし、私にはお前に謝らなければならないことがある。お前が生まれた時から、お前に渡すタイミングをずっと考えていた物があるんだ。」

こう語りながら、彼は古びた箱から一本のビデオテープを取り出し、会場に設置されたビデオプレーヤーで再生し始めました。会場内は一瞬にして静まり返りました。

画面に映し出されたのは、病院のベッドに横たわり、笑顔で新生児を抱く一人の女性。それは25年前の新婦とその母親でした。

画面の中の母親は、幸せそうに笑いながら赤ちゃんをあやしています。その姿はまさに聖母のように美しく、優雅でした。

母親の顔を初めて見る新婦は、涙を抑えることができずにいました。それを見た参列者も、次第に涙を流し始めました。会場全体が感動で包まれていきました。

特に新婦は涙にくれながらも、画面を見つめ続けていました。一方で、新婦の父は、何事もなかったかのように淡々としていました。その様子が、また別の意味で涙を誘いました。

この瞬間、新婦は父親がこれまで秘密にしてきた母親の記憶と愛情を、心の底から感じ取っていたのです。

関連記事

ロールケーキ(フリー写真)

ケーキ屋の親友の話

俺の親友テツヤは小さい頃からの大親友。良いことも悪いことも一緒に経験した親友。 中学の時、ケーキ屋を経営しているテツヤのオヤジが脳梗塞で倒れた。 幸い一命を取り留めたが、…

バス

車いすの息子と受けた心ない言葉

私は10歳の息子とともに、今日もいつも通り通院のためにバスに乗りました。息子は先天的な病を抱えており、車いすでの生活を送っています。薬の副作用のため体型も変わり、見た目にはいわゆる「…

親子の後ろ姿(フリー写真)

育ての親

私には、お母さんが二人居た。 一人は、私に生きるチャンスを与えてくれた。 もう一人は……。 ※ 私の17歳の誕生日に、母が継母であることを聞かされた。 私を生んで…

親子(フリー写真)

父と過ごした日々

2年前、父を癌で亡くしました。 癌が発覚したのはその3年前。風邪が治らないと病院に通い、それでも治らず精密検査をしたら肺癌が見つかりました。しかもリンパにも転移していました。 …

男の子の横顔

あした かえるね

私の甥っ子は、母親である妹が病気で入院したとき、しばらくの間、私たち家族のもとで過ごすことになりました。 「ままが びょうきだから、おとまりさせてね」 そう言って、小さな…

夫婦の手(フリー写真)

大事なメール

嫁が風呂に入っている時に携帯を見てしまった。 メールボックスには俺が送った『今から帰る』というような、くだらないメールばかり。 でもフォルダがあって、そこにメールが一杯貯ま…

ラジオ

ラジオから伝わる愛

私が子供の頃から、近所に住むご夫婦に可愛がられて育ちました。その夫婦には子供がおらず、私は幼いころから特別な存在でした。 おじさんは土建屋の事務員で無口な人ですが、優しさに溢れ…

父と子のシルエット(フリー写真)

親父からのタスキ

小さい頃、よく親父に連れられて街中を走ったものだった。 生まれた町は田舎だったので交通量が少なく、そして自然が多く、晴れた日にはとても気持ちの良い空気が漂っていた。 ※ 親父…

手紙

パパと綴られた手紙

私が30歳になった年、ひとつ年下の彼女と結婚しました。 今、私たちには、娘が三人、息子が一人います。 長女は19歳で、次女は17歳、三女は12歳。 そして、長男は1…

バス停(フリー写真)

親切な彼女

バスで二人座席に座っていた学生風のカップル。 車椅子の人が乗ろうとした途端、彼女の方がすっと立ち上がって、彼氏に荷物を渡し、運転手が車椅子を乗せるお手伝いをしていた。 その…