普通の一家の物語
その昔、大学の同級生の女の子にがりがりに痩せた子が居た。
細身の娘が好みだったので声を掛け、程なく恋仲に。
ある日、
「心臓に大穴が空いていて、苦しい。
子供も無理。諦めるなら今のうち」
と告白された。
本人は死ぬ気だったらしい。
それでも迷うことなく、恋人のまま。
出来る手術があるのならと、方々の心臓外科を探しまくって何とか手術に漕ぎ着けた。
どきどき。
成功した。嬉しかった。術後も良好。
でも、子供は無理。受胎しないだろうと言われた。
当然、親同士は結婚に猛反対。
俺の親は勿論、向こうの両親も。無視。
無視し続けても尚、説得も続け、6年掛けてやっと挙式・入籍。
※
十年後、余程経過が良かったのか、妊娠が発覚。
主治医に相談したら、
「妊娠できたのなら出産は問題ないだろう。挑戦しましょう」
お前、俺の女房だぞ、俺の子供だぞ、大丈夫なんだろうなぁ。
どきどき。
無事出産。3,000グラムの元気な男の子。
あまりに嬉しくて、二寸ほど宙に浮いていた。
※
半年後、かみさんに似たような心臓障害が発覚。
成長しないだろうってどういう事?
「様子を見ながら出来るものなら手術をしましょう」
かみさんの執刀医の紹介で、小児心臓外科の先生にお願いする。
大事な一粒種、殺すなよ。頼むから。
どきどき。
成功した。これ以上ないくらい。
※
あれから15年。ころころ太ったかみさんが居る。
「うぜえんだよ、親父」
憎まれ口をきく、ちょっと小振りな男子高校生が居る。
ここに、冴えないサラリーマンの普通の一家がある。
かみさんにも、せがれにも言わないが、幸せを噛みしめている。