割烹着に残る花の匂い

朝の光の中でのガーデニング

港の朝は、潮の匂いで始まる。

俺がその匂いを嫌いになったのは、中学に上がった頃だった。

母は港の近くで小さな惣菜屋を営んでいた。朝四時に起きて仕込みを始め、漁師たちが戻ってくる昼前には、揚げたてのコロッケやアジフライを並べて待っている。湯気の立つガラスケースの向こうで、母はいつも同じ、色の褪せた薄紫の割烹着を着ていた。

父は俺が小さい頃に家を出た。母はそのことを一度も愚痴らなかった。ただ黙って、朝四時に起きて、油を熱して、コロッケを揚げ続けた。

俺はその割烹着が恥ずかしかった。

授業参観に来た母は、慌てて着替えたのか少しよそ行きの服を着ていたが、髪からは油の匂いがした。教室に入ってきた瞬間、隣の席の奴が鼻をひくひくさせたのを、俺は見逃さなかった。

「来なくていいから」

次の参観日の前に、俺はそう言った。母は一瞬だけ手を止めて、それから何事もなかったように玉ねぎを刻み続けた。目が赤かったのは、たぶん玉ねぎのせいだろう。そう思うことにした。

高校を出て、俺は東京の花屋で修業を始めた。

港町を出る朝、母は店の前に立っていた。割烹着のまま。エプロンの紐が風に揺れていた。

「体に気をつけて」

それだけ言って、母は店の中に戻った。追いかけてはこなかった。

俺は振り返らなかった。バスの窓から港が小さくなっていくのをぼんやり眺めながら、これでもう油の匂いから解放されるのだと思った。

東京での暮らしは、思っていたよりずっと厳しかった。

花屋の親方は職人気質で、水の温度が一度違うだけで怒鳴った。バラの棘で指は傷だらけになり、冬は凍えるような倉庫で花の手入れをした。住んでいたのは六畳一間のアパートで、壁が薄くて隣の部屋のテレビの音が筒抜けだった。

それでも、花に触れている時間だけは穏やかだった。

色も形も匂いも、全部が違う。季節ごとに変わっていく花たちの世話をしていると、港の油の匂いから遠くに来たのだと実感できた。ガーベラの茎を切りそろえている時、ふと母の手を思い出すことがあった。油で荒れて、指の関節が太くなった手。すぐに振り払った。

五年の修業を経て、俺は小さな店を持った。駅から少し離れた住宅街の角に、七坪の店。「凪」という名前をつけた。港町の凪いだ朝を思い出したのではなく、ただ静かな名前がほしかっただけだと、自分に言い聞かせた。

母とは年に一度、正月に電話をする程度の関係になっていた。

「元気にしてるか」「ああ、元気だよ」

それ以上の会話は続かなかった。母から何か言いたそうな気配がしても、俺は「じゃあ」と切った。母も引き留めなかった。受話器の向こうで、かすかに油の跳ねる音が聞こえることがあった。正月も店を開けているのだと思った。

店は少しずつ軌道に乗った。俺の作るアレンジメントは「素朴だけど温かい」と言われるようになり、常連もついた。季節ごとに店頭に飾る花を変えるのが俺のこだわりで、春はミモザ、夏は向日葵、秋は竜胆、冬はクリスマスローズ。それをブログに載せるのが日課になっていた。

ある日、常連の老婦人が店に来て、ガーベラを一輪だけ買っていった。

「毎週来るの。あなたのお店の花は、どれも手がかかってる感じがして好きよ」

その人は名前を名乗らなかったが、毎週木曜日の午前中に来た。一輪だけ。それも、その週に俺が一番丁寧に手入れをした花を、迷わず選んだ。

花を扱う人間には分かる。花の良し悪しが分かる客だった。

三十二歳の秋、母が倒れたと姉から電話があった。

脳梗塞で、命に別状はないが右手が動かなくなった。惣菜屋はもう続けられないだろうと。

「あんた、帰って来られる?」

姉の声は責めるでもなく、ただ疲れていた。三人姉弟の末っ子の俺だけが、母の面倒を見ていなかった。

俺は十年ぶりに港町に帰った。

駅を降りた瞬間、潮の匂いが鼻を突いた。変わっていなかった。商店街は少し寂れていたが、魚屋の大将は相変わらず威勢のいい声を出していて、その隣に母の惣菜屋があった。

シャッターは閉まっていた。その前を通りすぎようとした時、魚屋の大将が声をかけてきた。

「おう、久しぶりだな。お母さん、毎朝あんたの店のこと嬉しそうに話してたぞ」

俺は曖昧に笑って頭を下げた。母が俺の店のことを知っているとは思わなかった。

病院の母は、思っていたよりずっと小さかった。

ベッドの上で、左手だけで林檎の皮を剥こうとしていた。うまくいかず、皮が途中でちぎれる。それでもやり直していた。その不器用な左手を見ていたら、かつてコロッケを一つずつ丁寧に丸めていた右手のことを思い出した。

