娘にだけは泣き顔を見せたくなかった

手紙

60歳を過ぎて、癌だと告げられても、私は治療はしないつもりでいます。

5年前には一人娘も無事に結婚しましたし、親としての務めも、もうひと通りは果たせたと思っています。

大きな声では言いませんが、正直なところ、あまり思い残すことはありません。

ただひとつ贅沢を言うなら、オリンピックと、娘の子ども――孫の顔を、一度でいいから見てみたかったですね。

私は30歳のとき、夫を舌癌で亡くしました。

あの日を境に、人生はがらりと変わりました。

それからというもの、娘をたった一人で育ててきました。

仕事も家事も子育ても、全部まとめて抱え込むようにして、必死で毎日を回していました。

泣いている暇があったら、洗濯物を干さなきゃ。

落ち込んでいる暇があったら、明日のご飯のことを考えなきゃ。

そうやって前だけを見て歩いてきたつもりです。

今回、自分が癌だと分かったとき、真っ先に浮かんだのは娘の顔でした。

電話で、そのことを娘に伝えました。

私が「治療はしないつもりだよ」と告げると、受話器の向こうで娘はしばらく黙っていました。

それ以上何を話せばいいのか分からず、私も言葉を切り上げてしまいました。

数日後、ポストに一通の手紙が届きました。

差出人は、娘でした。

お母さんへ

ほんとに治療しないの?

私としては、してほしい。

生きてほしい。

お父さんが死んでから、お母さんに無理させてきたのは分かってる。

お父さんが死んだとき、仏壇の前に一人で佇んでるお母さんの、ちっさい背中を見たとき、

この人も不安でたまらないんだって、私にも分かったもん。

不安で押しつぶされそうなくせに、いっつも笑ってたよね。

私は子どもだったけど、あの笑顔の裏側にあるものを、なんとなく感じてた。

もう無理はさせたくないんだけど、まだ一緒にいたいよ。

小柄なくせに、ピンって伸びた背筋は、お母さんの性格を語ってた。

人ひとり分の人生に、何十人もの悲しみなんて、本当は背負えるわけないじゃん。

それでもお母さんは、全部抱え込んで頑張ってくれてた。

お母さん、意外と頑固だから、私が何言っても聞かないんでしょう。

だから、感謝を伝えるために書いた手紙のはずなのに、いつの間にか、

「まだ生きて」なんて、また重みになるような言葉を書いちゃってる。

お母さんが本当に欲しいのは、「頑張ったね」とか「お疲れさま」っていう、お父さんからの言葉かもしれない。

でも私は、まだ未熟で子どもっぽいから、本当のところは分からない。

なんで自分から、死に向かって行こうとするの?

まだお母さんの笑顔が見たいよ。

○○より

私はこの27年間、娘の前では一度も泣きませんでした。

女らしさとか弱さとか、そういうものをかなぐり捨てて、「強いお母さん」でいなければと、必死でした。

あの子から見た私は、きっといつも背筋を伸ばして、平気な顔をしていたのでしょう。

けれど本当は、夫を失って途方に暮れた、ただの一人の女でした。

仏壇の前で小さく座り込んでいた私の背中を、娘がそんなふうに覚えていたとは知りませんでした。

手紙を読みながら、胸の奥がじんと熱くなりました。

今になってようやく、「あの子はちゃんと見ていてくれたんだ」と分かりました。

正直に言えば、今の私は、夫からの褒め言葉を聞きたいと思っています。

「よくここまで頑張ったな」

「一人であの子を育ててくれて、ありがとう」

そんな言葉を、どこかでずっと待っている自分がいます。

でも一つだけ、娘には伝えておきたいことがあります。

私は、自分から死に向かって歩いているわけではありません。

「死」を避けるのではなく、「受け入れる」という選択を、お母さんなりに懸命に考えているのです。

治療をして、もう少しだけ時間を延ばすこともできるのかもしれません。

けれど私は、痛みと苦しみの中で娘を心配させ続けるよりも、残された日々を、静かに、感謝とともに過ごしたいと思いました。

それは逃げではなく、私なりの「生き方の締めくくり」なのだと信じています。

娘の笑顔を、まだ見ていたい気持ちがないわけではありません。

あの子がこれからどんな家庭を築いていくのか、どんな母親になっていくのか、本当はこの目で確かめてみたい。

でも、振り返ってみれば、夫と一緒に過ごせた時間よりも、娘と一緒にいられた時間の方が、もう18年も長いのです。

夫の顔や声も、少しずつ記憶の中で薄れてきました。

そろそろまた会って、ちゃんと報告したい頃合いなのかもしれません。

「あなたとの子は、ちゃんとここまで育てたよ」と。

甘えん坊だった娘を置いていくのは、正直なところ、やはり心残りです。

胸がきゅっと痛くなる夜もあります。

それでも、あの子には、今はそばで支えてくれる優しい夫がいます。

二人でなら、きっと乗り越えていけるはずだと信じています。

きっと大丈夫ですよね、と、空に向かってそっと問いかけることがあります。

泣いても笑っても、私に残された「時間」というものは、もうそう長くはありません。

だからこそ、今のうちにきちんと伝えておきたい。

私の人生に関わってくれた、大好きな人たちへ。

そして、時には大嫌いだと思った人たちにも。

嬉しかったことも、悔しかったことも、全部ひっくるめて、今の私を形作ってくれたのだと思います。

夫と娘と、家族と、友人と、出会ってくれたすべての人に、心から感謝しています。

「お母さんは、お母さんなりに精一杯生きたよ」

そう胸を張って、最後にあの人のところへ歩いていけるように、残りの時間を静かに大切に過ごしていこうと思います。

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