最後までしっかり者だったおばあちゃんへ

おばあちゃん

私には、気が強くて、しっかり者のおばあちゃんがいた。

思春期に身長がぐんぐん伸びて、それを気にしていた私に向かって、

「あんた、でかいわねぇ」

と、悪びれもせず笑いながら言ってくるような人だった。

看護師の仕事が大好きで、定年を過ぎてもなお、現場に立ち続けていた。

「老後」と呼ばれる年齢になってもバリバリ働いて、忙しそうにしていた。

ある日突然、

「世界一周に行ってくるわ」

と言い残して、本当にしばらく帰ってこなかったこともある。

友だちと行くカラオケにハマって、週に何度も通いつめていた時期もあった。

いつ会っても、おばあちゃんはパワフルで、ちょっとやそっとではへこたれない人だった。

私が二十歳になったとき、成人のお祝いのお金をくれた。

ご祝儀袋を受け取りながら、「ああ、ちゃんと大人として見てくれているんだ」と嬉しくなった。

その少しあと、またおばあちゃんと会ったとき、もう一度お祝いのお金を渡された。

「おばあちゃん、前ももらったよ? またくれるの?」

私はそう言って、ちょっとからかうように笑った。

おばあちゃんは、少し照れたように笑いながら、

「あれ~、あぶないあぶない。お金いっぱい取られちゃうところだったわ」

と冗談めかして答えた。

そのときは、ただの「おちゃめなうっかり」だと思っていた。

でも、今思えば、あれが小さなサインだったのかもしれない。

いつの頃からか、おばあちゃんの家には、あちこちに手書きのメモが貼られるようになった。

「〇月〇日 ●●さん 14:00」

「△月△日 病院」

冷蔵庫、柱、電話の近く、玄関の壁。

どこを見ても、びっしりと予定が書かれた紙が貼ってあった。

テレビで「認知症予防に効果がある」と紹介された食べ物を、毎日のように欠かさず食べるようになった。

「ボケないようにしないと」

それが、おばあちゃんの口ぐせになった。

「何かを書くと、ボケ防止にいいらしいよ」

そんな話を聞いてから、私は一人暮らしをしているアパートから、おばあちゃんに手紙を書くようになった。

初めのうち、おばあちゃんから返ってくる手紙は、昔と変わらない、整った字で書かれていた。

漢字もきちんと使い分けられていて、文章も読みやすかった。

ポストに届いた封筒を開けるたび、便箋いっぱいに綴られた近況報告や、私を気遣う言葉が嬉しかった。

ところが、だんだんと文字の形が揺らぎ始めた。

読めない字が増えて、漢字が減り、ひらがなとカタカナが入り混じるようになった。

書いてあることも、いつも同じような内容が繰り返されるようになった。

「ごはんはたべてますか」

「からだにきをつけてね」

似たような文が、何度も何度も別の日付で届いた。

そのうち、おばあちゃんは自分で住所を書けなくなり、郵便局に出せなくなった。

代わりに、母がおばあちゃんの家から手紙を受け取って、私のもとへ届けてくれるようになった。

それでも、おばあちゃんは震える手で、一生懸命ペンを握り続けていた。

やがて、認知症は着実に進行していった。

おばあちゃんは、私のことが誰なのか分からなくなっていった。

久しぶりに会いに行って、「おばあちゃん、元気~?」と声をかけても、

そこにいるのは、どこかよそよそしく、愛想笑いを浮かべて会釈を返してくる「知らない若い子」に見えていたようだった。

私が何度名前を名乗っても、「ああ、そう」と曖昧に笑うだけの日が増えた。

そのうち、しゃべることも忘れ、食べ方も分からなくなり、トイレの仕方さえ思い出せなくなってしまった。

いつも前を向いていたおばあちゃんの背中が、少しずつ、小さく、弱々しくなっていくのを見るのは、とてもつらかった。

「もう数か月ももたないだろう」

医師にそう告げられた頃、私は結婚が決まった。

結婚が決まってすぐ、私は婚約者を連れて、おばあちゃんに会いに行くことにした。

コロナの影響で長いあいだ面会ができず、数年ぶりの再会だった。

いつもはほとんど目を閉じて眠ったままで、声をかけても反応がないと聞いていた。

正直、「私のことなんて、もう完全に忘れているかもしれない」と思っていた。

病室に入ると、おばあちゃんは細くなった体でベッドに横たわっていた。

それでも、その日は、ゆっくりと目を開けて、私たちの方を向いてくれた。

私はベッドのそばに近づき、耳元で何度も話しかけた。

「おばあちゃん、私ね、結婚するよ」

「来月、結婚式なんだよ」

「来年には、赤ちゃんも生まれるよ」

「だから、もう少し頑張ってね」

私のことが誰なのか、何年も前から分からなくなっていたはずのおばあちゃん。

なのに、そのときのおばあちゃんは、まばたきが急に早くなり、うるんだ目でこちらを見つめていた。

そして、弱々しいけれど、はっきりと首を縦に振り、何度もうなずいて声を出そうとしてくれた。

かすれたその声は、言葉にはならなかったけれど、「わかってるよ」と言ってくれているように聞こえた。

おばあちゃんの娘である母は、その姿を見て、

「こんなに反応するなんて……」

と、ぽろぽろ涙をこぼしていた。

私も涙をぬぐいながら、何度も何度も、おばあちゃんの名前を呼び続けた。

その一週間後、おばあちゃんは静かに息を引き取った。

訃報を聞いたとき、私の胸には不思議と「間に合った」という気持ちがあった。

お母さんは、涙を浮かべながら、こう言った。

「結婚式も、赤ちゃんも、天国からもっと近くで見守ることにしたんやね」

結婚式には、おばあちゃんの席もちゃんと用意した。

そこには、遺影と花と、小さなお菓子をそっと置いた。

昔、おばあちゃんとやりとりしていた手紙には、いつも同じ一文が書かれていた。

「**ちゃんがけっこんするの、たのしみだなァ」

何度返事を書いても、次に届く手紙にもまた、同じような言葉が綴られていた。

そのときは、「よっぽど楽しみにしてくれてるんだな」と笑っていたけれど、今は少し違う風に思う。

きっとおばあちゃんは、何度も何度も、その願いを自分に言い聞かせていたのだ。

「**ちゃんが結婚するところを、この目で見たい」

「その日が来るまで、しっかりしていなきゃ」

遅くなってしまったけれど、私はちゃんと報告に行くことができた。

おばあちゃんは、私の言葉を聞いてから、ようやく安心して旅立ったのかもしれない。

最後の最後まで、おばあちゃんは「しっかり者」のままだった。

天国から見ていてくれていると信じて、私は今日も、家族と一緒に前を向いて生きていこうと思う。

おばあちゃん、今まで本当にありがとう。

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