「来なくてよかったのに」

母はそう言った。中学の時に俺が言ったのと同じ言葉を、母は笑いながら返した。

「店、片付けるよ」

「ああ、頼むわ。冷蔵庫の中のもの、もう駄目になってるかもしれん」

母はそれだけ言って、また林檎に向き合った。

惣菜屋の中は、時間が止まったようだった。

棚にはまだ調味料が並び、まな板の上には使いかけの布巾があった。冷蔵庫を開けると、仕込み途中のポテトサラダが変色していた。母が倒れたのは、きっとこれを作っている最中だったのだろう。

壁にかかった薄紫の割烹着は、何度も洗われて生地が薄くなっていた。裾のあたりに小さな繕い跡があった。同じ割烹着を、何年も何年も直しながら着ていたのだ。

裏口を開けると、小さな庭があった。

いや、庭というには狭すぎる。建物と塀の間の、人ひとりがやっと通れるような隙間だった。

そこに、花が咲いていた。

プランターが五つ、丁寧に並べられていた。ミモザ。向日葵の枯れた茎。竜胆。そしてクリスマスローズ。

俺の店と、同じ花だった。

季節ごとに入れ替えていた。一輪一輪、丁寧に育てていた。油で荒れた手で、毎朝水をやっていたのだろう。プランターの縁には土がこびりつき、その土の中に、小さな札が刺さっていた。

「凪 春のおすすめ ミモザ」

俺の店のブログを印刷したものだった。

文字はにじんでいた。たぶん、雨に濡れたのだろう。でも、何度も差し替えた跡があった。新しい記事が出るたびに、印刷し直していたのだ。ブログに使い方が分からず、誰かに頼んで印刷してもらっていたのかもしれない。

棚の奥を探すと、古い菓子箱が出てきた。中には、花の写真がぎっしり詰まっていた。どれも俺の店のブログからプリントしたもので、裏に母の字で日付が書いてあった。

「九月十四日 竜胆きれい」

「十二月三日 クリスマスローズ 息子は冬の花が上手い」

「三月二十日 ミモザ 港にはない花」

一枚一枚、丁寧に日付が記されていた。三年分。俺が店を開いてからずっと、母は見ていたのだ。

俺は壁にかかった割烹着を外して、胸に押し当てた。その場にしゃがみ込んで、声を殺して泣いた。

母は見てくれていたのだ。

東京まで来る金などなかったはずだ。来たこともないと思っていた。それでも、画面の向こうから俺の花を見て、同じ花を育てていた。割烹着の袖で土を払いながら、息子が選んだ花を、港町の片隅で咲かせていた。

割烹着の匂いを嗅いだ。油の匂いの奥に、かすかに土と花の匂いが混じっていた。ずっと嫌いだったはずのその匂いが、目の奥を熱くした。

病室に戻ると、母はまだ林檎と格闘していた。

俺は黙って隣に座り、花屋の話をした。季節の花のこと、うるさい常連のこと、水揚げの工夫のこと。十年分の話を、ぽつりぽつりと語った。母は黙って聞いていた。時々、小さく頷いた。

「あの庭の花、見たよ」

母の左手が、一瞬だけ止まった。

「……枯らしてないか心配だったんだわ」

それだけ言って、母はまた林檎を剥き始めた。目元が少しだけ赤くなっていたが、俺はそれには触れなかった。

俺は窓の外を見た。港の方角から、潮風が病室のカーテンを揺らしていた。

言いたいことは山ほどあった。ありがとうも、ごめんも、全部。でも母はきっと、そんな言葉を待っていたのではない。ただ、息子が元気でいること。花を大事にしていること。それだけで十分だったのだろう。

帰り道、俺は花屋を探した。港の近くの小さな生花店。店先にガーベラが並んでいた。一輪だけ買って、母の惣菜屋の裏庭のプランターの隣に置いた。

次の木曜日、東京に戻ったら、あの老婦人がまた一輪買いに来るだろう。その一輪を、今度は少しだけ丁寧に包もうと思った。

港の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。嫌いだったはずのその匂いが、少しだけ花の匂いに似ている気がした。

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